第二百五十九話 大事なのはどちらか
「目的は達成した。 さっさと帰るとしよう」
一夜明け、追跡の気配が無いことを確認した俺達は帰路につく。
最前線までの道程はゆっくりとしたものだったが、目的地付近に到着してからは怒涛の勢いだった。今は目的地近くの街に滞在しているものの、その姿は隠してある。
適当に安ホテルで一人用の部屋を借り、窓を開けて隠れていた彼女達を部屋に招き入れたのだ。途中の買い物も全て俺一人で済ませ、彼女達はスタッフが入ってきた際に隠れてもらうようにしている。
安宿であるからこそ、構造そのものは単純だ。窓から出て、その窓に鍵を付けられたとしても小道具で簡単に開けられる。
セキュリティ意識が低いからこそ出来ることである。そうなるように狙ったとはいえ、高い場所に泊まれば入出の方法はかなり制限されていただろう。
安宿から出て、街からも離れた所で全員が合流する。
車を出してもらい、全員が乗車。そのまま元の街まで一直線に戻る手筈だ。帰ったらそのまま会議を開くことになりそうだが、その時の文言については後で考えれば良い。
今必要なのは沖縄の攻略法だ。あれを見て、彼女も俺も纏めて吹き飛ばす方法を取った。
しかし、あれだけの爆弾を用意するのは簡単な話ではない。彼女とてエラーを吐き出しながら作り上げたのだ。それを考えるに、戦場の真っ只中で製造するという手法は取れない。
事前に作るという手はある。だがそうなれば、今度は運ぶ方が大変だ。パーツごとに分解してもあれだけの質量を持つ爆弾を複数人の保存領域に入れることは不可能。
やるなら十数人単位だ。他にも装備や弾薬等を積み込まなければならない関係上、現実的な数は数十人か。
とてもではないが出来るものではない。だが、大量破壊兵器が必要なのは今回の件で理解した。
全てのデウスを投入したとしても、戦域をカバー出来るとは思えない。如何に歴戦の猛者でも、如何に知略を巡らす名軍師でも、数の暴力という面を突破するのは中々に困難だ。
その上でどうにかするとしたら、大量の火器を一度に放出する兵器だろうか。以前に彩が見せたような機械の犬であれば、その目的とも合致している。
製作速度もあの水爆とは比べ物にならないし、陸地の上であればデウス並の活躍は期待出来るだろう。
あれに人間のようなAIは無い。ただの襲撃者としての機能しか有していないのであれば、消耗そのものも気にする必要は無い。
「彩。 少し前に作ったあの犬みたいな兵器は増産出来るか?」
「出来ますが、それなりに材料は必要ですよ」
「材料そのものは然程気にしちゃいないよ。 考慮しているのはお前の負担だ」
水爆をパーツ単位に分解して運ぶという手法を考えたのには、彩の負担も含まれている。
どれだけの規模であれば彼女に負担が寄らないか。その見極めをするには彩に直接聞かねばならず、けれども彼女は俺の為であれば簡単に無茶を許容する。
そこには自分しか出来ないからという自負もあるだろう。実際、材料の質を無視して同一の物を作り上げるなど常識の埒外だ。世の理を乱しているという一点において、何も間違いがない。
けれども、それで彼女に負担ばかりを乗せるのは無しだ。彼女がやれば簡単に終わると言われようとも、そこだけは皆でやらねば将来の安泰は無い。
彼女が居なければ成り立たないなど、それは最早彼女を一つの機械とみなしているようなものだ。
そんなことを誰にも認めさせる訳にはいかない。故に、この大事な場面以外で彼女には仕事をあまり与えないのだ。
俺の質問に彩は口元を柔らかく歪めながら、小さな笑みを形作る。
よく見る顔だ。だが、俺だけにしか見せない貴重な表情でもある。彼女のその笑みを獲得するには、金や権利ではまるで足りないだろう。
「お気遣いに感謝します。 ですが、此度の戦いは我々の進退も決めるもの。 個人の私情を優先するのは……」
