第二百七十九話 急造の決戦要塞
数人で行く程度であれば短い時間で辿り着ける場所も、大人数となれば到着までに時間が掛かる。
だが、時間を掛ければ全員が到達することは可能であり、俺達は漸く前線基地である鹿児島に到達した。此処で一度全員を収容し、準備を行いつつ五日後に作戦を開始する。
兵士達が休める時間は予定通りであれば一日。その間に仲間と遊ぶことも、部屋の中で休むことも、遺書を書くことも許される。
死亡数はデウスが出現してからは恐らく最大となるだろう。だからこそ、なるべく人間には最後の安らぎを与えなければならないと軍上層部は考えていた。
これは万が一の逃亡を阻止する役目も担っている。一応は出口をデウス達が封鎖しているので難しいが、何らかの手段を用いれば逃げることも可能かもしれない。
世の中に絶対という言葉が無いように、如何に逃走手段を封じたとしても何処かから逃げているかもしれないのだ。
「……とはいえ、これじゃあ皆逃げたいだろうな」
与えられた高官用の一室に腰を落ち着かせ、簡素な窓から見える景色に目を向ける。
完成した基地は控え目に言って急造というイメージが拭えない。耐久性は保証されていると高官達は言うものの、その保証が一体何処から来ているのかは一切不明だ。
見かけ上は白く巨大な豆腐のような建物であり、内部では何処かで溶接をしているような音が聞こえる。
部屋の内装も非常に質素だ。簡易的なベッドと机があるだけで、他には何も無い。これから戦う以上質素になるのは当然だが、それがどうしようもなく不安を掻き立てる。
本当に此処は基地としての役目を担えるのか。そう言いたい口を今は閉ざし、荷物を開けた。
彩達は別室に居る。今頃は十席の面々と顔を合わせ、真の意味での最終戦力を調整しているだろう。
軍達は自分の手で解決をしたいようだが、彩のような存在が居ない以上は解決することなど出来はしない。
仮に出来る程の戦力が居たとして、では有効に使えるかと聞かれれば答えは否だ。頭の硬い人間が未だ多く存在する軍内において、相手の挙動を予測するのは不可能に近い。
此度の相手は規模が違う。全力を懸けるのは当然として、それでもなお足りているとは言えない。
これまでは彩が居れば大丈夫だと思うことが出来た。彼女以上の力を有している存在など居なかったし、実際この地球において最強なのは彼女で間違いない。
如何に彼女に近い能力を有したとしても、彼女程に至っていないのであれば敗北は免れないのである。
「勝率は四割……いや三割か」
「――――随分希望的観測をしましたね」
背後で聞こえた声に身体を振り返る。
ノックも無しに扉を開いたのは、見知らぬデウスだ。共通の軍服を着ている所為で人間かどうかは解り辛いが、顔が非現実的なまでに整い過ぎている。
一体何処の所属なのかと口を開こうとして、彼女の視点が一切定まっていないのに気付いた。
俺に対して言葉を放ったのは確かだ。にも関わらず、彼女は俺を見ていない。まさか襲撃かと警戒した俺に、彼女は僅かに笑った。
「ふふ、私ですよ。 『彩』の方です」
「『彩』? 何で違う身体に入ってるんだ」
「あっちの私に頼まれまして。 話し合いをしている間は護衛役が居ないので、私が傍に居るようにと言われました。 丁度この基地の廃棄エリアにコアが破損したボディを発見したので、それを一時的に修復して動かしています」
彼女の説明に納得し、肩に乗っていた力を抜く。
既に壊れ切ってしまった身体を無理矢理直したが故に、何処かその挙動は怪しいのだ。今の彼女のボディでは恐らく全力を出すのは難しいだろうが、それでも普通のデウス程度の力は出るに違いない。
確かに誰も護衛役が居ないのは問題だ。俺は大して気にしていなかったものの、彩の方が気になって仕方なかったのだろう。
『彩』を呼び出してまで護衛役を増やし、こうして傍に配置した。
思っていたよりも早い再会に苦笑しつつ、バッグの中にあった飲み物を適当に投げ渡した。
