第二百八十九話 ワレコソハ
既に部隊は島に降下し、拠点建設を開始している。
兵士達も海に出てしまっているので戻すのは危険であり、このまま前に進めた方が最終的な被害が少なくなるだろう。
唐突な変化に追い付けたのは一部のデウスと俺達だけ。攻撃が全て水の中に入ってしまうのであれば、通常の弾丸ではなく衝撃を与える爆発物の方が良い。
デウス達が所持している爆発物は手榴弾のみ。対怪物用ではなく障害物の破壊に用いる為に持たされていたが、それが今回大いに役立ってくれた。
如何に弾丸を水で受け止めてしまうとしても、決して透過している訳ではないのだ。
すり抜けるのではないのならば衝撃で吹き飛ばすことは出来る。足や腕が衝撃で分裂され、怪物達は苦悶の声を漏らして落下していく。
水は水でも怪物を構成する水は普通の物ではない。海に落下したとしても海水で身体を直すことは出来ずにそのまま沈没していき、最後には深海の水圧によって潰される。
とはいえだ。如何に爆発物で対処出来たとしても数が少ない。
初めて人類が扱える武器で倒せることが判明したとしても、そもそもの数に圧倒的な格差がある。それを覆すだけの攻撃力を俺達は持っておらず、天候の悪さも相まって状況は完璧に不利だ。
正しく超常。未だ覚醒には遠くとも、無意識下で流された力だけで容易く現実を書き換えている。
人間では太刀打ちなど出来ない。核をぶつけたとしても現実改変によって無かったことにされるだろう。
故に、超常には超常だ。どうしたとしても人間では勝てないと言うのなら、此方も最初から人間をぶつけなければいいだけの話。
彩に命令を下す。久し振りの上からの命令ではあるものの、彩には些かの変化も無い。
「いけるか?」
『可能です。 その為に使えるようにしたのですから』
このまま放置すれば全滅は避けられない。
変えられるのは同じ超常を保持する彩だけだ。彼女がどのように現実を変えているのかは定かではないものの、その能力は決して海に劣る訳ではない。
だからデウスの視覚情報から送られる映像が突然の閃光と爆発に包まれたのも不思議ではなく、指揮所が騒然としている中でも冷静さを保つことが出来る。
耳は痛い。音量が操作出来ない関係上、どうしても爆音が耳に届く。
煙ばかりの世界が暫くの後に開け、殆どのデウスの視覚情報から同じ映像が送られる。
空に浮かぶ巨大な鳥。全身がメタルに輝き、蒼い瞳が一際大きく発光する。体長は五十mに届きかねず、広げた翼に怪物が接触すると途端に相手の身体が崩壊。
更には翼の先から発光する弾を放出し、花火の如く爆発した。
徹底的に怪物を破壊する為だけの兵器だ。広域に渡って爆発が続き、しかしデウスであれば凌ぎ切ることは出来る。
『何だあれは!』
『味方か……!?』
『今なら隊を全員島に送れる! 急ぐぞ!!』
デウス達もこの攻撃が味方にとって好機に繋がることを直ぐに理解した。
報告用の通信機から漏れ聞こえてくる声の数々はどれも好意的なもので、モニターに映る船達も速度を上げている。
指揮所では全員が俺に目を向けていた。驚愕と畏怖を張り付けた相貌は、最早俺を人として見ていないようにも思える。
デウスとは異なる異次元の存在。そんな風に定義づけをされているみたいで、酷い不快感に襲われる。
そうではない。そうではないのだ。
本当に恐ろしい存在は俺でも、ましてや彩でもない。こんな程度の攻撃で解決出来るのならば歴代の彩は誰も負けなかった。
それは歴代の俺でも一緒だ。今現在の俺よりも遥かに前を進んだ男達が劣っている訳がない。
だから、まだこの程度。更に覚醒が進めば人類の火器は再度効果が無くなるだろう。
爆発に次ぐ爆発。閃光に次ぐ閃光。鳥はゆっくりと島の周囲を飛び回りながら爆発物を投下し続け、なるべく多くの人間を守ろうと尽力していた。
