第二百六十七話 百手百頭
彩の持つ能力の内、誉の英雄と呼ばれるものは非常に強力なものだ。
過去の己が作り上げた唯一無二の創造物を材料がある限り瞬時に生みだし、圧倒的火力で対象を滅ぼす。本来ならば異なる法則を用いているが故に処理に時間が掛かる筈だったが、内側に居る『彩』が別空間にて処理をしているお蔭で発生までのタイムラグをほぼ零にまで落としている。
此度創造したのは無数の兵士。己と同一とは言わないまでも、限りなく近い個体を無数に生み出す。
意志は無く、思考も完全に彩頼み。完全な人形という形で出現する彩と同じ風貌の少女は、無機質な眼差しで逃げる兵士達を一瞥していた。
手に持つは彩と同質の黒い銃。少女達の纏っている衣服も黒が多く、肌も褐色そのもの。
色が違う彩の出現にワシズは驚き、普段は冷静沈着なシミズも目を見開いた。確かに事前に話には聞いていたが、それでも出来る範囲があまりにも広い。
十分なリソースと目的があれば、島ですらも彼女は作り上げてしまうのではないだろうか。
そう思わせる程に、彩の作り上げた人形は数が多かった。そして、彼女達の出現と同時に近くの廃墟群が軒並み消えていることに気付く。
人形が一体増える毎に廃墟の一部は欠けていき、最終的には姿そのものが消えている。
間違いなく廃墟群を素材としているのは明白。本来ならば廃墟の素材を使ったところでデウスを構築するなど不可能である筈だが、彩にはそのルールが適応されない。
誉の英雄――――第114。
「Dolls.Family」
人形の家族。
単体の存在が群体として活動する為に作り上げた操作型の疑似超越デウス。
彩本人から新しく生み出すことも、人形達から生み出すことが可能となる正に攻防一体の戦力だ。その強さは沖縄奪還を想定したものであり、つまるところ並の相手では話にもならない。
ましてや相手が人間だなどと、あまりにも過剰が過ぎるもの。百人の人形が一斉に攻撃を開始し、逃げる兵士達の四肢を即座に撃ち抜いていく。
一発一発の殺傷力は極めて高い。多少外れた程度でも肉を引き千切るには十分であり、現に彩も含めて全員が僅かに照準を外して撃っている。
百人の人形が追加されたことにより、単純に百の目が追加された。その処理を全て行えば彩は機能停止に追いやられるものの、彼女は目標の発見と兵士達の無力化のみを命じて後は放置している。
自身の意思が存在しなければ命令無視をすることも無い。最初から戦闘にのみ特化させた人形だからこそ、非常に使い勝手の良い兵器として活躍している。
軍は反対に完全な殺傷だ。
追い掛けて追い掛けて、銃でもって同じ人類を殺し尽くしている。彼等にとって、今回のテロはただの迷惑行為だ。
共存を阻害し、果てに人類を別の地獄に叩き落そうとしている。今のままテロを許せば国民は混乱し、正常な思考を維持することなど不可能だろう。
仮に彼等のテロが成功したとして、デウスを道具扱いした時点で敗北は必定。愛も友情も無いままに出撃させ、鉄の骸を山のように築き上げるだけだ。
勝てるビジョンなどありはしない。故に軍にとってテロを起こした人間は人間に非ず。
総じて愚者にも劣る畜生であり、生きているだけで迷惑を与える。――だからさっさと全員死んでしまえ。
戦場に流れる莫大な殺意と憎悪。激しい炎のような勢いによって軍は進撃を続け、無慈悲に全てを破壊する。相手方に救いなど最初から存在せず、只野達側でもただの兵士に興味は無かった。
暫くの間攻撃が続き、一体の人形が彩の記憶領域にアクセスする。
『見つけたよ。 右後方に五百m』
『軍とも近いな。 数体を突撃させろ』
『了解。 自殺されるのも面倒だし、こっちで勝手に作るわね』
