第二百八十話 意志確認
最終決戦と、兵士達が噂する。
この戦いで勝利すれば日本の大地は安寧に包まれ、海上のみに力を費やすことが出来るようになる。地獄の世界から一番目に脱却し、少なくとも直ぐに日本が終わりになるような未来が訪れない。
それは希望となり、一種の士気向上にも繋がっていた。そんな兵士達に対して現実を突きつけるのは流石に誰も行わないものの、解っている人間は冷めた目で見てしまうのだ。
それが簡単に出来れば苦労は無い。本来ならばもっと技術躍進を進めなければ対応など難しく、しかし俺達だけは何時本体が表に出てくるのかと戦々恐々なのである。
時間を遅らせても問題が無いと解っていれば幾らでも遅らせることが出来る。しかし、他所の国からの突き上げと本体の出現という二つの要素の所為で準備を万端にする時間が無い。
少しでも遅れれば他所が介入してくるだろう。その所為で彩を回収しようとする動きが起きれば、最悪国家間での争いになりかねない。
「全体の進捗はどれくらいなのですか」
「設置武器の設営に少し時間が掛かっているな。 開始時刻には間に合うが、どうやら一部で故障が発生しているようだ。 運搬の段階で問題が発生していると見るべきだろうな」
「一応、開始間際に再点検を挟みましょう。 万が一の可能性も考えたくありません」
「同感だ。 既に予定には入っている」
元帥殿と机を挟みつつ、書類と睨めっこを繰り返す。
他の人間は指示出しと情報整理に忙しく、今此処には二人だけしかいない。俺は事前に指揮権の一部をG11等に割り振っているので問題は無いが、高官達は今頃目を擦りながら仕事をしている筈だ。
建前上はトップ同士の最終確認となっているものの、その実態は酷く雑談に近い。別に無駄な話は無いが、かといって有益な話ばかりかと聞かれると答えに窮する。
というよりも、元帥殿は単純に探りを入れているだけだ。
「この戦いの肝はやはりワームホールの遮断だ。 それが成せれば人類そのものに希望を与え、諸外国も勝利国である日本に対して更なる援助を約束してくれるだろう。 ――ワームホールの遮断に関しては問題が無いのか?」
「ええ。 時間を稼ぐことが出来たのなら、彩が確実に遮断してくれます」
「ほう、頼もしい限りだ。 是非その方法を知りたいものだね」
元帥殿は今も彩の情報を欲している。
彼女の純粋な力はやはり権力を容易く覆し、世界にその存在を刻み付けることが可能だ。軍がその力を手にすれば、或いは複製出来れば日本のトップどころか世界のトップを握ることも出来る。
だからこそ欲しいのだ。その源泉は権力欲というよりも、純粋に日本を想ってのことだろう。彼の表情は真剣そのもので、デウスを大切にする性格のお蔭で悪い人物には見えない。
しかし、頭が良いからと言って全体が良い訳ではないのも事実。彼は苦心しているようだが、それが完全に身を結びのは遥か先の話だ。
今現在においては彼の事を信じることは出来ても、組織を信じることは出来ない。
故に、彩の真の情報を与えるのは無しだ。例え如何なる譲歩が出てきたとして、その程度ではあまりにも軽過ぎる。
文字通り世界制覇を狙える力だ。軍事組織の手に渡れば、一生を兵器として利用されるのが目に見えている。
「残念ですが、彼女の力は秘匿する必要があるので」
「君達のみで保持すると? しかしそれでは、日本の損失だ」
「ご安心ください。 無事に日本が解放された暁には我等の拠点であるあの街を中心に復興作業を行います」
「首都は東京だぞ。 復興するならば先ずそこだろう」
「最早首都など、何処も変わらないでしょう?」
冷静な言葉だが、俺の言葉によって元帥殿は次の言葉を告げなくなった。
首都は東京だ。それは今も昔もこれからも一緒ではある。だが、現在の日本において首都という単語がどれだけの意味を持つのか。
