第二百八十五話 撃龍
飛行装備を付けたデウス達が一斉に空を飛ぶ。
黒い姿の彼等が飛ぶと虫の大群のようにも見え、彼等がこれから敵の領土となってしまった島々を奪還するのだ。
最初の目標は屋久島と奄美。空で滞在していた大小様々な怪物達が彼等に気付き、一斉に攻撃を開始する。まるでプログラムされたかの如く、動作には一切の淀みが存在しない。
やはり彼等は生きていないのだと、胸の中で言葉を零した。
意思も思考も無く、例えあったとしても彼等は統括している海からの命令を無視出来ない。ではあの黒騎士は何だったのかと考えてしまうが、それを知る術は現状無いままだ。
あの段階ではまだ逃げていた種族が存在していたのか、それとも命令を無視出来る程の意思の強さを持っていたのか。
様々な報告が上がっていく中、俺は一人以前との違いを比較しながら状況の推移を見つめていた。
様々な記憶の中で、先ず最初の関門として龍の存在がある。
何処かの異世界と同じく、高層ビルに迫る大きさを誇る龍は一発一発の火力と範囲が尋常ではない。小さな市程度ならば丸ごと飲み込み、そこに生きている生物は一切合切焼き尽くす。
最後に残るのは草木の一本も生えない大地だけだ。その威力の前ではデウスの皮膚装甲は何の意味も無く、一度直撃すれば一気にコアが溶け落ちる。
鱗も非常に硬度で、専用装備での貫通は不可能だ。怪物の中でも更にあの龍専用の武器を用意するしかない。
突破するには彩の装備が必要だ。故に端末を起動させ、彩にメールを送る。
背後に居る彼女は何も言葉を発さないが、直ぐにバイブの振動が手を震わせた。
「どうかしたか?」
「いえ、少々確認の連絡を送っていました」
「確認か?」
「ええ、確認です」
俺の行動は逐一誰かに見られている。
例えモニターを見ていたとしても、元帥殿が此方を警戒しているのは明瞭だ。
だから、敢えて何かをしていると隠すことはしない。相手も俺の態度を理解し、そうかとだけ告げてモニターに意識を向けた。
それについて高官の誰かが一歩を踏み出したみたいだが、直ぐに全ての音が止まる。
恐らくは彩が何かしたのだろう。興味の無いことだとモニターに集中し、ついにデウス達と怪物達の一戦目が始まった。
怪物達の姿に規則性は無い。大型のクワガタに近い奴も居れば、細身の小さい小型龍も居る。
彼等の武器は鋏や牙だ。中には棘を飛ばす蜂のような個体も存在していたが、総じて全てデータとして俺達は把握している。
単体の対処は全て楽だ。専用装備を使えば駆逐は可能で、故に最初の激突で負けると考えることない。
此処で負けるようであれば、最早沖縄奪還など夢のまた夢。軍もその考えは一緒なので焦る者は無い。デウス達も冷静に対処を行い、直ぐに状況は此方側に傾いた。
噛みつかれる前にデウス達は撃ち抜けるし、棘の速度も理不尽ではない。極めて通常としか言えない個体達であるからこそ、最初の戦いで勝利を握るのは半ば必然だ。
そのまま彼等は前に進み――――直ぐにモニター全体が赤く染まり、爆音の警告が指揮所に響き渡る。
突然の音に指揮所内で何だ!という声が出てくるが、冷静にモニターを見ていれば何が起きているのかなんて容易く理解出来る。
雑魚達の動きは相変わらず。しかし、数十体のデウスの視覚情報から龍が火炎弾を吐こうと口を開けている。
まだまだ距離はあるのに警告音が鳴った。それはつまり、龍の出そうとしている火炎弾の熱がデウス達に届いている。
未だ皮膚装甲が溶ける程ではないだろうが、それでも警告が鳴るレベルの火炎弾を既に用意している訳だ。馬鹿馬鹿しいまでの出力であるが、だからこそ広範囲に攻撃出来るのだろう。
「温度上昇による警告の基準は約六千度です。 中心温度が倍になっている可能性は否めません」
「一万二千度だと? 太陽の表面温度を軽く超えるな」
