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人形狂想曲  作者: オーメル


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第二百六十八話 塵の末路

 残酷。無慈悲。凄惨。

 言葉をどれだけ並べようとも、実際に現場を見ると言葉が出ない。

 血肉が大地を濡らし、内臓を啄む烏が空を飛び、臭いは全て鉄のもの。噎せ返るような死臭を実際に嗅いでしまうと嘔吐してしまいそうになるが、眉を顰めるだけに留める。

 ヘリによって此処まで移動したものの、既に戦闘らしい戦闘は無い。生きている人間は僅かであり、その全てが軍や俺達に捕まって連行中だ。恐らくは拷問も行われるだろうが、それについては状況によりけりである。

 現場を見れば見る程に無駄という二文字が浮かぶ。彼等の犠牲に意味は無く、彼等の努力は裏切られ、惨たらしい結末を迎える為の生贄となっただけだった。

 この戦いに何の意味があったのだろうか。彼等はデウスを道具として扱うことを是とし、それを正義に掲げて突き進むだけの愚者の塊であった。

 同じ戦場に居たとしたら不安しか覚えないだろう。不穏分子として彼等が決戦で反旗を翻せば、その時点で沖縄奪還が上手くいくとは考えられない。

 

「――信次さん」


 声に、視線を横に向ける。

 ヘリの操縦者として同行していた彩は俺の隣に立ち、同じ様に人間だった物体を眺めていた。彼女のその目には何の感情も存在せず、言ってしまえば興味の無い物を見る目だ。

 とてもではないが本能に支配されていない。人間に対する庇護の心は彼女には無く、無慈悲に蹂躙した側であった彼女を人間の味方であると思える人間は果たして何人居るだろう。

 偶然俺が彼女を助けたからこそ人間の味方となっただけで、それが無ければ彼女は人間すらも恨んでいた。

 その結果としてデウス蜂起の旗頭にでもなれば、今よりも速く人類は絶滅する。これは予測でも何でもなく、ただの事実だ。

 彼女にとっては今回の件はループの一つに過ぎない。例え記憶を消されていたとしても、記録として情報が残っていればデウスはそれを記憶の代替品として補完することが出来る。

 感情を抱くかどうかは別問題であるが、兎に角彼女にとってこの光景は嘗て何処かで見たものなのだ。

 

「何か思う所はあるか。 俺は人間を虐殺した側だ」


「特にはありません。 彼等はこのまま生きていたとしても迷惑を掛けるだけの屑でしたでしょうし、寧ろ今回の一件は不穏分子の殲滅という意味では良いものとなりました」


「人類の味方とは思えない言葉だな」


「……私は貴方の味方であって、人類の味方ではありませんよ」


 半ば皮肉めいた言葉を吐いてしまったが、彼女はそれに対して微笑みを落とすだけ。

 これも一種の掛け合いのようなものだ。或いは互いの信頼関係を再確認する行為なのかもしれない。数年前であれば絶対に訪れなかっただろう今に、思わず俺も胸の内に暖かいものが広がった。

 軍は既に片付けに動いている。範囲が広いとは言えないものの、逃げたことによって何処に死体が居るのかも解らない。

 予想外の場所に死体と装備が残り、普通の人々に回収されてしまう可能性もある。それを避ける為にも時間を掛けて清掃しなければならなかった。

 だが、俺達の近くには誰も寄らない。普段の家族以外の街のデウス達は早々に帰還させ、既に警戒態勢を解かせている。

 詳細な情報については後々全体に流されるだろう。住民達からは軍の必要性についてあらゆる意見が飛んでくるだろうが、それについては此方も責め立てるつもりである。

 

「さて……どう軍に聞こうかな」


「そのままお伝えすればよろしいのでは? 何故お前達はこの程度のテロリストの存在に気付かないのかと」


「そうしたいのは山々だが、まだ協力関係だ。 あちらを無駄に怒らせる訳にはいかない」


「……ッチ、あの無能共が」


 彩が俺の前で露骨に毒を吐くのはよくあることだが、口調すら乱すのは存外珍しい。

 それだけ不満も溜まっているのだろうか。少し前に発散はさせたと思うのだが、彼女の怒りはかなり早く溜まってしまう。これを取り除くには元凶である軍の排除が必要だが、かといってそれをするには条件が揃わない。