確かに国家中枢はそこにあるし、あらゆる情報が集まるのもそこだ。
その点は事実であり、挙げられれば納得もするだろう。しかして本当にその役割を他が担えないと言えるのか。
結局、市民達が求めるのは化け物が日本から居なくなることである。それを東京が率先して行ってくれるのなら兎も角、数年の間戦い続けたのは日本各地に居た軍だ。
決して東京が中心で物事が進んだ訳ではない。今は政治をするにしても余裕が無く、企業が支配している地域も存在している状況だ。
故に、言ってしまえば首都など何処でも構わない。
人が多く存在し、政治をするだけの土台がそこにあれば良いのだ。出来れば海に面する土地であれば船も空港も開けるし、商業にも向いている。
「……つまり、この戦いで勝利した暁にはその成果を以て政治に参加するつもりか」
「まさかでしょう。 私にとって一番重要なのはこの戦いです。 それだけは忘れないでください」
政治などまったく関心が無い。
幾らでも言葉を放てるが、その全ては結局頭で考えた程度の稚拙なもの。俺が真に懸念しているのはこの一戦のみで、それ以降に関して頭を回している余裕は今は無い。
ある意味寿命が迫っているようなものだ。今の俺が別の俺に変わる瞬間が目の前に迫り、そんな状態で未来だけを考え続ける真似など出来ない。
順番を忘れるな。先ず最初に目の前の決戦を生き延び、その次に未来を考えれば良い。
力強く宣言する俺の言葉に、元帥殿は追求の声を止めた。互いに気不味い空気が流れ、書類を捲る音がやってくる。
やることは大いにあるのだ。こんな話を続けるよりも直近の予定について話し合うべきで、それでも何かを話していなければ不安に押し潰されそうになっている。
デウスがどれだけ居たとしても不安が消えはしない。寧ろ相手を知っている分、俺の胸を占める不安の割合は大きいだろう。
信じたいし、実際にデウス達を信じている。
だがそれでも、人間というのは奥底から負の感情を発生させてしまう。狂ってしまう程に他者を信じられれば話は別だろうが、生憎と俺は彩のように狂うことは出来ない。
「此方のチェックは完了しました。 そちらは?」
「うむ、此方も終わった。 やはり少し休日の時間を使わねばならないな」
「それなら此方のデウスに手伝わせましょう。 なるべく兵士達も休みたいでしょうしね」
「助かる」
残りの時間と比較して必要な人員をデウスの中から派遣し、なるべく休む時間を増やす。
端末で指示を送ると、直ぐに了承の二文字が返って来た。わざと必要な人数を増やして兵士達の休息時間を伸ばすようにしたが、それに気付く者は誰も居ないだろう。
やるべきことは終わったと別れの言葉と共に扉に向かって歩く。この後は激励を兼ねてデウス達に会おうと決め、全員が何処に散らばっているかを頭の中で思い出す。
「少し良いか」
だが、その思考は途中で遮られた。
突然の元帥殿の言葉に振り返り、相手の言葉を待つ。
「例の協力関係の解除だが、維持は難しいか?」
「突然どうしたんですか? ……我々の意見は変わりませんよ」
予想外の内容に少し目が開いたが、言うべき言葉は変わらない。
俺の返答に元帥殿はそうかと呟き、溜息を零した。それが失望の意であることに気付いたが、そうさせたのはそちらが原因だ。
変に失望されても困ると眉を寄せるも、文句を口にせずにそのまま退出した。
ある意味余計な時間を使ったと言えるが、仕事ばかりでは何処かで緊張の糸が切れるかもしれない。結局書類確認という仕事をしていた気がするも、その辺に関しては何時ものこと過ぎてあまり負担にはならなかった。
端末を起動して彩に基地前に集合とだけ送る。彼女が何処にいるのかは解らないが、俺が指示を送れば直ぐに来てくれる。
流石に目の前に怪物が居る状態で護衛無しは不味い。
指示だけを送り、足は入り口へと向いた。