「それは無しだ。 俺は個人の私情を優先するが、それだけを考えて行っている訳じゃない。 それは何時も傍に居たお前が一番よく知っている筈だ」
「……はい」
「お前が大事だ。 デウスの皆が大事だ。 そこだけは変わらないし、だからこそあの街は彩無しで機能しなければならない。 それは戦いでも一緒だ。 お前を最終兵器にはしたくないんだよ」
彩が戦えば殆どの敵を相手にしても勝てるだろう。
単体でありながらも群体を殲滅するご都合主義の塊は、ただそこに居るだけでも周囲の足を止めてくれる。どこの国の人間も彼女のことを最終兵器と呼び、それが発揮されるのを恐れている。
だが、それでは彼女の今後の道が無くなってしまう。もっと彼女は自由に、伸び伸びと生活してほしい。これは他のデウスも一緒であり、その為に街は存在しているのだから。
彼女達が自由に過ごせないのならば、街が存在する意味が無い。俺が色々用意したとして、それが全て無駄になっては時間の浪費にしかならないのだ。
ミラーからそっと視線を外す。今、彼女がどのような表情をしているのかを見るつもりはない。
「だが、お前にはやっぱり頼ってしまう。 何かを新しく作るのも、何かを始めるのにも、俺は常に頼る」
「良いのです。 私はその為に貴方の傍に居るのですから」
「情けない男だって貶して良いんだぞ」
「言いはしません。 そのような台詞を吐く輩が居ましたら、私が処分します」
久方振りに彼女から背筋の凍るような狂気を感じた。
隠していた訳ではないのだろうが、最近はそれを発揮する機会が目に見えて減っていたのであまり感じなかったのだ。やはり彼女の狂気は消えた訳ではないと再認識し、表情を緩める。
その狂気もまた、俺を動かす原動力となる。彼女が変わらずそこに居て、周りの皆も変わらず近くに居て、幸せとはこういうものなのだと実感出来るのだ。
「完全に空気になってるけど、私達もそこら辺は一切変わってないからね!」
「解ってるよ、ワシズ。 お前達は何時まで経っても子供のままだ」
「子供じゃ、ない」
「知っているか、そういう言葉を吐いてる時点で子供なんだぜ?」
子供二名の抗議の声を軽く受け流し、突如舞い込んだ着信音の先を見る。
相手はPM9。早い段階で此方が手を出したと判断して電話を掛けてきたのだろう。今ならばまだそちらの方で情報操作をすることも出来る。
上層の連中がそれに踊らされるとは思わないが、彼等も情報操作について黙認するだろう。
全員に静かにするよう告げ、通話ボタンを押す。即座にスピーカーモードに切り替えるが、それをした直後に後悔してしまった。
『おい!! お前今何処に居る!!』
「…………ッ、耳が痛い」
ボリュームを何時もの状態にしていた為、大爆音が車中に響く。
他は大丈夫だったが、俺の耳は一瞬全ての音が聞こえなくなった。直ぐにボリュームを調整したが、それでも彼女の声は五月蠅いままだ。
「突然なんですPM9」
『突然なんですじゃない! 先程報告が入った。 鹿児島の前線基地で大規模爆発が起きたそうだ。 突然の爆発の為、負傷者が多数出ている。 やったのはお前だな!?』
「いきなり決め付けないでください。 此方は今買い出し中ですよ」
『嘘を言うな。 睨み合いの状況で海にもカメラを潜らせている。 そこから得た情報によれば、まったく別方向から巨大な物体が怪物相手に発射されたそうだ。 こんな物を我々は作った覚えが無いし、他の企業とて作れないだろうよ。 やれるのは彩だけ。 つまりそれを指示したお前だ』
「知りませんよ、そんなこと。 大体証拠でもあるのですか? 誰か俺達の姿を見たとか」
『それは……んぐぎぎぎぎぎぎぎぎっぎっぎぎぎぎぎッ』
ちょろい。
電話で話をしながら、その口角が吊り上がるのを自覚した。




