第二百五十七話 近付く前線
一週間。
それだけの時間はあっという間に過ぎていき、同時にどんどんと人の生活エリアが少なくなっていく。
最初は数時間も走らせれば街の一つも見えていたというのに、今や数十時間走らせても廃墟があるくらい。時たまに街を発見したとしても、その全ての軍の部隊が駐留していた。
彼等は来るべき戦いに備え、街に居る一般市民を北側の県へと避難させようとしている。しかし遠目で見ていた限りでは市民からの納得は得られなかったようで、小規模ながら騒動が起きていた。
それを鎮めるのは難しい。郷土愛と呼ばれるものは道理を無視するものであるし、如何に理性的な説明をしたとしてもそう安々とは頷いてくれはしない。
加え、軍の信用は決して高くはない状態だ。彼等が説得するよりもまだデウスが説得する方が理解を得られるだろう。
それでも、デウスを前面に出すような真似を彼等はしない。それをしてしまえば、またデウスを利用しているではないかと非難が集中するからだ。
いっそ哀れになるくらいに兵士達は責められているのを耳にしつつも、車は一度も止まらずに通り過ぎた。
封鎖は未だ起きていない。それをするのはもう少し奥に行ってからだろう。今はまだ警戒区域に入った程度で、よくて軍からの警告が来るかもしれない程度だ。
それも俺達でなら問題は無い。一般人相手であれば兎も角、相手の位置などいくらでも捕捉は可能だ。
デウスの電子性能に差異は無い。経験による技巧の高さこそが上下を決め、そういった意味では今居る面子は決して深い経験を持っている訳じゃない。
だが、それを補って余りある劣勢を知っている。危険意識の高さはずば抜けていると言っても過言ではない。
彩が居るから安心だなんて、誰も思ってはいないのだ。それを考えた時点で生き残れる確率は非常に低いだろう。
「一時の方向に五百。 左に修正を」
「了解」
常に他者の様子を伺うのはコアに多大な負荷を掛ける。
交代で監視を行い、今はシミズの番だ。彼女が冷静に向きと数を伝え、それに合わせてX195が車を動かす。
草木の少ない剥き出しの大地を普通の車で移動するのは難しく、ジープを選択したのは英断と言わざるを得ない。この日本とは思えないような地面を走り続けるのは、荒れ地を想定した構造を持っていなければ無理だ。
ただし、揺れは強い。クッションによってマシになっているとはいえ、車酔いを発生させるような者であれば嘔吐まっしぐらだ。
進み、進み、遂に検問所が見えてくる。
人の姿は存在せず、居るのはデウスばかり。彼等が一種の警戒装置としての役割をこなし、侵入者を防いでいるのだろう。此処から先は車のように大きな物では通れず、徒歩で進むしかない。
完全な捕捉をされる前に降り、X195の内部に収納した。
デウスの性能は既存のどのレーダーよりも優れている。それを掻い潜るには、先ず最初に彼等の目を誤魔化さなくてはならない。
そのまま目を潰すのは無しだ。それをすれば流石に軍も原因を究明し、何処かで俺達に激突しかねない。
取り出すのは時限式の爆弾だ。
初心者でもセット可能な長方形の爆薬に装置を取り付け、それをそのまま地表に設置する。
時間は約三十分。爆発の威力は決して彼等に侮られない程度に強力にしている。一度置いてからは足早に去り、更に追加で二ヶ所にも設置しておく。
一ヶ所だけでは誰かが残りかねない。それではバレてしまいそうなので、別の場所でも起爆させるのだ。彼等にとっては突発的な事態であり、驚きながら作業を進めるだろう。
その間に通り抜け、奥へと進む。突貫故に質の良いレーダー設備を置かなかったのが彼等の悪手だ。
「残り十秒」
相手が比較的近いこともあり、彩は十秒だけの言葉を発してからは残りは指で示した。
その一本一本が折れていく間も俺達は進み、ついには最後の一本が折れる。――――その瞬間、少し離れた位置からかなり大き目の轟音が鳴り響いた。
衝撃波はここまで来なかったが、静かな場所で突然轟音が鳴ると耳が痛い。
耳当てでも用意すべきだったと後悔しながら、指を耳に当てて歩く。見当違いの方向に爆発させたので最初の検問所まで回り込みながら目指し、その間にも二ヶ所の爆発が発生する。
どれも耳に不快感を残すが、同時に検問所には一人も居ない状態となった。
戻って来る前に急いで通り抜け、ワシズとX195が背後を警戒しながら一気に奥へと進む。
「通常ならばあんな爆発が起きても誰かは残るものですが、随分と慌てていたようですね」
「どうしてだと思う?」
「考えられるのは二つですが、どちらにせよ慌て過ぎで検問所を空にした時点で練度は高くないでしょう。 それだけデウス側が参加しないよう行動したのか、あるいは別の方で彼等が多く動員されているのか」
「後者でしょうね。 例え前者であっても十人程度は少な過ぎます。 まさか私達の性能を過信したなどとは思えませんし、多くは前線で基地を施設する為に怪物達を倒しているのではないでしょうか」
彩の評価にX195の予測を含めると、その内容が一番納得出来る。
あの地点は守らねばならない場所ではあるが、さりとて前線と比較すれば優先度は低い。それに激戦が誰の目から見ても予想される以上、少しでも損失を防ぎたい者からすれば近付きたくなどないだろう。
相手が全て怪物となれば、基本的に傭兵の出る幕はない。よっぽど軍に対して憎悪を募らせていない限りは、此処に立ち寄る人間なんてまるでいないのだ。
諸外国も積極的に情報を集めようとはしない筈だ。どちらに転んだとしても軍が多大な消耗をするのは避けられないであろうし、完全に軍が日本を平定するまでは諸外国に介入もしないと考えている。
そもそも諸外国からすれば日本が勝った方が都合が良い。その為にも下手な邪魔はしないであろうし、寧ろ積極的に協力しているかもしれない。
真実は解らないものの、立てられる予想の中に此方の不都合は無い。
助けを求められても此方は蹴り飛ばせるし、そうなれば軍は自分で全てを解決するしかない。
その頃には此方も軍との付き合い方を変えるつもりだ。彼等に助けてもらった部分はあるものの、全体を通してみればマイナスの要素の方が遥かに多い。
恩も沖縄で全て返し切れるだろう。今回のワームホールを破壊するには彩の力が必要な以上、嫌でも彼等はそれを認識せざるをえない。
なるべく廃墟群の中に潜り込みながら歩き、深夜に近付いた頃に眠る。焚火をせず、寝袋にも入らないで寝るのは少し苦痛だが、早く動くにはこれが一番良い。
結局その日は誰にも遭遇せず、彩達が彼等の部隊を捕捉するくらいで済んだ。
早朝直ぐに行動を再開し、その時点から彩達には情報収集を行ってもらう。人間である俺は彼女達の代わりに周りを見るくらいだが、その精度はどう贔屓目に見ても低い。
双眼鏡で見えているのは廃墟か大地かの二つだ。こんな場所にも以前は街があったのだと思うと、人の生命力が並ではないと少しばかり関心してしまう。
「目的地まで後九時間程度ですが、何処かで休憩を挟みましょう。 いざという時には動けませんし」
「あー……賛成。 流石よく見ているよ、お前さんは」
二週間という時間を設けたが、目的地に到着するまでは一週間と少し掛かってしまった。
帰りは少しオーバーするだろうと思いつつ、休憩地点に使えそうな場所を探り続ける。出来れば最後まで誰にもバレずにいてほしい。
密かな願いは――しかし叶えられることはなかった。




