第二百八十六話 最前線
デウスのエネルギーが理論上無尽蔵であるのは知っている。
同時に、一度に大量の消耗を行えば機能が停止してしまうことも。だが、それでも俺は敢えて発射機構にエネルギーを要求するようにした。
その意図は即ち、家族を後方に移すことだ。
大切な家族であり、そして今回で初めてワシズとシミズは出会った。この二人が居ることによる最終的な変化は未だ不明であり、万が一悪い方向に動いてしまえば彩が良からぬ結論を導きかねない。
だから後方に移るように武器に注文を付け、シミズに直接送った。信頼の置かる存在が家族と街のデウスだけというのもあるのでこれは二番目の理由であるが、慎重にならざるを得ないことである。
シミズの周りに居るのは全て街のデウス達だ。軍の命令に左右されず、全員がそれを渡された意味を察して前に出る。
今一番に起きてほしくないのは、シミズが撃墜されてしまうことだ。
現状、唯一あの龍を倒せる可能性を持っているが彼女であるからこそ、他のデウス達は何が何でも彼女を守らなければならなくなる。
とはいえ、全員の練度は低くはない。数という暴力が唯一の懸念ではあるものの、戦闘経験上不足な事態が起きるとすれば龍による広域攻撃のみ。
そして、龍が出せる最大の攻撃は先程の熱線だ。命中せずとも容易く全てを溶かし、想像以上の被害を齎してしまう。
時間の計測は既に始まっている。その時間に合わせて攻撃時に上空に逃げ、相手を撃ち抜く。
耐え抜く必要は無い。相手はチャージを始めようとしているが、その間に数発程度は撃ち込んでダメージを残す。
シミズはなるべく敵の少ない場所に向かい、周りに護衛されながら狙いを付ける。チャージ時間が何秒かは不明だが、流石に一分も必要とはならないだろう。
「シミズ、攻撃箇所は通常の生物と変わらない。 心臓か首を狙え」
『了解』
端末で指示を下し、モニターに備え付けられた此方側用の通信機に彼女の護衛を命令する。
即座に街側のデウス達は行動を開始。彼女を守る幾十もの壁が生まれ、それらがシミズに群がろうとする怪物達を射殺していく。
だが、相手の数は途方も無い。元が海から生成されている以上、生死の概念が彼等は何回でも復活出来る。
その数に任せた暴力で攻め立てれば、何時かは此方が先に根を上げてしまう。そうなる前にシミズは絶対に命中させねばならず、しかしモニターに映る彼女の表情に焦りは無い。
重責は間違いなく感じている筈だ。それでも彼女が揺らがぬのは、これが俺の為だと理解しているから。
此処でミスをすれば折角の希望が潰れる。再度用意出来るにしても、今度は此方の命令を聞かずに勝手に行動する者達も出てくるかもしれない。
軍属であれば特に此方の意図を無視して行動するだろう。その結果として何百のデウスが無駄死にするようであれば、流石に俺も責任を感じる。
俺の所為で助かる筈だったデウスが死んだ。そう思わせたくないが為に、彼女は冷静に照準を合わせている。
「何も気負うな。 お前が失敗しても第二第三の矢はある」
これは嘘だが、周囲は何かまだ隠していると誤解してくれるだろう。
彩という最高戦力が居る以上、ある意味嘘とは言えないかもしれない。しかし、龍の討伐という観点で見れば後は全てアドリブで進めることとなる。
それは此方にとって喜ばしいものではない。けれども、それでシミズに負担を寄せるようならアドリブに変えてしまった方がいっそ良いではないか。
シミズの視覚情報からはスコープ越しに龍の首が見え、怪物達が射線が消える一瞬を待っている。
その間に龍もチャージを始めるが、まだ始まったばかり。流石の彩も熱耐性は持たせているだろうし、きっとチャージしている段階であれば弾も溶けずに通ってくれる。
故に、街側のデウス達が取るべき手段も一つに定まった。
