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人形狂想曲  作者: オーメル


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第二百七十三話 彩と『彩』の違い

 『彩』と彼の日々は、あれから平穏なものとなった。

 世界が滅亡へと迫る中で平穏など縁遠いものだが、二人にとっては間違いなく平穏だったのである。退院してから彼等は廃墟群を拠点とし、日夜人が居なくなった場所で物資を漁り続けていた。

 金銭はあるにはあるものの、日本滅亡の瀬戸際では貨幣価値など無いも同然。ただの紙切れで買い物をするのは不可能に近く、仮に出来たとしても東京だけだ。

 廃墟で生活する人間は他にも無数に居た。彼等は総じてホームレスや家や家族を失った難民だったが、その気性は穏やかさとは無縁のものだ。

 少しでも何か持ち物を持っていれば襲い掛かった。幼い少女の見た目をしている彩に対して下卑た眼差しを送る人間も居て、そんな輩の近くに居ては平穏無事に過ごすことなど出来なかっただろう。

 しかし、人が住める場所など限られている。数千数万という人間が難民となっている現状、二人だけの空間なぞ望めるべくもない。

 

 それ故に彩は思考を重ね、敢えて怪物が蔓延るエリアと人間が生活するエリアの中間に拠点を構えた。

 そこならば誰も居らず、また放置された物資がそのままになっている。怪物を撃破せねばならないと彼は反対したものの、その意見は彩が目の前で人外の力を見せたことによって消滅することとなった。

 その力は普通ではない。彼自身も彩にそれほどの力を持たせた覚えがなかった。

 一体どういう原理でその力が発露されているのかと調査したかったが、それを行うにはあまりにも設備が必要だった。

 そして、それだけの設備を用意するだけの資金も人手も無い。彼自身の頭の中で予想に予想を立てる他無く、結局彼は二人の安寧の為にその場所に向かうしかなかった。

 

「使えるものは何でも使え。 例えそれが我々にとって未知数だったとしても。 ……あの人が何時も言っていた言葉です」


 怪物に対し、彩の力は効果的だった。 

 人間を超え、怪物をも凌駕する彼女の力は危険な地帯を一気に安全な場所へと変えていく。建物一棟分を使って小型の爆弾を大量に作り上げ、割れたコンクリートの欠片から刃物や槌を作り上げる。

 その力に彼は興味を示し、様々な実験を行いながら廃墟群の中身を改造していった。

 結果として判明したのは、彩の力におよそ制限と呼べるものが存在しないこと。材料と彼女そのものが耐え切れるのであれば、何であろうとも作成が可能であること。

 そして、その力は法則の無視が可能であること。あらゆる人間の理想が込められたかのような奇跡に、しかし彼は困惑を深めるばかりだった。

 利用出来るものは何でも利用する。そのスタンスは変わらなかったが、その力は容易に権力者を呼び込んでしまう。

 現に廃墟群が平和になったことから近付く人間が増えてしまった。最初はホームレスが、次に軍人が調査に動き、最終的にはその場所は一種の施設のようにもなったのである。

 

 数少ない物資同士で取引を行う市場が始まり、その拠点を取り締まる自警団も生まれた。

 彩という反則の力によって怪物達を全て跳ね除け、その場所は地獄に咲く最後の楽園として日本中で噂となったのだ。

 金による支配は無く、法による束縛もそこにはない。人々の理性によって構築された小規模な国家は、彼が望んだものではなかった。

 彼はただ、平穏無事に過ごしたかっただけなのだ。

 残りの人生を親愛なる隣人と過ごしながら、騒々しさとは無縁の日々を送る。その幸福な結末を求めて、しかし頑張れば頑張る程にその日々とは真逆の生活へと向かってしまう。

 最初は廃墟群の主だった。彼が生活に必要な物を求めて彩と共に奔走し、その姿を見た難民達は興味を持って後を付いて来てしまったのだ。

 気付いた時には既に遅く、彼が作り上げた具合の良い建物を人々は求めた。

 勿論それはただではない。彼等は難民になってはいるが、理性までは失ってはいなかった。


 良き生活には相応の対価が必要となる。

 彼等が捧げたのは労働時間と集めた物の一部だ。食料や資源等を渡し、それを見た彼が渋々ながらも受け入れたのである。本人の感性が比較的善良なものだったのも災いし、暫くもすれば数百人も生活する場所となった。

