第二百九十一話 本島を目指して
当たり前の話であるが、デウスに夜も昼も関係が無い。
持前の暗視能力によって殆ど昼と変わらずに動ける彼女達は、闇夜の強襲という観点において最も重要な部分をクリアしている。筋力も人並外れているのは当然であり、故にどれだけ困難な道程も容易く踏破してしまう。
そのお蔭で彼等には補助装備が殆ど必要とされず、唯一不足している飛行能力を補うだけで現状は済んでいた。
常に装備の更新が行われているものの、その点だけは変化が無い。飛行装置のみの更新は現行の人類でも十分に可能であり、だからこそそれが不足している俺達は彩に頼るしかなかった。
彼女が周辺の木々を少々ばかり拝借して作り上げたジェットパックは一回限りの代物だ。戦闘による余波によって破壊されるのは簡単に予想され、だからこそ現代の物から逸脱しない程度の性能に収めてある。
それを使って海を渡っている訳だが、秘密裏の行動だ。
誰にも悟られずに進まなければならない関係上、どうしても速度は出てこない。そして、速度が出ない以上は敵に発見されることにもなる。
空の敵は全て衝撃で飛ばす必要があるものの、そこは彩が居れば大丈夫だ。
彼女が事前に準備した銃器を人数分渡し、専用の衝撃弾を放てるようになっている。それを使えば光を発生させないまま対象の四肢を吹き飛ばし、上手くいけばそのまま敵の心臓部位を飛ばして落下させることも可能だ。
シミズのエネルギーは完全に回復してはいない。ジェットパックは内部燃料に依存させたので移動させながら回復出来ているものの、それでも戦闘が重なり続ければ何れ回復が追い付かなくなる。
彼女達にとって一番の問題は、エネルギー回復が追い付かなくなった時だ。
此方の技術が効かなかった場合も十分に脅威的ではあるが、それよりもデウスの回復力を上回る戦力が襲い掛かってくればいくら対抗出来る戦力を持っていても敗北してしまう。
一気に殲滅出来れば良いのだが、流石にそれでは目立つ。鯨や鳥が派手に敵を潰してくれているから現在も露見していないだけで、あの二体が居なければ早々に発見されていただろう。
島に向かって未だ敵は襲い掛かっている。中継地点としてはあまりにも危機は目の前に存在し続け、休ませる隙を与えてはくれない。
承知の上とはいえ、やはり辛いのが現実。街のデウスも軍のデウスも、それに兵士達も多大な犠牲を払って何とか保っているのが実状だ。
長くは続かない。それは俺も軍上層部も理解していることで、タイミングを見計らって本来は部隊を派遣する予定だった。
「――想像よりも厄介なのが大量に居るな」
「地上の敵に意識を向けられる状況ですが、やはりどうしても敵の勢いが強い。 倒しても倒しても湧き出している状況では補給も儘なりませんね」
「まったくだ。 そちらがもっと情報を提供していれば、我々の準備は出来たでしょうな」
「何を仰るのやら。 例え我々が情報を提供したとしても、今度はそちらが身内で争って遅れるだけでしょう? あの時の暴走行為は記憶に新しい」
「…………」
相手の言い分は解る。
事前に俺がもっと情報を提供していれば、準備に関して更に考えることは出来た。それをしなかったからこそ手古摺り、失敗の芽を育ててしまっていると言っているのだ。
だが、此方とて言いたいことは無数にある。裏切りを未然に防がなかったこともそうだし、これまでの高官達の態度についてもそう。
一度でも友好的な態度を示してくれれば此方も考えたのに、相手は常に何処か上から目線だった。
常識的に考えるのならば、相手は最初から交渉などしようとは思っていないということだ。常に軍は要求し手にしていたからこそ、今度もそうなると半ば当然のように決めていた。