なるべく大勢のデウス達が集まり、一斉攻撃で数秒の空白地帯を作り出す。
『いけ!』
『――ッ!!』
引き金を押し込み、大量のエネルギーと共に必殺の弾が吐き出される。
モニターからも聞こえる鼓膜を破壊しそうな銃声に頭痛が返ってくるが、眉を顰めている人間は俺だけではない。
殆どの人間が轟音に耳を抑えてしまったのだから、俺が痛みに堪えるような仕草をしても彩は気付かない筈だ。そう思っての判断だったが、直ぐに横から彩の手が伸びる。
広げられた手の中には二粒の錠剤が乗せられ、それは朝の段階で飲んだ薬と一緒だ。
思わず彼女に視線を向けると、真顔で此方を見つめていた。もしも拒むようであれば強引に飲ませかねないと判断して、机に乗せられていた水と一緒に錠剤を飲み込む。
一体何時の間に用意したのかと思ったが、恐らくは彩が成分を解析して作ったのだろう。
普通は専門の薬剤師が用意するものだ。しかし、彼女の作ったものであれば幾らでも都合の良い物を用意出来る。
その証拠に朝に飲んだ時とは比べ物にならないくらい気分は楽になった。なるべく彼女に物を作らせないようにと考えていたのだが、銃を作らせた段階で最早その気遣いも無用と彼女は勝手に作ったに違いない。
「――目標生存! ですが、チャージを停止しました!!」
俺が落ち着いている間に通信兵の一人が声を上げる。
その声に意識を戻した俺はモニターを見て、苦悶の呻き声をあげる龍の姿を視界に収めた。
着弾箇所は胸。シミズとしては心臓部分を狙ったのだろうが、しかし激痛に呻いているだけで死んではいない。
だがチャージは停止した。お蔭で熱に怯えること無く次を発射することが出来る。
着弾した場所には煙が吹き上がり、威力の規模を物語っていた。まるで大量の爆弾が爆発したかのような現象だが、それを一発の弾丸が発生させたのである。
『エネルギー、残り七十五。 次弾発射と同時に機能が一部使用出来なくなります』
「ああ、そうなった時はこっちに下げれば良い。 安心して引き金を押してくれ」
『了解。 ……ワシズ、後を願います』
唯一の姉妹に告げ、新しくチャージを開始する。
先程の攻撃は有効打として確り龍に刻まれた。煙の晴れた先には予想よりも遥かに大きな弾痕が残り、その穴から水のように透明な液体が流れ出ている。
それは血液かと、普通は考えるだろう。軍人達は総じて喜びを露にして重傷だと叫ぶが、俺と彩にとっては然程喜ばしい情報にはならない。
あれは破損した箇所が元の形状を保てなくなって水になっただけだ。本体からの補充があれば一瞬で再生し、元の状態にまで回復することだろう。
これは海を刺激する行為だ。攻撃によって海の覚醒までのカウントダウンが始まり、此処からは少しの猶予も無くなっていく。
なるべく迅速に処理を済ませろ。
そう命令しようとしたが、その前に龍の方が先に動く。大きな翼を動かし、巨大な風を巻き起こしながらその巨体を中空に浮かせ始める。その質量に見合った鈍重な動きは隙だらけだが、全員の警戒を煽るには十分だ。
「構うな。 撃て」
誰もが警戒しているが、此方はそれが龍の虚勢であると解っている。
故にシミズに指示を下し、彼女は迷わずに次の引き金を押した。またも盛大な爆音が発生し、巨大な弾が砲身より吐き出される。
今はまだ弱点が無い状態ではない。このまま下手に時間稼ぎをされるよりも、最短で滅ぼしてしまいたいのだ。
放たれた弾丸は迷わずに龍の額に命中し、そのまま貫通して背後の地面に走る。
撃ち抜かれた龍は浮かび上がらせた身体を落下させ、遠くからでも聞こえる程の鈍い音を立てながら地面に横たわった。未だ呼吸は続けてるものの、それは最早一種の反射行動だ。
次第にその呼吸も止まり、完全な死体となるのは目に見えていた。




