第二百六十四話 不協和音
『突然の事態、誠に申し訳ない』
俺達が準備を整え出撃した後、軍から合流の知らせが送られた。
とはいえ、指示を出す人間はそこには居ない。居るのは兵士やデウスのみであり、指揮官役は本部で指示を出している。
余っているモニターに声を出力させると、よく知る人物の声が入った。会ったのは一度きりではあるものの、その出会いは酷く印象的だ。
日本軍元帥・郷島邦人。XMB333の実質的な上司であり、軍の行動を決める存在だ。
彼から直接連絡が入るとは思わなかったが、今回の事を思えばある程度予測は立てられる。内部からの離反者が出た程度であれば、まだ組織内で処理することは可能だ。
だが、相手の目的は俺達の街を占領すること。デウスが欲しいのか、それとも街の物資が欲しいのかは別であるが、兎にも角にも此方に迷惑が掛かることは間違いない。
俺達と軍の関係は協力的なものだが、これでその関係も揺らぐことになる。軍としては沖縄が控えている以上、突然裏切られては困ると元帥が直接謝罪に出向いたのだろう。
「いえ、これは誰も予想出来なかった事態です。 謝罪を受けるよりも今は先ず今後の事を決めましょう」
『そう言ってくれると助かる。 では早速、互いの戦力情報を伝達したい』
「解りました。 口頭で説明します」
だが、それは俺達にとって無駄だ。
謝罪をするだけで何もかもが解決する段階は当に過ぎた。最早戦闘をする以外の選択肢は無く、であれば互いの情報を詳細に知っておいた方が建設的である。
向こうも俺の意見に賛同し、早速情報を口頭で説明した。一気に大量の情報が流れ込んでくるので大変だが、忘れないように必死にスペックの低い頭に叩き込んでいく。
軍が参加する戦力は約三千。内、人間は二千五百にデウスは五百と非常に偏りを見せている。
デウス側の装備は既に最新の物に変わり、人間側は戦車などを駆使してなるべく被害をもらわない形を取っていた。狙撃銃や迫撃砲などを優先的に採用しているあたり、人間は全員後衛を務めるようだ。
この点は此方も変わらない。俺達も防衛には人間を使い、前衛にはデウスのみを採用している。下手に人間を混ぜてしまっては彼等は全力を出せず、低い状態で戦闘を余儀なくされてしまう。
今回は対怪物ではない。故にデウスの本能が刺激される恐れがあり、それを拭うには本人の意志を強くする他無い。
「此方のデウスは大丈夫です。 街の人間を守る意識はそちらよりも遥かに高い」
『逆に此方は少々不安だな。 怪物共との戦いばかりをしているデウスも居る。 本能を刺激されて戦闘を停止するようであれば、最悪下げねばならないだろう』
「であれば、そちらの壁役の一部を此方が担います。 最短最速で勝負を決めれば、負担は少なくて済みます」
『短期決戦。 今後の事を思えば、やはりそれが一番だな』
俺も元帥も、考えている事の殆どは一緒だ。
安全性を考えて保守的な行動を取るのは間違いである。攻撃が最大の防御であるという理論を今回は使い、なるべく最短で敵を殲滅するのが勝利への道だと言えるだろう。
敵が蜂起した位置は北部。県で言えば新潟であり、その地点から此方の街に一直線に進んでいた。
現在は東京の間近まで進み、このままでは首都にもダメージが及ぶだろう。彼等の主義と現在の軍の主義が違う限り、何処を攻めたとしても敵にとってはプラスとなる。
最終的に民意を動かせれば良いのだ。彼等こそが正しいと世が認めれば、この戦いは負けである。
故に、そう思わせる前に殺し切るのが今回の戦い方だ。なるべく多くの火力を用いて、一気に対象を潰し尽くす。
当然ながら生き残りは居るだろう。
一掃目的で攻撃したとしても、人間の生命力は存外高い。もしもの可能性を加味して、戦闘の気配が消えたとしても捜索活動を進めるつもりである。
この戦いに負けは無い。それは確かだが、相手の目的が未だ完全に判明してはいない。無謀な突撃が生む結果がどうなるのかについて、俺達は警戒せねばならなかった。
話し合いを進め、各々の位置取りや攻撃タイミング等も決めていく。軍の後衛が持つ火力を基本とするが、デウス達で削れる部分は積極的に削っていくつもりだ。
特に俺達側はデウスしかいない以上、結果を残すにはデウス達が動かねばならない。
そして、デウス達には高速で移動する術を持っている。それを用いて包囲網を構築すれば、例え相手が逃げたとしても関係は一切無い。
「包囲網を構築するとしたならば、相手が逃げる方向にデウスを配置した方が良いでしょう。 その役目は此方が担いますので、軍はなるべくこれ以上の南下を阻止してください」
『回せるだけの余裕はあるのか? そちらのデウスは確かに多いが、それでも軍程ではない。 薄い層では万が一突破される可能性もある』
「解っています。 ――――ですので、そろそろ彼女達の我慢を解いてあげようかと」
『彼女達? ……いや、そうか。 そちらには彼女が居たな』
確かに余裕は存在しない。一部軍の壁役を担う以上は殆どのデウスを左右に展開するのが精一杯だ。
例え逃げ場の無い円形の包囲網を作ったとして、その層はかなり薄い。デウスが居るので突破は難しいが、数が少なくなった分だけ不安の種が多くなってしまう。
それならば、彼女達を投入して層の薄さをカバーした方が良い。圧倒的な殲滅能力に、周囲を広く探ることが出来る鷹の目を持った彼女達であれば全体を守ることも不可能ではないだろう。
俺がその名を出さずとも、元帥は直ぐに理解した。その声音に宿っていた不安は一掃され、交換の如く畏怖が混ざる。
恐ろしい。恐ろしい。視線を合わせることすらもしたくはない。
何処かそんな雰囲気が漂う言葉の数々に、互いの顔が見えていないのを良い事に笑みを浮かべた。最大限口角を歪ませたその顔は、きっと他の人間に見せてはならぬものだろう。
彩は軍に対して憤怒を募らせている。幾分か解消する機会があったものの、この件でその憤怒は一気に再燃している筈だ。
そして、俺の邪魔をした以上はワシズもシミズも黙ってはいない。
今は防衛の役割に就いているものの、此方が一度指示を下せば即座に彼女達は移動を開始する。
『いやはや、やはり君達とは敵対したくないものだ。 流石はデウスエクスマキナと言ったところか』
「そのような名前を名乗った覚えはありませんよ?」
『世界中の軍部がそう言っているのだよ。 君達は都合の良い未来を見せてくれる、神に極めて近い存在だとね』
ご都合主義の神。
そう言われ、しかし気分が良いとはまるで思えなかった。あるのはただ、それに付随する余計な評価についてだけ。
その名前は恐らく彩だけを指しているのだろうが、本人もこれを聞けば眉を顰めるだろう。自分達は何も世界中の人間の為に行動しているのではなく、守りたいものの為に戦っているだけだ。
彼等はただ、俺達の行った結果と彩の能力を見て判断しているだけに過ぎない。その通り名が流行るのは断じて認められないが、きっと世界中に広がっていくのだろう。
ますます重くなっていく期待に、努めて気にしないように軽く息を零す。まるで自分が大物にでもなったような行動に、心底嫌気が差した。
「そういうのは止めていただきたいですね。 我々は守りたいものの為に行動しているのであって、世界中の方々を救済するのが目的ではありません」
『解っているとも。 これは彼等が勝手につけただけのもの。 君達が気にする必要性は何処にもない』
何処か焦燥が混じった言葉に、俺は表上は素直に同意した。