 そうなれば後は雪だるま式だ。新しい居住希望の人間が殺到し、最初期に住み着いた人間が判断を下す。彼と彩は全体の方針を決める立ち位置となり、各地で大きな拠点を求める武装組織と契約を交わすことも少なくはない。

 そして人々が増える以上、どうしても土地の確保は必要だ。

 彼にとってその気が無くとも、一度走ってしまった電車は急には止まれない。彩を兵器のように使う自身を嫌悪しながらも、彼は怪物討伐に彼女を派遣した。

 彩という名前は本来彼女のものだ。名付けたのは彼であるし、彼女自身は彼から与えられたというだけでその名前を特別視している。

 

 呼ばれるだけで感情が浮き立ち、命じられれば使命感に燃える。

 例えそれが戦闘という本来とは違う目的で運用されたとしても、彼女は喜んで自身の力を存分に振るった。

 他者の目など彼女には関係無い。彼女の目には最初から彼しか映っておらず、他の人間は全て喋るだけの案山子に見えている。

 一応は彼と同じ種族であるからこそ会話もしているが、彼女にとってはやはり彼と他は違うのだ。

 力を振るって成果を出せば彼は複雑な表情をしながらも喜んでくれる。その胸の内を理解している彼女も、彼を心配しつつ喜んだ。

 ある日、遂に彼女一人だけではカバー出来ない程に規模が膨れ上がってしまった。

 新しい存在を作れば解決することではあるものの、彼自身はそれを拒否。戦闘目的の為に彼女のような存在を作りたいとは思わず、それ故に徐々にではあるが怪物からの被害が発生し始めていた。 

 完璧を追い求めるのは悪いことではない。しかし、妥協を許さねば崩壊が待つばかりでもある。

 当時の彼の意見は半ば我儘とも言えるし、周囲の状況を鑑みてはいなかった。他からの意見を全て封殺したのは、彼の彩に対する愛情があってこそだろう。

 

「このままでは施設は維持出来ません。 彼に失望する人間が出始め、放置し過ぎれば統治も難しくなります。 ……ですから私は、その時初めて彼に意見しました」


 尽くすことだけが愛情ではない。 

 多数の人間模様を彼女は見てきたからこそ、狂気を飼い慣らすことが出来ていた。暴走せず、極めて安定した状態で感情を学んだからこそ愛とは尽くすだけではないと理解したのだ。

 故に時として愛する人物の意見に反することもある。彩が彼と夕飯を食べていた時、彼女は勇気を振り絞ってそれを願った。

 己のことを大事にしてくれるのは有難い。しかし、このままでは過去の状態に退行するだけだ。

 いや、退行するだけならばまだマシである。様々な人間が彼と関係を結び、今もこの施設群を利用している。

 無くなる要因が彼にあれば責め立てるのは避けられない。その騒ぎに最終的に武器が持ち出されれば、小規模な戦争状態となるだろう。

 引き際を間違えたのだ。最早彼は自由に選択出来る立場には無く、残された僅かな選択の中から妥協と共に選ぶしかない。

 彼は彼女の意見を聞き、それでもなお必死に新たに作る道を閉ざそうと必死だった。

 戦闘機械であってはいけない。仮に作るにしても、それは愛すべき隣人であるべきだ。その意見は彼女にも納得出来るもので、互いの意見の激突は毎夜続いた。

 

「結果的に言えば、彼は新しく作ることを認めました。 ただし、新しく作られた者達には人格がありません。 操作も私が行いますので、言ってしまえば私の分身としてボディだけが作られたのです」


 彼等は共に相手を尊重していた。

 だからこそ妥協点を模索し、それで落ち着いたのである。――――だが、それが新しい闘争を呼び込んでしまった。

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