彩は首肯で答え、直後数体の人形が走り出す。
突然の行動に只野側は全員が意識をそちらに持っていき、同時にワシズ達は戦場に不釣り合いな小太りの男を発見する。
事前に軍から提供された画像と照らし合わせると、適合率は約九十五%。間違いなく根津少将本人であり、彼の周りには怪我をしながら護衛をしている部隊が存在していた。
他と同じ迷彩柄の服を纏ったその姿は、正に木を隠すならといったものである。捕捉されれば見逃さないであろうが、捕捉していない状態では発見するのは難しい。
少なくとも人間の目では捕捉は不可能だ。機械に頼らねば発見出来ず、このまま彼等を殺してしまっていただろう。
黒い人形が根津少将達の元へと向かう。
その姿を直ぐに見つけた部隊長と思わしき男が必死に声を荒らげて反撃に移るが、彼等の使っている装備は他の兵士と一切変わりがない。
精々がオプションパーツの差くらいなもので、根本的な解決をしていないのだ。
どれだけ弾を吐き出したとしてもデウスの装甲を貫通出来ず、上手くいったとしても一部が凹む程度。死ぬことについて何ら躊躇の存在しない人形相手では無意味である。
「くっそ、何で同じ面をしてるんだよ……!」
「知らねぇよ!! どうせ複製品を作ってきただけだろうよ! 首を交換するだけで十分だからなッ」
悪態を吐く男二人の前に、ついに人形が到着する。
彼等はその姿に頬を痙攣させるも、流石は職業軍人。咄嗟にECMを投げて一時的な麻痺を狙うが、人形にその手の小細工は通用しない。
人形達にとって、目の前の人間はただの障害だ。早急に排除し、背後で涙を流している男を捕獲せねばならない。
その為にもと『彩』は軽く指を振るい、銃口を二人の男に向けた。完全な至近距離で放たれれば彼等が生き残れる筈も無く、かといって今から避けることも不可能である。
男二人を助ける為に別の隊員達がアサルトライフルの引き金を押す。
強烈なマズルフラッシュが人形の視界に映り込み、それと同時に大量の弾丸が装甲に突き刺さる。――だが、至近距離で放たれた攻撃も人形には効かない。
撃たれながら引き金を押し込み、一気に暴虐の限りを尽くす。
一発でも人体を粉砕する威力を誇っているというのに、フルバーストで肉片すらも残さない容赦の無さだ。どんな装甲も意味が無く、最終的には根津少将を残して全員があの世に旅立った。
『目標発見。 これより回収する』
「待て! 止めろ!!」
根津少将の必死の声を無視し、『彩』はなるべく手加減をして拳で顔面を殴り飛ばす。
どれだけ手加減をしていたとしてもデウスの一撃だ。前歯は折れ、鼻の骨も砕けて血も流れ落ちる。目はあらぬ方向へと動き、脳にもダメージが発生したことだろう。
無様に気絶した身体を持ち上げ、そのまま逃げている兵士を無視して元の位置にまで人形は駆ける。
これで遠慮をする必要は無くなった。彩も『彩』から状況を聞き、只野に報告を入れる。
「信次さん。 対象の確保が完了しました」
『お疲れ様。 それじゃあ後は全員で殲滅してくれ』
「方法については?」
『派手になり過ぎなければ何でも構わないさ。 その辺の手加減は出来るだろ?』
只野の確認に彩は勿論と口元を緩ませながら答える。
共に信頼し、長く確認を取る必要が無い。正しく絆が見せるやり取りであり、そんな真似が出来る事実に彩は珍しく自画自賛を胸の中で呟いた。
他の彩は失敗しても、私は失敗しない。
敗北者達は積極的に言葉を挟んではこない。現在の彩の意志を尊重し、邪魔立てしないと断言しているからだ。
あらゆる難事を失敗するものか。私の私のまま、輝かしい勝利を掴んでみせる。
改めて誓いを胸に抱き、全人形とワシズ達に命令を下す。言葉は一つ――――塵殺だ。




