第二十六話 タンク
「彩様」
戦場の真っ只中でシミズは声を掛ける。余計な罵倒を貰わない為に援護をしつつ、その目は横を向いていた。
今は誰かを殺す時ではない。故に必要なのは近づけさせないことで、彩も直ぐにその意味に気付く。
先程戻した少女が何故直ぐに戻ったのか。そこには明確な理由があるだろうと、前を向かせながら話を聞く。通信でも話が出来ただろうと指摘も出来たが、此処に来る事に意味があるならば敢えてそれはしない。
シミズからの話は、言ってしまえば只野と彩が持っていた予測を確信に変えてくれるものだった。
相手はあの一件で彩を狙わず、ワシズとシミズに狙いを絞っている。こうして大規模な活動をされているのも小さな女性二人ならば何とかなるかもしれないと先程の二人の状態から中田に考えさせられたのだろう。
それはデウスをよくよく理解している者からすれば失笑ものだ。そんな単純な部分だけでデウスのスペック全てを見抜ける訳も無い。しかし表面からの情報で集まった人数は彼女達ならば制圧されるかもしれないとも思わせた。
圧倒的な経験値の低さ。現に今ここに至るまでの指示は彩か只野で、二人は唯々諾々と聞いているだけだ。
これが成長だというのなら、成程そうなのだろう。目覚ましい変化に将来を期待出来ると思いつつ、シミズから送られた案にふむと彩は内心頷いた。
「相手側の目標は私達です。となれば、このまま只野様の護衛を私達がやるのも不味いでしょう。少なくなった戦力が彩様を無視して私達に殺到すれば只野様が死なないとも限りません」
「成程、つまり役割を変更しろと?」
「そうです。私達がアタッカーで、彩様が護衛。敵の武器の解析はもう終わってます。装甲に罅は入りません」
シミズは断ずる。相手のAR、RF、手榴弾、バズーカ、その他C4といった攻撃兵器の全てを解析し、その全てがデウスの肌を貫通させられないという結果を導き出した。
その意見に彩も否は無い。専用の装備が何一つとして無いのならば、強行突破をしても問題は無い。
そろそろ軍も到着する頃だ。このままの状態を維持するよりも、強引に突破してしまう方が軍に捕捉される確率も遥かに下がる。
何よりもと、シミズは只野の状況を彩に話した。
「予想はしておりましたが、只野様の状態もよろしくありません。なるべく早く安静にさせなければならないかと」
「……当たり前だ。あの人は一度だって戦場に出た事は無い」
極度の体力消耗に、多くの人死にが発生するストレス。何の経験も無い人間であればもう気絶していてもおかしくはないのに、只野は未だ気絶せずにいる。
それだけデウスを信じているし、己を強く戒めても居るのだろう。この程度で倒れてなるものかと。
只野から何の文句も来ていないのがその証拠だ。その信頼に、彩達は絶対に答えなければならない。答えられなければ、存在価値の消失すら発生するだろう。
久しく感じなかった悪寒を彩は抱く。バグを大量に吐き出すAIが起こす一種の錯覚は、それでも本人に嫌な感情を湧き上がらせた。
それは駄目だ。許してはならない。――何をおいても、私があの人を護るのだ。
「よろしい、ならば任せよう。……ただし、敗北は認めない」
「お任せください。あの人の名にかけて、絶対に」
「その言葉、破ったらタダでは済まんぞ」
通信接続。対象はワシズ。
通信内容は極めて単純。彩が只野の元に到達と同時にワシズとシミズで強引に突破する。
仕掛けられた爆薬は発見次第破壊。最優先はルートの確保である。
彩が離れている間にワシズにそれだけを一方的に送り、来るのを待つ。彩も彩でビルの壁を蹴りながら落下し、そのまま只野の隠れている物陰に到達した。
突然の出現に只野の肩が揺れる。驚かせてしまったかと彩の中に申し訳なさが浮かぶが、今は謝罪をする時ではない。目だけでワシズに行くように告げ、頷いた彼女は赤いジャンパーを揺らしながら走って行った。
