第二百八十四話 朝の進撃
――早朝時にはデウスと人間の兵士は全て施設内の広場に整列していた。
一糸乱れぬ隊列はこの時代では中々見られないもので、テレビですらその映像を見られるのは稀だ。兵士達の目にはやる気が満ち溢れており、その姿からは頼り甲斐が伺えた。
装備品は今は身に付けていない。この集まりは兵士達の士気を高める為の演説の場だ。元帥殿が直接兵士達を鼓舞し、少しでも成功確率を高めようという話である。
そこに兵士の生存率は含まれていない。例えどれだけ死んだとしても勝つ。それだけを胸に、軍は己の存亡をかけて戦いに乗り出していた。
街側のデウスも演説の席に居る。ただし、俺が何かを演説する予定は一切無い。
デウス達が演説を必要とすることはないのだ。それで感情的に高揚したとしても、内部機構に影響が出ることはないと解っているからである。
ある意味無情だが、その分だけ強い存在に対する憧れは強い。特に彩には大小様々な畏怖の念が向けられ、彼女がそこに居るだけで自然と視線が集まることもあった。
「……つまらないな」
つい本音が口に出てしまう。
元帥殿は今も腕を振るいながら熱弁をしているが、それが胸に響くことはない。隣に座っている高官からは鋭い眼差しが送られるものの、それ以上に極大の殺意を向けられて高官達は慌てて視線を外す。
朝礼台のような物の上に元帥殿は立ち、その左右に作戦に参加する人間がパイプ椅子に座っている。俺はその右端に座り、背後には彩が護衛として立っていた。
本当は彼女は此処には居ない。今頃は並ぶデウス達の先頭に居る筈だったのだが、俺を心配して傍に付くようになった。
突然の変更ではあったものの、軍からは特に異論無しとして今は進んでいる。流石に作戦の要となる存在に否を突き付けるような人間は居ないようだ。
この演説に果たして大きな意味があるのだろうか。
実際に戦闘に参加する人間は居らず、その全てはデウス達だ。彼等にとって非効率的な行為をしても利には繋がらず、探せばスリープモードになった状態で立っている個体も居るかもしれない。
時間にしては一時間程度だ。
主要な人物達の演説と作戦の概要を聞かされ、全兵士達は一斉に行動を開始する。
俺達も準備を進める為に立ち上がったが、その瞬間に大きく頭部に痛みが走った。無意識で手を頭に持っていってしまい、それを彩に見られてしまう。
苦い笑みを浮かべて彼女の視線を気にしないようにしたが、ずっとそんな素振りを見せれば彼女はいよいよ我慢出来なくなるだろう。
終始そのまま気にされても困る。今は秘密裏に持って来た痛み止めで何とかなっているし、少しは自分の心配をしてくれた方が此方としても安心するものだ。
「彩、暫くは自分達の身だけを考えてくれ。 俺の事も周りのデウスの事も作戦中は気にしなくて良い」
「……ですが、そのままの状態で一人にさせるのは納得出来ません」
「仕様がないさ。 ここで出し惜しみをして護衛にデウスを宛がって、突破されたなんてことになれば最悪だ。 ――俺は大丈夫だから、行ってくれ」
「…………解り、ました」
渋々、本当に渋々と彼女は頷いてくれた。
きっとそう言われても彼女は気にしてしまうだろう。ワシズもシミズも、X195だって気にしていない訳ではあるまい。
俺を楽にしたければ、なるべく最短で事を終わらせるしかないと彼女も解っている。だからこそ、彼女は非常に不服でも頷いてくれたのだ。
遠くに歩いていく彼女を見て、此方も指揮室に向かう。
装備は腰にハンドガンが一つ。護身以上は考えず、なるべく身軽なままもう一つの敵の巣へと入った。
軍部に一人で入るのはこれが初めてだ。これまでは彩達による無言の威嚇によって幾分かマシであったが、それが無い以上全て自分で切り抜けなければならない。
