第二百八十八話 無我の悪意
誰も彼もが困惑している。
知っているのは俺達だけであるから当然だが、それでも彼等は今起きた出来事に本心を隠せない。
デウスが砂のように崩れた事実もそうであるし、本来居た筈の人物が小型端末越しで喋っているのもそう。常人の理解を遥か超えた場所に真実が存在する以上、彼等がそれを知る術は一切無い。
仮にあるとすれば、それは俺達が話した時。それを信じるか否かは不明であるが、御伽噺めいた力が無ければ現状を打破することは不可能だ。
最早、事態は人間の範疇には収まらない。俺達が出来るのは指示を下し、彼等の力を信じることのみ。
余計な情報など妨げにしかならないし、俺達が知った時点から真実を流しても彼等は混乱や絶望をするだけだ。本当の絶望を知らないまま戦う事実は俺が責められるべきであり、彼等が処断を下すことを決めれば俺は素直に受け止めよう。
勝たねばならない。そうでなければ、未来は一つもありはしないのだから。
そして、此処で生きている人間では未来を切り開くことは出来ない。その意志を持っていても、軍には力が無いのだから。
「一体、何が……」
「説明するつもりはありません」
多大な困惑を含んだ質問の声に否を突き付ける。
その声に理性を取り戻し、此方に鋭い目を向けた。少し前の多少なりとて友好的な姿とは異なり、今は高官達も敵意をありありと浮かべている。
中には銃を引き抜き、即座に撃てるように構えている人間も居た。
今がまだ然程慌てるべき時間ではないと考えているからだろう。詰問する程度の時間は残っていると考え、なるべく多くの情報を引き出そうと脅しを掛けている。
今この瞬間にデウスは居ない。唯一の戦力である彩も姿が消えたことで、此方を守る存在は一人も居なくなった。
強気でいられるには十分な理由だ。防衛目的のデウスを此処に呼び出せば、デウスの一体程度は容易く潰せると考えてもおかしくはない。
「お前は何を知っている。 先程の事象は何だ」
「ですから、答えるつもりはないと――」
「今、お前を守る盾は無い。 大人しく吐いてしまった方が身の為だ」
交渉の余地無し。
そんな態度の軍人達に溜息を吐きたくなる。確かに今の俺は随分と不気味に映るだろうが、それでも詰問する前に確認すべきことがある筈だ。
最初から友好的ではなかったと互いに知っている。知っているからこそ、利害目的以外で交わることなど無い。
にも関わらず、彼等は実に強固だ。出来ない事など無数にあると知っているだろうに、それでも無償で情報を手にしようと此方を脅し付けている。
そんなことをしている余裕は無い。今この瞬間にも事態は進み、絶望は着実に近づいているのだから。
ここは少し零すべきか。そう判断し、銃口が向けられている状態で口を開く。
極度の緊張状態ではそれさえも彼等を刺激する。引き金が押されなかったのは多少なりとて理性が働いているからで、この場に新人の士官でも居れば発砲していたかもしれない。
「貴方達はデウスについてどれほど知っていますか?」
「何?」
「デウスの内部構造は理解しているでしょうが、大元のブラックボックスは一向に解析出来ていない。 それさえ解析出来れば更なる技術躍進が見込めるだろうのにと、考えてはいませんか」
「――それがどうした」
一瞬の溜め。口に声は強いものの、その溜めことが真実を物語っている。
デウスの技術躍進。それは即ち彼等の生存時間が伸びることに繋がり、急務であるのは言うまでもない。
もしもその全てを一から作れるのであれば、デウスは進化する。それがどのような進化に繋がるのかについては不明であれど、既存のデウス達とまた異なる姿形になる筈だ。
「我々はブラックボックスの解析に成功しました。 切っ掛けは偶然でしたが、お蔭でデウスにまつわる全ての情報を知る機会が訪れたのです」
ブラックボックスの解析は偉業だ。それを世界に示せば何処の国も情報を欲しがり、果てには戦争になってしまう。
貴重で稀有で、故に漏洩はしてはいけない。この情報を知る人間は総じて僅かでなければならず、だからこそこれまで俺と彩だけの間で完結していた。
知ることが出来たのは偶然だ。いや、あの男の口振りから察するに何時かは必然になっていた。
それが何週目の自分になるかは解らないが、今の俺がそれを知れたのは心底有難いと思っている。
俺の言葉に、いっそ呆れる程簡単に軍人達は惹き付けられた。国家の何処よりも先にデウスの秘密の全てを知れれば、軍が築き上げる富も莫大なものとなる。
研究所も既存の物を廃し、軍属のみで構成された人員で新しく立ち上げるのだ。容易に想像出来てしまう未来は、酷く軍にとって都合が良いようなものばかりだった。
善意に則った運営など出来よう筈も無い。如何にトップが善良な人間であろうとも、下が駄目ならば総じて腐る。
俺の言葉である程度言いたい事は解っただろう元帥殿は鋭い眼差しを弱めた。依然として殺気めいた雰囲気は健在だが、それでもこんな場所で問答をしている暇は無いと考えている。
「言いたい事は解った。 ならばせめて、十席に伝える程度は良いのではないか。 デウス達であれば情報の秘匿は人間よりもずっと上手い」
「十席には問題児が居ます。 言ってしまって万が一が起これば、此方の想定していた状況にはならなかったでしょう。 ――貴方達が想定を外れれば外れる程に此方は対策を考えねばならなかった」
何だか策士めいた発言ではあるものの、殆どハッタリだ。
こうなったのは全てを知る前であったし、そこまで深く考えてはいない。こうなったら良いなとは思いはしても、最終的には運任せに終わってしまっていた。
それでもこう言ったのは、やはり街側の人間が決して一筋縄ではいかないと思わせる為だ。こんな場で勢力争いなどするべきではないが、残念ながらしなければ今後の未来が悪くなる。
生き残ったとしても残りの暮らしが悪ければ良い末路とは言えない。やはり俺と彩は幸福を求めているのだから、少しでも良い結果に繋がるよう立ち回らなくてはならないのである。
街の幸福もそこに直結し、軍に任せたままでは幸福な結末にはならない。故に、誇張混じりでも話すべきことを話す。
嘘の中に少しの真実を混ぜると言うが、真実の中に多量の嘘を含んで誤魔化したようなものだ。実際の内容を意地でも話すつもりは無く、そろそろ時間も迫っている。
頭の中で記憶達が呼び掛けるのだ。そろそろやってくるぞと。
「全てお前の掌の上だったと?」
「全てが全てそうだった訳ではありません。 ですが、こうなる事は予定されていました」
「何だと。 我々が追い込まれるのを予期していただと――――」
声を徐々に荒げていく元帥殿は、しかし突如やってきた大規模な地震によって強制的に黙らされた。
警報が鳴り始め、通信兵達が大慌てで周辺情報の収集に努め始める。此方も彩に映像を小型端末に回してもらい、そこに映る海の荒れ模様に眉を寄せた。
海の活性化。それは予測していたことだったが、想像を超えた規模となっている。
空は徐々に暗雲に包まれ、竜巻が発生し、巻き上がった水が怪物の姿と化してデウス達に一直線に向かう。それに対してデウス達は攻撃をするものの、弾は敵を穿つことなく当たった箇所から水に変化して無効化された。
一気に天秤が傾き、此方に不利となる。その状況の変化は急激であり、先ず確実に覚醒が進んだことを理解させられた。
ここからが本番。本当の激戦が目の前に迫り、俺は唾を飲み込んで端末を見つめ続けた。