彩はそれを確認せず、只野の状態をスキャン。――結果内容は単純な疲労だ。
「只野様、大丈夫ですか」
「なんとかって感じだ。……悪いな、こんな情けない姿を見せて」
「構いません。ここまで長引かせてしまった私達の落ち度です。どうかお気になさらず」
「……ごめんな。それと、二人はどうした?確か護衛だったと思うけど」
疲労困憊の彼に説明するのは彩の良心が咎めるが、しかしそうしなければ彼も納得しないだろう。
例え反論されたとしても、彩はそれに対抗する材料がある。遠慮をするなと言われている以上は、それを使う事に否は無い。故に良心を無視し、説明を彼にする。
内容を聞けば聞く程に只野の表情は暗くなっていくものの、全ての説明の後に否定の言葉は出てこなかった。
只野自身も理解はしているのだ。二人の少女は外見がそうであるだけで、内面は完全に人類を超越していることなど。
これはただ己が納得していないだけのもの。そして現状、打破をするにそれしかないのならば頷く他に無い。
全て否定して何になるというのか。己はただの足手纏いに過ぎないのだ。
「解った。なら、あの子達が頑張っている間に突破する。こんな場所で休憩はしてられないな」
努めて笑顔で、それをしてくれる彼の優しさに彩は感謝の思いだ。
そうと決まれば直ぐに行動すると立ち上がり、彩を先頭にして進む。速度が彼を基準にしているので通常よりも遥かに遅いが、それでもまったく進まない訳では無い。
彼の目線の先には銃弾を浴びながらも前進するワシズとシミズの姿があった。その身に纏った衣服は最初に着ていた物であり、あの施設で最初から着ていた時点でその衣服も普通ではない。
浴びる弾丸のほぼ全てが衣服の時点で弾かれている。見た目は完全にただの服であるというのに、どれだけの弾を叩き込まれてもまるで停止する様子は無い。
そのまま強引に壁を拳で破壊しながら、蹂躙するかの如く正面の敵を撃ち抜いた。
狙いを付ける時間など彼女達には必要無い。ただただ引き金を引き続け、榴弾の嵐を浴びても髪一つ無くなりはしなかった。まさに無敵を表現したかのようだと彼は思いつつ、撃ち漏らした敵が居ないかと直ぐに目を左右に揺れさせる。
彩の周辺スキャンによってその手の敵は全て発見されているだろうが、極めて死亡寸前になった人の体温は死体も同然だ。彩が見逃して、それで撃たれないとも限らない。
今は二人の活躍で彩も銃を持っているだけだ。構えず進む姿からして、間違いなくあの二人が殆どのヘイトを集めているのだろう。
何せ一回の射撃で倒せないと判断した瞬間に人体十人分の面積を持つ壁を複数人の居る場所に投げ付けていたりもするのだから。それで注目を集めない筈が無い。
同時に、対処など普通の人間に出来る訳が無い。榴弾を放って爆砕を狙おうにも飛んでくる礫に頭を潰されるのだから逃げる他に無く、逃げれば逃げるだけ彩達と距離が開く。
つまりこれは範囲攻撃兼時間稼ぎだ。己を盾にもして進む様はさながら戦車であり、それが人の形をしている時点で只人が勝てる道理は何処にも無い。
デウスがデウスとして動くとはこういう事だ。圧倒的な防御性能に、圧倒的な筋力により発揮される無理矢理な攻撃手段と回避性能。ただ銃の扱いばかりが達者である訳では無く、周辺にある道具全てを手段へと変えられる強さを持っている。
それを体感する彼等の気持ちは如何なものか。簡単に想像出来てしまうだけに、只野は傭兵に同情すらした。
そのまま二人は先行し、一直線に道を作っていく。時には壁を破壊して道を作る様子は、最早ギャグも同然だった。
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