第二百六十六話 DOLLS
全員が配置に付くまで、約十二時間程経過した。
その間に敵は移動を開始し、それに合わせて彩達にも指示を飛ばして背後を常に取るよう動いてもらっている。
基本的に命令時以外には通話は切っているが、状況が整いそうなだけに今は回線を開きっぱなしだ。ワシズやシミズ、X195とも通話を繋げたままなので俺の端末はそろそろ悲鳴を上げそうになっている。
頑丈性を売りにしているだけあって、それ以外については弱い。基本的な機能は全てこなせるものの、現状よりも上位の機能を使おうとすれば自然と画面がカクついてしまう。
バッテリーの消耗も顕著だ。事前に充電器を差し込んでおかねば直ぐに電源が切れるだろう。
途中途中の元帥からの通話曰く、当初予定していた位置からは少し外れた場所に部隊を展開している。最初はなるべく東京から離れた位置で向かい撃つつもりだったが、想定よりも足止めからの復帰が早かった。
結果的に東京に近い位置で向かい撃つことになり、長距離用の撮影機材を持っていれば戦場が丸見えとなってしまう。
当然、戦場の音も東京に住んでいる人間は聞いてしまうだろう。必然的に騒ぎとなるだろうが、警察機構が既に行動を開始している。
交通整理や説明等は彼等が行い、後で軍が正式な発表をする手筈となっていた。
俺達の名前は出さず、敵の存在についてもテロリストと片付けるだけ。元軍人である事実を伏せ、彼等の存在を闇の中へと葬るつもりのようだ。戦闘が終わり次第家族達にも説明を行うようだが、果たして何人が納得してくれるのだろうか。
最悪の場合、軍であれば始末しかねない。流石にそこまで非人道的な手段を取ってほしくないが、実際死人に口なしであるのは事実である。
露見する不安に襲われるよりも始末した方が安心だ。鬼畜の思考ではあるものの、合理的ではあるだろう。
部隊の展開は既に終わっている。物陰に隠れた状態で敵が目標地点に現れるのを待つが、相手にはデウスが居る。
如何に隠れていようとも、彼等の目には誤魔化しがまるで聞かない。熱を止めない限り、彼等は絶対に補足されるのだ。
故に隠れているのは、一種の威嚇行為。このまま大人しくするのであればそれで良し、理想の為にと攻撃をするのであれば慈悲も掛けずに滅ぼすだけだ。
どちらが悪かについては今更論じるまでもない。こんな時期に離反して暴れようとする人間など百害あって一利なし。早々に切り離せるのであれば、誰だってさっさと捨ててしまいたいだろう。
沖縄奪還をなんだと考えているのか。遊びのように思っているのであれば、そんな奴と共闘するなど御免だ。
『目標が軍に気付きました。 臨戦態勢を取り始めています』
「解った。 彩達は何時でも後方に下がった連中を撃てるようにしておいてくれ」
『了解』
展開は終えた。
デウス達は前衛として一応の盾も持っているが、相手の武器ではあまり傷を付けられることはない。
とはいえ、それで慢心して前に進み続けるのは論外だ。前衛は前衛らしく耐えることを求められるが、相手もデウスに通用する武器を一応は持っている。
そちらを優先的に狙うのは当たり前であり、先にそちらを潰さない限りは絶対の安寧は訪れない。
彩の視界から軍が動く姿を見る。無数のデウスが一斉に人間達の前に立つ様は一昔前のアンドロイドの反逆を思い起こさせるも、彼等は人類の為に行動している。
対して無理矢理敵側に属しているデウス達には敵対する理由が存在しない。その所為で狙いはしても甘く、俺の目から見ても前衛に向かっている彼等はやる気が欠けていた。
そのまま激突したとしても、彼等は負ける。その事実を理解してしまうのは残酷ではあり、その所為で哀れみすらも浮かんでしまう。
