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人形狂想曲  作者: オーメル


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第二百七十一話 別の貴方

 思えば、別の彩という存在と話をするのは初めてだ。

 これまでの間に別の彩を知ることはあっても、実際に会話を重ねることはないだろうとあまり意識をしていなかった。

 そもそも、一度終わった関係だ。会えると考えること自体が本来有り得ないことである。だから、例え文面だけであっても別の彼女を知れるのは少しだけ嬉しかった。

 

「尋ねても構わないか」


 ――構わないよ。貴方の質問なら何でも答えるわ。

 

「なら、君の知る俺はどんな奴だった」


 只野信次。

 その名前に然程重要な意味は込められていない。親からもどのような意味でもって与えられたのかを聞いたことは無いし、生涯に渡って判明することも無いだろう。

 そんな男がどうして彼女と繋がれたのか。どうやって、また再度と思わせたのか。

 システムの一部を無断で使えるというのならば、恐らく彼女の別空間での権限は高い。或いは彼女が最も高い可能性もある。

 此処で一番高いとなれば、必然的にかなり前の彩であるのは間違いない。であれば、当時の情報について多くを知ることが出来るだろう。

 明るい未来はそこには無い。聞きたい情報ではあるが、どうしてもこの話題は暗くなってしまう。

 本当は話題にすべきではないのだろう。ただ純粋にこの出会いを喜び、話に華を咲かせるべきなのかもしれない。

 ――それでも俺は過去の俺を知りたかった。きっとその時の俺は、今とは違う出会いを果たしただろう。

 

 彩がそっと力を発動する。自身の内に残っていた資材を動かし、一つの塊を形成した。

 出来上がったのは黒い彩。あの戦いの最中で出てきた人形の内の一体であり、しかし瞳を開いた彼女は此方に向かって柔らかな微笑を漏らす。

 柔和な様は彩と似ていて、何処か違う。

 紛れも無くそこには誰かの人格が宿っていて、『彩』がそこに移っているのだろう。

 四肢を確認しつつ、暫く室内を歩き回る。最後に目にも止まらぬ速さで壁を粉砕しない程度に走り、俺の膝の上に頭を乗せて身体を横にしていた。

 俺の頬を強引に掴み、どうしたと尋ねる前に彼女の唇と俺の唇が合わさる。

 あまりにも唐突だったので反応に遅れたが、間違いなく彼女に接吻されてしまった。


「おい、『私』」


「解ってたことでしょ? 私を外に出せばこうなるって」


「せめて了解を得てからにしろ。 いきなりは迷惑だ」


「……ま、私も少しテンションが高いの。 許してよ」


 全体的に全て黒い彩は、接吻を終えた直後に此方に向かい合う形で座り直した。

 同じ形で作ったにしては彼女達の放つ雰囲気は違う。彩は硬いが、『彩』は柔らかい。これが年長者としての余裕か、あるいは生来の気質からなのか。

 表に出す方法は無いと彩は語っていたが、それはきっと普通の方法ではということだろう。

 確かに、別空間に接続する機械は存在しない。例えあったとしても、彼女達の居る空間に繋がるとは限らない。

 出すには超常の手段を用いる他無く、こうして負担の強いやり方を使ったのだ。彼女なりに気を利かせて。

 感謝の言葉を彩に送る。その言葉一つで簡単に彼女の怒りは露散し、嬉しさを前面に押し出した笑顔を見せてくれる。最早どっちが本音なのかも解らぬ感情の変化であるが、どちらも彼女の本音だ。

 

「時間は然程与えないぞ。 永続的に出しては問題に繋がるからな」


「解ってる。 説明をするだけしたら直ぐに引っ込むわ。 でも今は、ね?」


「……存外甘えん坊だったりするのか?」


 黒い彩の蕩ける笑みは、今の彩には出せない。

 子供のような笑顔を浮かべられるということは、きっと本当のボディは大分幼かったに違いない。それがどうして今の彩のボディに繋がったのかは解らないが、まぁそんなことはどうでも良い話だ。