それは彩が絶対にしない選択だ。それでも守る事を選択したのは、彼女なりに必要だと判断しているから。
俺の怒りを買いたくない方が大きいだろうが、それでも自分で人を害さないと選択した。確りと着実に、彼女も人類との平和に向けて歩き出している証拠だ。
「それを今まで使わなかったのは、単純に使う理由が無かったからか?」
『それもありますが、貴方を巻き込んでしまうと考えていたからです』
「……確かに、あの規模となれば巻き込まれそうだな」
『他にも幾つかあります。 ですがその全てがあまりにも危険で、出来れば貴方の居ない場所でしか使いたくありません』
「そうか」
巨大な機械の鳥は友軍には頼もしく見えるだろう。
しかし、操作を一度間違えてしまえば容易く友軍を殲滅する大量破壊兵器となる。その友軍は指揮所も含まれ、細心の注意が必要となることは確かだ。
俺が此処に居なければ、彼女は意識を過剰に鳥に向ける必要は無かった。多少なりとて緩めれば彼女は移動も出来ただろう。
現に今、彼女は一歩も動けていない。
端末が知らせる音声は一度として足音を拾わず、彼女が集中していることを知らせていた。
拠点設営が完全に終了するまで覚醒は進む。それまでに少しでも相手との距離を詰めたいが、今のままでは動けないままだ。
「彩、構うなと言った筈だ」
『――それでも、私は貴方を傷付けたくはありません』
彼女の意思は硬い。
硬いからこそこれまで己を貫いてきた。誰かに左右されず、自分の意思で全てを決めてきたのだ。
それ故にこれも彼女の意思。絶対に俺を殺さない為に、彼女は必死に制御だけに意識を傾けている。これを説得するのは不可能の域だ。
しかし、だからこそ動かせる方法も決まっている。彼女の意思は鋼よりも硬いが、同時に一度解ってしまえば誘導も比較的容易だ。
「勘違いしないでくれ。 お前の兵器が俺を傷付けないのは解っている。 お前が今集中すべきなのはアイツだ。 このまま奴を放置したままにすれば、お前の努力は無に帰ってしまう」
大前提として、どれだけ彩が俺を殺さないようにしても海が完全に覚醒すれば意味が無い。
大質量を相手にどれだけ足掻いたとしても、元々の質に違いがあり過ぎる。蒸発させるとしても、星一つを丸ごと蒸発させるまでに海の方が俺達を飲み込む。
彼女だけが生き残りはするが、それでは彼女が再度時間を戻すだけ。
「忘れるな。 俺が自分の事だけに集中しろと言ったのは、俺が安心してお前に会う為でもある。 あのワームホールを閉鎖させない限り、地獄は永遠に続くんだ」
俺達が俺達としての人生を全うする為に。
宣言するように、嘘ではないと信じてもらう為に、俺は声を大にして言葉を続ける。
それにどれだけの効果があったのかは解らない。真意を理解してくれたのか、あるいは表面上の部分だけを拾ったのか。
解らないながらも端末から足音だけが聞こえた。それが示すのはつまり、制御を一部緩めたということ。
であれば、そこから先に起きることは自明の理。攻撃ばかりをしていた鳥が鳴き始め、爆発する位置がこれまで以上にランダムになっていく。
味方にも徐々に徐々にと被害が発生し始めるも、誰もそれについては意見しない。
本音で言えば止めたいと思っている筈だ。出来る限り死人は出したくないだろうし、遺族へ出す金の量も増えていく。
だが、誰も代替案を出せない。鳥の強さが圧倒的であり、現状はこれしか方法がないからだ。
故にそのまま鳥は暴れ続け、双方に確かな被害を与えながら拠点は作成されていく。死ぬかもしれないと思いながらの製作は厳しいだろうが、それでも頑張ってもらうしかない。
全てが終わったのは五時間後。完成した拠点に人員を詰め込み――陽が沈んだ。