彼等とて敵側に居たい訳ではない。操作されてしまっているからこそ、前衛に向かって無茶な突撃をしているだけだ。
出来れば取り付けられた制御装置を外してやりたい。だが、戦場でそれをするには悠長が過ぎる。
では救う手立てが存在しないかと問われれば、答えは否だ。
非常に精度の高い攻撃が必要ではあるものの、四肢を撃ち抜けば基本的にデウスは行動が不可能となる。人間を基準に作られているからこそ、動かす為の手段を喪失すれば制御装置があっても意味が無い。
撃ち合いに発展し、瞬く間に敵側のデウスの数が減っていく。撃ち落されるデウスにフォーカスを当ててもらったが、やはり的確にコア部分を撃ち抜いている。
記憶データは総じて送られていないので、もしも復活させたとしてもテロに加担していた記憶は喪失しているだろう。
その方が救いだ。自分が人類に牙を剥いたと知れば、己の存在理由に罅が走りかねない。
四肢の喪失による回収よりも、記憶データの喪失の方が彼等の救いになると軍は考えたのだ。単純に弾薬の節約も考えただろうが、最終的に彼等の救いになれれば何でも構わない。
空を飛ぶデウス達が陸を走るデウスを次々に撃ち抜いていく。同時に陸のデウスが空のデウスを撃ち落していく姿も見受けられるも、落ちている理由は飛行ユニットが破損したからだ。
落ちながらの攻撃もデウスであれば僅かに精度を落とすだけに留まる。敵の兵士達を殺しながら着陸し、彼等が盾として頑張っている間に軍も後方から砲撃を開始した。
彩達の居る地点でも視界全てを覆う程の弾の群れ。
それが地面に到達した瞬間に轟音が響き、兵士達の悉くを粉砕した。人だった物はパーツ単位で分解し、仮に生きていたとしても欠損した肉体のままでは遠からず死ぬだろう。
兵士達の叫び声に合わせて敵側のデウスが大慌てで反撃に向かうものの、そもそもの数が違う。一発の攻撃に百や二百で返されるようでは反撃しても意味が無い。
それでもデウスは命令されたが如く無駄な攻撃を繰り返し、俺達によってコアごとその肉体を消失させた。
彼等は悪くないが、単純に運が悪かった。哀悼の意を送りつつ、悲鳴の大合唱を聞いた比較的後ろの兵士達は恐怖に逃げ始める。
方向は軍が居る場所とは正反対。――――つまりは、彩達が居る場所である。
続々と逃げる兵士達を視界に収め、彩達は早速武器を取り出す。数が多くなれば広範囲を攻撃するであろうが、少なくとも現段階では兵士の数が少ないので頭部を撃ち抜くだけだ。
「想像よりも多い……」
攻撃し、攻撃し、しかし逃げる兵はかなり多い。
各々が味方の兵を盾にして逃げ、盾にされた方はただの肉塊に成り下がる。無慈悲な攻撃の数々は容易く敵の心を折り、呆気無くも敗走に意識を向けさせた。
想定外だったのは、敗走する人数だ。予定であればもう少し粘るものかと考えていたのだが、実際は直ぐに逃げ出して陣の崩壊を招いている。
敵指揮官が居るであろう車両は既に動きを停止していた。運転手が逃げたか、或いは何等かの衝撃によって死んだか、どちらにせよ車両内には指揮官は居ないだろう。
出来れば捕獲したいと思っていただけに、意識とは別に舌打ちをしてしまう。
敗走している者達の群れに紛れ込めば諸共に殺しかねない。軍はそんなことなどお構いなしに撃ち続けているが、情報が欲しくないというのか。
こんな簡単に瓦解するのであれば、そもそも今回のような騒ぎは起きない。何処かでボロが出て、軍によって粛正されていた筈だ。
他の者がこの事態を招いた。それを見つけ出さねば第二第三のテロが行われかねない。
「命令を一部変更。 敵指揮官を発見するまで殺傷は控えろ。 狙うのは四肢に限定してくれ」
『……人数を足す必要があります。 追加しても構いませんか?』
「良いぞ。 出せるならどんどん出してくれ」
――誉の英雄。起動。