「あっちはどんな感じだ?」
「難航しているみたいですよ。 誰がどんな役割をするのかは決まっていたのですが、やはり皆我が強いですからね。 被った部分で意見のぶつかり合いが起きています」
状況を聞きつつ、今も高速で言い合いをしているだろう集団を想像する。
恐らく、サポート役と攻撃役のメンバー決めで荒れているのだろう。如何にデウスの単体活動能力が高くても、大規模な戦いとなればサポートは必須だ。
戦いの最中で弾薬が尽きるなど以ての外。ましてや、弾薬を創造出来るだろう彩は最後にはワームホールに掛かり切りとなる。
物資補給が必要なのは当然であり、只の兵士では奥地まで運び込むのは難しい。
道中で隠れていた化け物に襲われでもすれば、護衛としてデウスが居たとしても物資を守り切れるか怪しいのである。
命は守れたとしても物資が壊れればお終いだ。故に、十席達の誰かをサポートとして付ける。
彼等が安全な道を作れば幾らでも物資を運び込める。更にそこに拠点を構築出来れば文句など無いのであるが、しかし相手側がそれを許すことはない。
例え意識していなくとも、間違いなく相手側にとっては不快な事実だ。
無意識下で戦力を集めてその道を破壊しようと企てるであろうし、そこに人間を放り込めばまず死ぬに違いない。
「この事を軍は?」
「気付いてはいませんよ。 デウスは一部気付いているみたいですが、敢えて無視を決め込んでいます。 状況がどちらに転んでも良いように振る舞っているのでしょうね。 気になるのでしたら入り込めば良いのに」
一応、これは十席と我々の意見を擦り合わせる為に行われている集まりだ。
軍も彼等が集まっていることだけは知っているだろうが、その内容については一切知らされてはおるまい。例え知ったとして、鼻で笑われるのが関の山。
既におかしな状況など幾らでも発生しているというのに、彼等の目線では何も起きていないと錯覚している。
情報収集が甘い。下手に軍の権力が強い所為で、己は最強だという自負を抱いてしまっている。
相手が黒幕ということで警戒はしているだろうが、それでも勝てると考えている筈だ。だからこそ、件の集まりについても半ば黙認状態となっている。
それで妨害されたとしても、最終的には力で全て解決出来るのだからと。
化け物の脅威を知っていて、彩の脅威も知っていて、されど無意識に刷り込まれた慢心は簡単に消えはしない。
それはこの基地を見ていても明らかだ。劣勢状態だと皆が知っているのに、それでも何とかなると考えてしまっている。
「まさかこれが原因で敗北したのか?」
もしもそうであれば、最終的に軍の言葉を無視するつもりだ。
だが、彼女は俺の言葉に首を左右に振る。つまり、これがあった上で軍の所為ではないということ。
「確かに私の時も軍は杜撰な状況を構築してしまいましたが、それ以上に相手の数と質が問題でした。 当時は数百しかデウスが存在しませんでしたから」
「……柴田博士に接触するまでは連敗続きであったと」
「正直に申すのであれば、生産に関しては確かに彼の力が無ければ出来なかったでしょう。 そういう意味では、彼はデウスの第二の父と言っても過言ではありません」
基礎から完成させた嘗ての俺と、その内容を知って量産化にまで漕ぎ付けた柴田博士。
どちらか片方が欠けては勝利は無い。故に、記憶の喪失を彼女は受け入れてこれまで放置していた。
そして、そんな状況でも未だ勝利を掴めてはいない。本当に勝利を刻むのであれば、何か別の要因が必要となってくるのだろう。
残念ながら、その要因については直ぐに頭には浮かばなかった。
『彩』もこれ以上の解決策は思い付いていない筈だ。冷静であるのはこれまでの周回の記録があるからこそであり、未だその周回時の状況から離れた訳ではないのだから。
残りの期間において、まだ俺は考えねばならぬことがある。それを理解し、けれども今は彼女との意見交換に勤しむことにしたのだった。




