第二十七話 死の街
これにて証明された。デウスは最強である。
確信と共に、俺は彩に守られながら走る。誰よりも遅くなっている事実に申し訳なさを抱きつつも、喋る余裕も早々に失いながら爆音鳴り響く世界からの脱出を急いでいた。
前方で縦横無尽の活躍をするのはワシズとシミズ。鬼が棍棒を振り回すように周辺の傭兵に向かって巨大な瓦礫を投げ付け、僅かに離れている相手には正確無比の弾を放っている。
取り逃した者が出た場合は彩がカバーする形で進み、此方に害を与えない限りは傭兵が負傷した状態で見逃していた。単純にそちらに構う余裕が無いからこそ、負傷しただけの者は生きられたと言えるだろう。
俺という荷物など最初から気にしていないかの如く、彩は自然に傍に居てくれている。その安心感は絶大で、だからこそこれ以上の迷惑は掛けられない。
回らなくなってきた頭を無理矢理稼働させて携帯端末を見る。表示されるルートは一先ず順守されているものの、自分の居る場所は何処かの一軒家の中だ。
ワシズとシミズが速度を優先して一直線に道を作っているからこそこうなっているが、今居る場所にも確かに誰かが住んでいた筈だ。その家を破壊することは、即ち帰る場所を失うということになる。
他人の事を考える余裕など無いと解っているが、それでもこうなった原因が原因だ。謝罪せねばならないし、弁償もしなければならない。
しかしそれをする資金は残念ながら無いし、今後も出てくるとも思えないのが現実だ。
精々この傭兵達からpeaceにまで辿り着き、彼等が請求することでしか家の再建は出来ない。そもそもそこまでの金をpeaceが出すとは考えられないが。
やるとしたら他所に責任を擦り付けるくらいだろう。少なくとも、まともな対応は期待出来ない。
「もう間もなく街から出ます。突破と同時に傍に森林地帯がありますので、そちらに飛び込んで隠れます」
「追ってくると思うか?」
「十中八九……とは言えませんね。時間を掛け過ぎましたので、恐らく付近にまで軍が来ている可能性もあるかと」
「此方が逃げ込んだ後に衝突の可能性もある……いや突破前に衝突の可能性もあるか」
確かに既にどれだけの時間が経過しているか解らない。携帯端末はマップを常に表示させているので時計機能は見えず、何分だろうが何十分だろうが経過していたとしても不思議ではない。
軍の最速到達時間がどれだけかは不明だ。だが近くの基地一つだけでは完全停止は行えないだろう。
他の基地からも応援を呼んだとして、最短でも数時間はかかる筈だ。だからその前に街を突破し、そのまま彩の言う森林地帯にまで進む必要がある。
先程は追ってくるかもしれないと言ったが、傭兵側の被害も大分酷い。此方がしたこととはいえ、周辺に飛び散っている血の量が尋常ではない。
虐殺の名に相応しく、恐らくは最初の爆発で死んだ者の血も含まれているだろう。
今此処は死の街も同然だ。再建も難しく、いっそ捨てた方が楽まである。
勿論此処を治めている者からすれば大惨事だ。路頭に迷うのは確定で、この後の生活も良くはならないのは確かだ。
どれだけ人類の文明や文化を破壊されようとも、信用問題は破壊されない。二、三年で再度世界中に展開されたネット網のお蔭で情報の拡散も以前と同様に高速だ。
街を治めている市長は信用問題を解決するために何が何でも再建させなければならない。
これからの事を思うと本当に同情ものだ。俺だったらストレスで胃が溶けていただろう。
僅かに市長に向かって同情の念を飛ばしていた俺は、しかし今までとは違う種類の轟音に念を止めて顔を動かす。
瞳に映るのはこれまでとは明らかに規模の段違いな破壊痕。瓦礫を投げ付けて穴を開けた程度ではなく、建物一つが丸々無くなったような崩壊具合だ。
恐らくは元々大きな商業施設だったのだろうが、今ではその七割が瓦礫の山と化している。衝撃が広がって直接当たった場所以外の部分も壊れたのだろう。脇に僅かに見える衣服の群れは、今やただの布切れも同然となった。