 軍よりも強い力を持ち、組織内が健全であり、安定して国を護り通せる。その全てを満たせなければ軍の必要性の是非について問うのは絶対にやってはいけない。

 もしもその話をすれば、相手は間違いなく此方が軍を潰そうとしていると勘違いするだろう。

 俺も軍は嫌いではあるが、潰す訳にはいかないとも理解している。国の全てを守るには軍の力は依然として必要で、それについては彩も解っている筈だ。

 

「信次さーん! 報告に来たよー!!」


 遠くから駆けて来るのはワシズ。

 彼女は近くの死体を器用に避けながら走り、此方の目の前までやって来る。その顔は戦場では出てこない満面の笑みであり、何か良い情報を入手したのだと此方にも教えてくれる。

 他の家族には戦闘後、周辺の偵察をお願いしていた。百体程居た黒い彩達は既に姿を消し、その場には何も残っていない。これは普段の彩が作った物であれば有り得ないのだが、理由を聞いて納得した。

 曰く、あれは一時的にか存在を維持することが出来ない。如何に法則を無視して彩に近付けたとしても普通のデウスの身体に超越者としての機能を持たせれば崩壊してしまう。

 超越者は世界に一人。如何に常識を無視した力を振るおうとも、その部分だけは絶対に回避出来ない。

 故に、維持を解けば崩壊してしまう。それが今回の消失に繋がった訳だ。

 何時までも維持するのは彩であっても難しく、あれを展開している間は作れる物に制限が掛かる。破格の存在達ではあるものの、やはり何処かで対価は求められるのだ。


「聞くよ。 どうだった?」


「一先ずあちこち走り回ったけど、周囲に民間人は居なかったよ。 動物も居ないし、この死臭に釣られて怪物達も出てきてはいない。 軍は取り敢えず清掃作業に意識を集中しているみたいだね」


「そうか。 一先ずは安心だな」


 この騒ぎに連動して何かが動き出さないとも限らない。

 狭くもない範囲に死臭は広がっている。それが空に広がり、離れた地点に居るであろう怪物達が刺激されないとは限らないのだ。

 もしもそれが現実のものとなってしまった場合、テロリスト達の行動によって何処かの県が最悪消滅になりかねない。

 そして、そんな真似を許した軍に国民は刃を向けるだろう。その時は国家も助けてはくれず、軍はデウスを国に渡すしかない。

 当然ながら何割かは此方にも流れる。何せ他に任せられる組織が存在しない以上、俺達にも何割か渡すしかない。

 新しい組織を作るにしても時間が掛かる。受け入れる姿勢を作れなければ、彼等を受け入れたとしても多数の問題が発生するだけだ。

 そういった諸々の問題について考える必要が無い。そう考えるだけで少しだけ安堵した。

 現場を見て、知るべきは知った。であれば最早この場を気にする必要も無く、戻ることを告げて今居る全員でヘリに向かう。 

 シミズやX195にはワシズが通信を入れ、直ぐに姿を現した。


「街に戻ってからは直ぐに元帥殿と通話する」


「防音部屋は殆ど誰も使わないでしょうし大丈夫でしょう。 護衛については我等が着きます」


「頼む。 こればっかりは春日達に聞かせる訳にもいかない」


 街に戻ったら今後の俺達と軍について話し合いが待っている。

 テレビ通話となるが、軍の高官も勢揃いだ。内部の会話は全て極秘となり、外に漏らすことは許されない。俺も街の代表として秘密を遵守しなければならないが、秘密であるからこそ話せることもある。

 関係を改めるには丁度良い席だ。頭の中にある無数の言葉を纏める為、ヘリの上昇を肌で感じながら目を閉じた。

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