このまま進んでも皮膚装甲が溶けるだけだ。
長距離で撃ち抜こうとしてもこの温度の前では弾が溶けかねない。ならば、敢えて撃たせた方が良い。
常に龍があの温度を維持している訳ではない筈だ。もしもそうなっていれば島が島の形をしていないだろうし、龍の近くに居る生物達は総じて死に絶えている。
撃たせ、再チャージが始まるまでの間に対象を殺す。それ以外での攻略は不可能だろう。
チャンスは多くない。しかし、相手はチャージを始めた段階から位置を変化させていない。鱗の貫通さえ出来れば、相手はただの固定砲台と一緒だ。
そして、メールの内容に沿って彩が製作した武器ならば相手の心臓を破壊することは出来る。
記憶の中にある決戦の回数は少ない。そうなる前に死んでいたり、そもそも参加していなかったりと様々な原因が起きてしまい、実際の回数は数百程度だ。
だが、その数百の情報は全て濃密である。場合によっては龍よりも厄介な敵が出現している戦いもあったのだから、今回の戦いは幾分軽めだ。
記憶を覗く度、薬の効果など知らぬとばかりに痛みが走る。
なるべく表には出していない。何とか平常の顔のままだが、真顔になり過ぎて彩に怪しまれていないだろうか。
「デウスに命令。 相手が発射後、次弾の計測を開始しろ。 加えて弱点があるかどうかも探ってくれ」
元帥殿の命令と同時、龍に顔を向けていたデウスの視界が全て光に閉ざされる。
衝撃でモニターには砂嵐が混ざり始め、通信状況に異常が出ているのは確かだ。慌てて通信兵が他のデウスの視界に切り替えたが、そのお蔭で火炎が弾ではなく線であることが解った。
一直線に伸びる熱線は空へと続き、雲の彼方に消えている。もしも地上に向かって放たれればと考えるだけで寒気が出てくるが、その脅威に怯えている暇は無い。
熱線の回避は出来たのだろうが、それでも近くに居た所為で身体の三分の二が溶けているデウスが居る。
装備も何も関係無く溶かし尽くす威力に戦慄しつつ、しかし頭の中の記憶達は予想通りだと告げた。
余計な頭痛を引き起こすというのに、変な場面で記憶達は冷静な判断を下している。それに黙れと心の中で怒鳴り、直ぐに彩にメールを送った。
武装の転移ぐらいは最早簡単なものだ。送り先はシミズであり、俺達の家族の中で最も冷静に狙い撃てるのは彼女だろう。
冷静であることがスナイパーの条件だと言うつもりはないが、ワシズのように騒がしい子に狙撃が出来るとは思えない。
それに事情を知っているのは家族だけだ。故に、彼女に任せるのが最適だと俺が判断した。
小型端末を起動し、シミズを呼び出す。直ぐに視界を共有させるが、その様子を殆どの高官達が睨むように見つめている。
「シミズ、敵の鱗は専用装備で貫通が出来無さそうだ」
『冷静。 予想通り?』
「敵の拠点の一つだ。 その内効かないような敵が出てくると予想するのは当然だろ?」
『同意。 対策は?』
「彩が今から狙撃銃を飛ばす。 必ず空中で撃ち抜いてくれ」
彩と告げると、彼女は耳に自身の手を当てた。
恐らくは正確な座標を調べ、そこに直接データを送るのだ。普通のデウスにそれは出来ないが、彼女がやれば如何なる状況でも大量のデータを送りつけられる。
それを使い、彼女は一瞬でシミズの目の前に武器を送った。
視界が一瞬だけ光り、直後目の前に一丁の銃器が視界情報に映り込む。人間一人の手では操りきれない程の長身を持ち、一見すると対戦車ライフルのようにも見えるそれは――しかしてマガジン部分に青い光がある。
「シミズ。 それは一種の大口径砲だと思え。 実弾だが、発射には全てデウスのエネルギーを使用している。 込めた分だけ威力が向上する代物だ」
『了解』
軍は現在の状況についてはいけない。
しかし、そんなことは俺達には関係が無いのだ。これは最初から、俺と彩にとっての最終決戦なのだから。