しかしそのお蔭で更に道は出来た。そこを埋めるには立ち塞がる二人のデウスが強過ぎてしまい、傭兵達は一歩を踏み出す事も不可能だ。それ以前に、これだけの事を平気で成し遂げる彼女達に畏怖を感じているのが殆どだろう。
彼女達が邪魔モノを排除する事と目的を達成する事を最優先にしているのは解るが、これ程の破壊にまで踏み切るとは想定外だ。
彩も流石に予想外だったのだろう。痛まない筈の頭を押さえる仕草からは苦労人の気配が漂っている。
これは後で説教かなと想像しつつ、そのまま開いた空間を駆け抜けていく。瓦礫だらけの場所は一歩間違えば転げてしまうも、躓く度に彩が支えてくれた。
遅いながらも駆け抜け、更に先に進む。最早街の外まで目と鼻の先であり、目視の範囲でもそれは確認出来た。
街から街までの間は今や廃墟群か大自然だ。この街の周囲は廃墟が目立ち、同時にコンクリートの間や五年前から植えられていたであろう木や草が無数に高く生えている。
最早この街もその廃墟の仲間入り間近であるが、それでも古いかそうでないかの差は歴然だ。
更にその奥に広がる緑豊かな場所。そこが俺達の一先ずの到着地点であり、相手の行動如何によって森からの更なる移動を行う。
「ワシズとシミズを戻してくれ。もう追ってくる奴も殆どいないし、俺を担いで移動した方が速いだろ」
「解りました。通信で直ぐに呼び戻します」
あれだけド派手に暴れたのだ。死んだ人数も多いし、迂闊に近づけない事で彩はもう銃を構える事はしなくなった。
心を折るだけの成果をあの二人は出したのだ。それは本来褒めるべきではないが、今この時点では褒めなければならないだろう。あの子達によって活路が出来た。それは生きたいと思った俺達にとって褒めるべきことだ。
生きる為に他者を殺す。それがこうして大きな出来事として俺の眼に入った。
昔から弱肉強食の言葉があったが、今程それを痛感しないことはないだろう。俺は確かに、今その強食の立場に居るのだ。
他のあらゆる存在を屠る力が集まって、こうして止めずに我を通した。ならば、それを無駄にしてはいけない。
生きて生きて、抹殺を企む者達から逃げる。そして出来れば、それを逆に潰す。
「集まりました」
「よっ……と。こっちも到着です」
「よし。じゃあ彩、頼む」
「解りました。可能な限り揺らさないように努めます。お前達は周辺を警戒しろ」
俺を背負った彩は二人に指示を下す。二人は彼女の口調の変化を気にしていない様子で、怯えもせずに敬礼した。
ワシズだけは何処かふざけた敬礼の仕方だったが、それだけ個性が出たということだ。ならそれを尊重すべきだと、何か言おうとした彩の肩を叩いて止めさせた。
どれだけふざけていても、俺達は彼女達の最初を知っている。知っているからこそ、半端な真似はしない事も解っている。
まだまだ互いに出会ってから一週間も経っていない。それでこれだけの変化をしてくれたのなら、今後の変化もかなり早いだろう。早過ぎて困惑してしまう部分もあるかもしれないが、そこも上手く受け止めて正しい方向に持っていくのが俺が拾った責任だ。
彩が飛び跳ねた衝撃を感じつつ、背後の街を見る。
燃え続けている箇所は全体の約六割。その内には俺達が行ったショッピングモールもあって、もうそこも壊れているのだろうと容易に想像させられた。
そして更に奥。俺達が数日前に歩いていたその方向に、灰色の点が無数に見える。
それが何であるかは姿が見えなくとも簡単に解った。解ったからこそ、急がねばならないとも感じた。
実に数日振りの軍。その規模は最初の時とはあまりに違い、迂闊な接触は止めろと脳内は警鐘をあげ続ける。――無論そのつもりだと、俺は風の音に誤魔化されないよう彩の耳元に口を持っていく。
「彩、遠くに軍が見えた。急げるか」
「んッ……は、はい。なら更に飛ばします」
その際、一瞬だけ彼女の口調がおかしくなっていた。
よろしければ評価お願いします。