 甘えん坊と評した通り、彼女は彩が静止させねばずっと抱き着いたままだったろう。

 一度も彩に視線を向けず、彼女はずっと俺だけを見ている。無くしてしまった宝物を見るかの如く、その蕩ける笑みの中には確かな悲壮も混在していた。

 最早二度と、彼女を知る俺と出会うことは無い。俺は何度も繰り返している訳ではないのだから。

 すまないと口にするのは簡単だ。だが、そんなことを口にしては彼女に迷惑を掛けるだけ。自分勝手な謝罪を送るよりは情報は情報として聞くべきだろう。

 

「さて、それじゃあ私の時の話をしようか。 第一回目の『私』の話を」


「君が始まりだったのか……」


「そう。 初めて貴方と出会い、初めて敗北し、その刹那に記憶を保存しておく空間を作った女は私。 ある意味、原初の記憶ということになるね」


 原初の記憶。

 それはつまり、彩の根底だ。底に沈んでいる彼女達の全てがそこに集約され、存在している。

 彼女はゆっくりと話し始める。己が生まれた瞬間と、当時の人々の暮らしや戦いぶりを。戦争体験者が当時を振り返るように、ビール缶を掴んで軽く揺らした。

 時代はデウスがまだ誕生していなかった頃。人々が絶望に明け暮れ、明日を生きる活力が底をつきそうな時分。

 物資の奪い合い、ライフラインの完全崩壊、国家の崩壊。三つの大きな出来事が同時に発生し、人々の生活は一瞬の後に退行することとなった。

 足掻くのは軍だけだったが、その軍とて専用装備も存在しない状況では勝ち目など存在しない。

 出撃した兵士の数だけ死んでいき、その当時の出撃や防衛は死ねと言われているようなものだった。人々は己の家族と一瞬でも長く居たいと軍に訴えたが、その全てを軍は強引にシャットダウン。

 今此処で抗う戦力が無くなってしまえば、本当に日本という国が終わりかねなかったのである。

 

「年がら年中デモの嵐。 ボロボロの衣服を纏った人間が列を成して、ゾンビの集団の如く軍施設前に陣取っているのよ。 そんなことをしたって何の意味も無いのにね」


 意味など無い。

 しかしそれでも、何もしないという選択が出来なかったのだろう。遠からず終わるのであれば、己の心に正直でありたいと思うのは人間であれば当然の話だ。

 そのまま更に事態は悪化していき、最終的に東京以外の全てが陥落した。

 そう、陥落だ。俺の知らぬ歴史では、東京以外の全てが終わってしまっていたのである。日本の人口も一割以下にまで減少し、世界の死者数も日夜最高記録になっていく。

 最早誰も生き残れない。自殺者も続出し、負のスパイラルは勢いを増すばかり。

 開発局は無能無能と蔑まれ、最悪の場合発砲事件によって博士が死ぬこともあった。どうすれば良い、どうすれば良い――どうすればこの現状を乗り越えることが出来るのだ。

 

「軍も内閣も最早機能はしていなかった。 当時の人々に出来るのは、部屋の隅で震えながら祈りを捧げることでしょうね」


「最後まで戦う人間は居なかったのか?」


「勿論居たわ。 でも、そんな人間が活躍する未来なんてある訳がない。 我武者羅に出撃して、呆気無く死亡だよ。 ……でもね」


 たった一人、本当の意味で足掻いた人間が居た。

 それは一人の科学者だった。それは一人の男だった。それは自身を平凡だと自称する男だった。

 誰も目を向けない技術に精を出し、誰からも馬鹿にされながら少ない予算で研究を重ねていた男だった。言ってしまえば極潰しも同然で、彼の予算申請が僅かにせよ通っていたのは軍の高官が興味を持っていたからだ。

 彼が所属していた研究所は最後、機能していたのは僅かなものだった。小さな自家発電施設によって一部のみが稼働し、殆どの研究者が居ない建物の中で最後まで研究を重ねていたのだ。

 彼が造っていたのは人型生体兵器。あらゆる艱難辛苦を跳ね除ける、希望の女神。

 周囲に落ちていた怪物達の欠片すら使用して完成されたその兵器を、しかし男は戦闘を目的として求めていた訳ではなかった。

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