こんな状況で暴行事件など起こすとは到底思えないが、予想外の事を起こすのが軍である。
感情に任せて行動し易い環境がある以上は警戒するに越したことはない。最悪な場所に自分から進むなど、まるで処刑場に向かっているような気分だ。
「来たか」
「ええ」
指揮所は地下にある。
上部分も重要ではあるものの、それでも最も重要な場所は地下に全てあるようだ。脱出路も地下に潜水艦が用意され、近場の海に出るようになっている。
いざとなった際の方法だろうが、果たして本当に成功するかどうかは不明だ。
恐らくこれまでの周回が起きたのも俺か彩が死んだ場合であり、一度も脱出路を使う機会は生まれなかった。
勝利すれば必要は無い。だが、勝ち方にも種類がある。
もしも使う必要があったとして、俺が乗れることは先ず無いだろう。あちらも此方を乗せずに見捨てる筈だ。悲しいかな、効率だけで組織は回っていない。
どこまでいっても、人と人との関係に感情は付き物である。これは元帥殿の命令でも覆らない。
無数のパソコンを操作する職員を見ながら、俺は元帥殿の隣の席に座る。周囲の高官は立ちっぱなしであり、この差は組織の頂点かそうでないかだけのものだ。
「敵の様子に変化は無い。 相変わらず無数の怪物が沖縄から出現し、此方に進んでいる」
「先ずはあの巨大な龍ですね。 あの存在が如何程の力を持っているかによって、ある程度相手の強さも見えてくるでしょう」
「そうだな。 あの龍が何故あそこに滞在し続けているのかは定かではないが、あれを撃破せねば橋頭堡を確保するのも難しい」
第一段階は西洋のシルエットを持った龍の撃破、並びに沖縄本島に続ける為の拠点作り。
龍の存在は『彩』の言葉の中から出てはこなかった。単純に大した敵ではないのか、それとも今回が初の出現なのか。
常に同じ周回は無いだろう。試行錯誤はせずとも生活するだけで違いは出る。蝶の羽ばたきが竜巻を引き起こすように、何かの切っ掛けで状況が変化していても不思議ではない。
兎も角、龍の存在は俺達にとって非常に邪魔だ。故に、先ずは先発部隊が道を作る。
此処では街側のデウスは戦わない。軍側が雑魚の殲滅と龍の撃破を行いつつ、街側が島に着陸して拠点を築き上げる。
完成度ははっきり言えば不安だが、かといって完璧を求めては時間が掛かる。周辺を殲滅する部隊が存在すれば壁が多少なりとてあれば良い。
拠点が完成したと同時に兵士達が海を渡り、デウス達のサポートに動く。
重火器の準備や破損個所の応急処置、それに通信装置の設置等も彼等の仕事だ。これから先は人類が足を踏み込めない地であり、あらゆる警戒をせねばならなくなる。
地質や空気、動植物も検査をする必要がある訳だ。
デウス達が簡単にチェックはしてくれるが、それは人間が最低限息をすることが出来るか程度のもの。より詳しく調べるには専用の機材が必要で、デウス達が調べるのは戦力の低下に繋がる。
よって、僅かな護衛部隊を残して無事なデウス達は更に前に出る予定だ。今日中に出来れば沖縄に辿り着きたいが、無理をしない程度に留めておくべきである。
安全を図るのならば拠点製作まで。深追いをせずに慎重な進撃を心掛け、その間デウス達には周辺の安全を確保してもらう。
「これは双方の命令に違いが発生しないことが大前提となる。 よって、他の介入を許すつもりはない」
「同感です。 別勢力の介入や、愚か者の独断専行は冷徹に処理しましょう」
「全ては勝利の為。 諸君らもその点は意識を配っておくように」
元帥殿は最後に周囲の高官にそれを告げ、一斉に大音量の返事を送られる。
続けて視界と聴覚情報の共有をデウス達に命じ、いよいよ戦場の風景が露となった。




