第二百七十七話 始まりは平和と共に
――準備と呼べるものは皆の協力によって順調に進んだ。
俺達側が提供出来る派遣戦力。街を防衛する傭兵集団。街で生活する人間達の避難訓練や万が一の教練を経て、更に資源の集積や武器の製造もデウス達が全力で努めてくれたお蔭で完了した。
今この街を普通の街だと認識する人間は居ないだろう。唯一街らしい街がある部分も遥か以前に切り離された一区画のみで、その一区画は監視をするだけに留めている。
一応はあちらも企業からの配送によって食料等を補充出来ていたが、形そのものは普通の街と変わりはない。
故にそこが攻撃されれば一溜りもなく、彼等は時折此方に救援要請を送ることがある。
しかし、此方があちらを助ける義理は無い。寧ろ切り捨てた側なのだから、滅ぼされないだけ温情だ。要請は悉く無視し、勝手に入ろうとする人間は監視をしているデウス達が強制的に元の場所に戻した。
その際に心無い言葉も吐かれたそうだが、それでデウス達が揺らぐことはない。
彼等もこの街で生活することで人間を学んでいる。良い人間も居れば悪い人間も居て、悪意で言えば軍という最大級の場所に長らく居続けていた。
今更罵倒程度で怒りに身を任せることも無い。冷静に此方が指定した通りの対応のみを行い、今も彼等が入ってくることは一切無い状態だ。
これからその監視を務めているデウスも派遣するので侵入経路に問題が生じるが、傭兵達の腕を信じるしかない。
傭兵達への指示は全て村中殿が担当する。様々な武装集団と繋がりを持っている彼だからこそ、多方面に指示を下すことも可能だ。
知らない者同士であれば余計な亀裂が発生しかねない。彼でなければ全体を指揮するのは不可能である。
それは春日も一緒だ。彼は市民の代表として避難誘導や傭兵達への要請をする立ち位置であり、もしも軍が何かを頼もうとした際には毅然として対応することになる。
そして、俺は派遣されるデウス達と共に沖縄に向かう。
街の代表としてあまりにも不適格であるが、他に任せられる人間が居ない。彩では軍の命令を無視するだろうし、G11が全体指揮をしては中間を任せられるデウスが居なくなってしまう。
優秀なデウスは居るものの、信頼出来るかどうかは話が別だ。ワシズやシミズも指揮を出来るデウスではなく、両名は前線で戦うのが性に合っている。
俺達の中で一番指揮者としての適性を有しているのは、紛れも無くX195だ。
彼女はあまり他者と接触しないが、それは必要性を感じていないという側面を有しているからである。
この街の中で新参者の部類であり、建前上は人質兼嫁だ。複雑な立場の彼女を何処かに組み込むのは難しく、故に今まで彩達と同じ立場を与えていた。
それが今回、中間の位置に就く。
俺が指示を下すデウスの数は過去最高だ。全員に意識を配るなど出来よう筈も無いし、それが出来る人間を同じ人類だと認めたくない気持ちもある。
「軍の方々も到着したようです。 今は駐留している軍の方々と一緒の兵舎に休ませていますが」
「解った。 直ぐに向かう」
そして、今回の中核を担う彩は暫くの間俺と行動を共にする。
出撃するのは沖縄の大地まで届いた後だ。それ以降はワシズ、シミズ、G11と共に行動をすることになる。
ちなみにそうなるまでの三人は別々の部隊だ。流石に単独行動をさせるには今回の戦いは厳し過ぎるし、一人では対処しきれない敵も湧いて出てくることだろう。
私服の黒いジャケットを羽織り、彩と一緒に軍が集まっている区画に向かう。
今回の集合場所は此処だ。流石に軍全体を収容しきる程の宿舎は建てられなかったので大部分は外でテントを張っている状態だが、明日になれば前線基地への輸送が開始される。
俺達もヘリや車を活用してデウスを運ぶつもりだ。敢えて陸路を選択するのは、これから大きな戦いが起こることを民衆にも知らせる為である。
何も知らないままではいざという時の対処が出来ない。
負けるつもりが無いとはいえ、絶対に勝てるとは言えないのだ。敗北した場合に民衆達が直ぐ動けるよう、何も言わずにデウスの大部隊を動かすつもりである。
国家もそれとなく知らせはするだろう。大型の台風が沖縄から来ると言えば、察しの良い人間は気付いて逃げてくれるかもしれない。
とはいえ、その逃走に意味は無いのだ。負ければ日本は怪物達に蹂躙され、全範囲を海に囲まれた島国から脱出するのは不可能である。
車を使って一番大きな宿舎に向かい、大規模な会議室に入る。
既に全員が集まり、彼等の表情は皆一様に固い。これから始まる激戦に向け、静かに緊張しているのだ。
心身が弱い人間は顔を青くしている。それを指摘するつもりはないが、不安を覚えるのは事実だろう。
「お待たせして申し訳御座いません」
「いや、場所を借りているのだ。 何も言うつもりはないとも」
正方形になる形で机を配置し、俺と元帥殿は向かい合う形で座っている。
最初期にあった何処か柔らかな雰囲気は既に無い。これからの戦いに元帥殿自身も緊張しているし、俺という存在に対して警戒もしているのだ。
今はそんな場ではないので高官達も何も言わない。しかし、この戦いが終われば彼等は痛烈に此方を批判するだろう。
人間とはそういうもの。掌返しが得意で、悪意を簡単に外に向ける。
自分で抑えることも出来るというのに、それが出来ない愚か者なのだ。
「前線基地に関しては何とか間に合った。 奇跡的な出来事があったお蔭で連中の数が明確に減ったからな」
「それは良かった。 もしも間に合わなければ戦う前の話でしたよ」
「……まったくだな。 あの出来事には感謝せねばなるまい」
元帥殿が語っている内容を素知らぬ顔で流す。それに対して半目が送られるも、証拠が無ければ何の効果もない。
だが、無事に間に合ったのは喜ばしいことだ。間に合わなければ自分で吐いた言葉通り、戦う前の話となってしまう。
延期をするのは彼等とて良しとは思っていなかったのだろう。急ピッチで作成した基地が如何程の耐久性を有しているかは不明だが、及第点程度はあることを願いたい。
彼等との会議はこれが最後だ。これが終わっても行動そのものは一緒であるが、次に大人数が集まって話をするのは戦いが終結してからになる。
前線基地に構える以上、前線を突破する怪物が居ないとは限らない。
その為に軍は護衛のデウスを置くようだが、それでも絶対の安全は保証されないままだ。最後に何人の人間が顔を合わせられるのかは不明で、もしかすれば俺を含めた全員が全滅することもある。
「物資、各種装備、人員は予定通り揃えた。 そちらは?」
「此方も予定通りの数を用意出来ています。 明日の出発に支障はありません」
「了解した。 政府にも通達は済ませ、敗北時には大型の台風が日本を横断することとなった。 我等はその報道を聞けないだろうがな」
「……出来れば聞きたくないものですね」
まったくだ、と俺と元帥殿も息を吐く。
恐らく、勝とうが負けようがそれが流れることはない。そうなる前に彩が巻き戻しを発動し、次の周回が始まってしまうだけだ。
俺の記憶は闇の中に消え、彼女は人格だけの存在となって保存される。
このような話し合いも何百は行った筈だ。元はただの工場員だった俺がここまで来れたのだから、他が到達していないなんて考えることは出来ない。
明日を信じて。なんて神に祈るような真似は断じてしない。
勝つのは我等だと胸に刻み、暗闇の中を俺達は手探りでこれから歩き始める。――待ちに待った聖戦はすぐそこに。