その結果がこの様だ。俺を悪いと批判するのは簡単だが、それだけでは済まされない悪が軍にはある。
他人に対する配慮。それが軍にはあまりにも欠けていた。
一人一人の軍人の中には良識のある者も存在する。俺が知っている中でも数人の指揮官が該当するし、交渉役としてデウスが必要であれば適任者は十席に存在している。
「お忘れのようですが、我々は将来的には敵に成り得る可能性があると思ってください。 決戦は二つ起きているのですよ」
「……やれやれ、君とは戦いたくはないな」
人類は愚かである。
この格言に、俺は何の疑いも無く頷く。馬鹿で間抜けで、常に優位に立つことしか考えていない人間があまりにも多い。
聖人君主は食われるだけ。優しいだけで何かを守れるなどと言える筈も無く、力を持たねば発言権は何処にもない。
俺も愚者としてこの世界で踊る必要がある。それを苦しく感じることは多いが、同時に慣れつつもあった。
どうせ話など聞きはしない。俺達は俺達で行動を起こし、見果てぬ夢を求めて足掻き続ければ良いのだ。
街のデウスは新たに設営した拠点を守り、軍は夜間での進軍を選択する。それ以外に安全地点を確保する余裕は存在せず、俺もまた素直に彼等の選択に頷いた。
攻撃こそが最大の防御だ。日本は防衛の方に戦力を多く回していたが、現段階においては攻めの姿勢こそが正しい。
攻めて攻めて攻め続け、強引にでも突破口を作り出す。それしか生き残る術が存在せず、だから俺も無理な選択を是とした。
ゆっくり進むなど論外だ。
それで間に合わないと解っている以上、必要なのは迅速な作戦成功。彼女達が傷付かない選択をしたかったが、現段階ではどうしても安全な成功は叶わない。
大事な大事な彼女達を傷付ける選択をしなければならないのは最悪な気分だ。勝利の為とはいえ、それを呑んで挑まねばならない事実に舌を噛み千切りたくもある。
未来を選ぶ権利は誰にだってある筈だ。俺が彼女と幸せな暮らしを夢見たように。
その権利を奪い取るというのならば、神相手でも容赦無く殺す。人権も、思想も、宗教も、あらゆる理屈も夢の前では全て愚かな行動でしかない。
本当に何かを叶えるつもりならば、狂人の如き振舞いでもって万事を成す。
だから彩はどこまでも強くなれる。だから俺はどこまでも残酷でいられる。求めた結末の為に既に半ば狂っているから、こんな四面楚歌めいた状況でも冷静のままだ。
「随分と前に出たが、そのお蔭で漸く拠点近くに敵が出てくることは無くなったな」
「ええ。 まだまだこれからですが、それでも一安心出来る場があるというのは兵士にとって癒しになるでしょう」
「この隙に交代交代で休息を挟み、デウス達のチェックも行う! 特にデウスのチェックは迅速に進めろ!!」
了解!
通信兵の声を聞きつつ、そっと小型端末を眺める。
彩の視覚情報が送られ、既にバッテリーの方は危険域に届いていた。胸ポケットから予備の充電を取り出し、接続しながら画面の光景に意識を向ける。
彼女達は問題無く前へと進んでいた。無数の怪物が現れても彩の用意した武器によって粉砕され、酷ければ原型を留められずにスプラッタ映画のような様相を見せている。
とてもではないが耐性の無い人間に見せる映像ではなく、しかし彼女達は液体が身体に掛かることを気にせずに飛び続けていた。
そのまま進んでいれば、最速で沖縄にまで到達する。
そして――その瞬間こそが一番海を刺激するだろう。ただでさえ覚醒が進む状況でワームホールの手前まで彼女達が迫ればどうなるか。
解り易過ぎる程の未来に、俺も記憶達も緊張せざるをえなかった。
戦いの終わりはもう間近。なるべく時間を掛けたくないからこそ始まった短気決戦は、軍も街も予期しない方向に動く。




