第二百七十八話 乱れ
大人数で移動すれば嫌という程視線が集まる。
その殆どが不安の混ざったものであったが、一部の人間はデウス達に対して応援を送っていた。
反対に軍に対しては何の声援も無く、どちらの方に期待を寄せているかは明確だ。一般の人間から見ればやはりデウスこそが最も頼れる存在で、これまでの不祥事や結果と合わさって非常に支持率が低い。
多数の車の中でも後方に位置する俺達家族は、そんな人々の視線をダイレクトに受けることになる。
悪い意味での集中ではないものの、それでも極端に多い視線の数に圧を感じるのは半ば当然だろう。デウス組はわりと堂々としていたが、俺は椅子に深く座って上着に付いたフードを目深に被っていた。
連絡は常に端末によって行える。態々車内でまで軍の人間と会話する必要は無く、故にこんな格好をしていても悪く言われることはない。
勿論、彩達は何も文句を言いはしなかった。内心では何か思っているのだろうが、此方の心情を慮って無視を決め込んでくれているのだろうと俺は考えている。
兎も角、大部隊が隠しもせずに動いた事実は注目の情報としてメディアに流れた。
事前に流れていた沖縄関係と絡め、有識者達が独自の意見を口々に言い放っているのは十分予測出来る範囲だ。
その殆どが最終的に無謀であるというもので一致し、視聴者達の不安を煽っている。中には避難を決定した街もあったそうで、現在は北部に人口が固まりつつある状況だ。
当然、そうなれば北部の警備を行っている警察達に負担が押し寄せる。
彼等も上層部は事の真相を知っているので対策は練っているだろうが、それでも現場の人間は苦労しているだろう。
非常に申し訳ない。だが、やらねばならぬことだ。
端末を操作し、軍との会話とは別のメッセージアプリを起動する。
並んでいる名前はどれも有名なデウスばかりだ。何せ誘ってきた相手が十席のPM9なのだから、デウスばかりとなるのは必然である。
『取り敢えずこれで其方と連絡を取れば良いのですか?』
『ああ。 こっちは秘密裏に作ったものだから十席以外の面子には漏らすなよ』
『十席以外? でしたらXMB殿が元帥殿に漏らすと思うのですが……』
『――今回はそうはしません』
この勧誘が来たのはつい先程。
移動中にメールが突如やってきた時はなんだと思ったものだが、文面に記載されていたアプリ情報と利用目的を知った時点で疑いの目は消えた。
一応は確認の為にPM9にメッセージを飛ばしたが、十席のほぼ全員が加入している以上は本人が反応するだろう。
案の定XMB本人が反応し、そこから暫くの間連続で文面を投下し続けている。
あまりにも長い所為で途中途中で送らねば黙っていると思わかねないと考えたのだろう。その情報量の多さで目が滑るものの、内容そのものは理解出来る。
確かに彼女は元帥殿に信頼を寄せ、何処か彩に似た性格を持っている。
元帥殿の立場が悪くなるような情報であれば彼女は即座に報告し、対処を求めるのだと簡単に想像が出来るのだ。けれども、彼女はこのメッセージアプリを悪だとは断じなかった。
理由は単純明快。デウスがただ命令を聞くだけの存在を脱した以上、より効果的な策を自身で考えてもらいたいから。
このアプリによって元帥殿が知らない情報が増えるのは間違いない。
XMBの監視の目があったとしても、大量の情報が流れれば見逃すことも零ではなくなるのだから。だが、他人の目が無いからこそ己の真の意見を口にすることも出来る。
ログを解析され、万が一その情報を見つけて記憶を削除されたとしても、アプリには情報が残り続けるのだ。
これは人間達の目を欺く為のアプリであり、記憶を消される前のデウスの遺言が残せるアプリでもある。破壊され、人格データが無くなってしまえば、それはもう死人なのだ。
これからますますデウスは人間の闇を多く見ることになるだろう。
隠された実験を見つけてしまうかもしれないし、善良そうな指揮官が実は畜生だったと知ってしまうかもしれない。
今のデウス達の多くは軍の人間に敵意を覚えているが、人間の悪意に底と呼べるものは無いのである。
まだまだ人間の醜さの表面を触った程度。いざという時に駆け込める場所を用意するのも、十席の役目であった。
『現状はまだ試験段階です。 期限は半年と定めていますが、その間に僅かでも情報の流出が発生した場合には即座に使用を停止します』
『解りました。 では、此方も余程のことがない限りは家族に知らさないようにしますね』
『お願いします。 我々の安寧の為にも、この試みは成功で終わってほしいのです』
メッセージアプリの先で頭を下げているXMBを想像しつつ、同時に十席は未来を見ているのだと思わされた。
今、正に決戦が近付いている。彼等は前に立って戦わねばならず、部下であるデウス達の士気を維持しなければならない。
未知の場所に向かうのは酷く勇気が必要で、そう簡単に一番槍を進むことを決められはしないのだ。
例えそれが命令でも、彼等には感情がある。故にこそ、そんな場所で前に進むのは十席達なのだ。
彼等は常識とは無縁の性格をしているが、それでも他のデウスと同じ感情を持っている。不安を覚えない筈がないというのに、そんなことなどまるで気にしていないように明日のことを考えているのだ。
その精神性は極めて強い。戦う相手の規模を知らないのもあるのだろうが、本人達が一人の大人に向かって成長を続けていた。
言う事を聞くだけの子供ではないのだ。彼等を縛っていた拘束が解除され、自由を得たからこそ十席は前進することを選んだのである。
それを祝福することはあれど、非難することはない。
彼等の為に隠し事の一つや二つ程度守るのは当然だ。軍の人間に知られてしまえば、どれだけ正論を並べたとしても彼等は勝手に消してしまうだろうから。
これから先、十席との連絡は主に此方を使用することとなる。
現在リストに載っているのは知っている面子だとPM9とXMB333、それにR-1だ。SAS-1はこれから話をする予定であり、十席の厄介児ことV1995は永久的にリストに加える予定は無い。
此処に加入すること自体は彼もきっと反対はしないであろうが、俺が入っていることを知れば直ぐに切る。
いや、切るだけであればまだ良い。このアプリの存在を他所に伝えてしまうかもしれない。
余計な不穏分子は除去しておいた方が良いと全員が意見を一致させて彼を弾いたのである。例え強制的に此処に加入しようとしても、全ての十席がそれを阻むだろう。
随分と嫌われているものだと思うが、彼のしでかした事を考えれば当然である。
寧ろ未だに初期化されていない時点で感謝されるべきであり、しかして彼は絶対に感謝などしないだろう。
そういう人物だ。自身が正しいと認識したことのみを貫き、他の声は一切入らない。
流石は疑似超越者。芯の硬さだけなら彩にも負けはしない。その意固地さが超越者の共通項なのか、最初から柔軟さなど遠い彼方に放り捨てていた。
『此度の決戦は必ず勝利せねばなりません。 その為、使える手札は全て切ると想定してください』
『当たり前だろ。 で、戦いが終わったら不穏分子を消す訳だ』
『致し方ないでしょう。 彼はそれほどに問題を起こしてしまったのですから』
本当に負ける気配を感じさせない会話だ。
軽い雰囲気すら漂わせる文面に頼り甲斐を感じ、思わず声に出さずに笑みを浮かべてしまう。
そうだとも、負けるつもりは一切無い。何時も通りに挑んで勝とう。




