第二百五十四話 終わりへの旅
食料、衣服、水、小型端末に野宿用の道具。
最初に始めた頃とは比べ物にならないくらい道具の質は高い。彼女達が自身の身体に荷物を保存してくれたお蔭で食料が腐ることも無いし、量も多く準備出来る。
俺が持つ物なんて精々端末程度。一度良いのかと尋ねたが、全員が笑顔で構わないと返した。
元々デウス側が準備する物は殆ど無いのだ。銃器とオプションパーツ、それに弾薬しか彼女達は乗せない。俺が無理を言ったお蔭でいくつか私服も混ぜてくれたが、それを使うのは街に入る時くらいなものだ。
最早逃げる必要は無い。何処へ行こうとも、普段通りに歩けば良い。
デウスの美貌が問題と言えば問題が、昔とは違う。以前と比較すれば市井の前にデウスが出てくることは自然となり、その原因は街で用意出来ない物を用意するよう頼んでいるからだ。
かなりの復興を果たしているとはいえ、食料品に関しては他所に頼る部分が非常に多い。
基本的には工場から直接購入するのではなく店で購入しているのだが、これについては店の利益を潤わせる為だ。無駄遣いと言われてしまえば否定は出来ないものの、俺達の街だけが目立つのはよろしくない。
幾つかの企業を敵に回しているとはいえ、コンビニやスーパーのような店を経営する企業までは流石に敵対したくはないのだ。その為、美貌のデウスと指揮役の人間を含めた混成部隊で店の注目度を高めている。
大量買いは今の世の中において、非常に珍しい行為だ。売り切れとならないように調整はさせているが、それでも一度俺達が買い漁った店では普段よりも売り上げがかなり高くなるらしい。
最終的に品不足になってしまうが、これについては一切悪く言われなかった。これまでは売り切れということ自体が珍しく、売り上げそのものも以前と比較すればめっきり落ちてしまっていたからだ。
その売り上げが向上し、企業の人間もその店に注目を寄せている。俺達はただ欲しい物を買っているだけであるが、それだけでも経済活動に大きな貢献をしていた。
ちなみに、これを最初に思い付いたのは春日だ。警備をするデウスや新兵を鍛えているデウスは日に日に増え、今やその数はあらゆる基地を超えている。
そうなれば必然的に暇なデウスも現れ出し、彼等はそれをどのような形で消化すべきかと悩ませていた。
俺の方針によって外には出れない。かといって、街内部での復興は住民が増えた現状では計画的に行われなければならない。
頭を悩ませた春日は最終的に、俺に対してこの案を提示したのである。
遊ばせるままというのは流石に不味いし、あの街とて経済活動から弾かれる訳にはいかない。企業を敵に回すのは戦力上問題は無いが、世の中の生活から弾かれるのは大問題へと発展するだろう。
その言葉に俺も納得し、完全な隔離は撤廃。目的がある場合のみデウスを外部に出すことを決め、暇なデウス達は人間と合わせて颯爽と買い出しに出掛けてくれたのである。
なお、その時点では経済効果がこれほどあるとは思っていなかった。後になって密かに春日が考えていたと教えられ、彼の底知れなさを感じたものである。
「準備は出来たな。 それじゃあ、何か大きな異常が起きたら最優先で教えてくれ」
「あいよ、そっちも連絡を途絶えさせるなよ。 お前に何かあったらこの街の存続にも影響が出るからな」
「出来れば更に護衛を付けたいところですが、それは貴方様の望むことではないのでしょう。 ですので、常々警戒をしてください」
「はい。 ……それではこれで」
二人と言葉を交わし、彩の背中に乗ってそのまま一気に壁の上に。
俺が外に出るのはこれまでもいくらかはあったが、その度にヘリを使ってばかりだった。当然ながら徒歩で街の外には出ておらず、最近は特に街中を軽く歩く程度に留めていた。
これでも有名人だ。街中を軽く相手も注目を集めてしまう以上、前線の偵察に向かうのは秘密裏にしなければならない。
知っているのは上層部とデウスくらいなもの。壁の上には何人ものデウスが整列し、俺達の到着を待っていた。
彼等が此処に居るのは人払いの為だ。予定に書かれている訓練内容を態々壁外防衛に変えてもらい、その中を俺達は進むこととなる。
軽く挨拶を交わし、彩の背に乗ったまま一直線に落ちた。
風が髪をかき上げ、着地時の衝撃が襲い掛かる。彩が大部分を受け持ってくれたが、それでも零にはなりえない。
少々の気持ち悪さを覚えながら感謝の言葉と共に降り、全員で歩き始めた。
「暫くは南下だ。 一応敵対している企業が存在する県には寄らないが、それ以外の街には積極的に寄って行こうと思う」
「私達の足でしたら一週間で行けますが……」
「暫くは何処の陣営も準備中だ。 怪物も継続的に討伐が進んでいるし、急ぐ必要は無い」
移動手段は基本的に車だ。
街のデウスに頼んで人目の無い場所まで車を運んでもらい、そこに俺達が乗り込む。数日前に頼んだので誰かに盗まれてはいないかと少々心配になったのだが、目的の車は此方の指定した通りの場所に存在していた。
廃墟群のとある大部屋に配置された黒のジープの扉を開き、異常が無いかを調べる。仮に誰かがトラップを仕掛けていたとしても、一度スキャンしてしまえば容易く見抜ける。
他にも車体に故障が無いかも確かめ、漸く全ての確認を終えた。
鍵は差しっぱなしだ。そして後部座席には置いてくれたデウスからの贈り物なのか、数日分の保存食が置かれている。
此方で既に食料はあるのだが、好意は素直に受け取っておいた方が良いだろうと笑顔で大部分の収納をお願いした。
運転をするのはX195だ。軍に在籍している時に車の運転をよくしていたそうで、自信があるのだという。
他の面々は完全に知識と感覚に任せて運転している状態だし、俺も運転は怪しい。
経験豊富な人物に任せた方が無難だと頼み、俺は助手席に座った。残りの三人は後ろの後部座席に乗り込み、エンジンを吹かせる。
車体の移動は滑らかで、感じている限りでは異常は無い。
動作にも淀みは無く、X195の運転技術は正しく本物だと言えるだろう。本人も久方振りに運転するのか、少々楽し気にハンドルを動かしていた。
給油の心配は無い。昔の仕様ではなく、これは現代の太陽光発電で動く仕様だ。
充電中は流石に移動出来ないものの、少なくともこれの給電の為に街に行く必要は一切無い。常日頃から感じていたが、技術の進歩は本当に生活を楽にしてくれたものである。
最初に発明してくれた人物には本当に感謝だ。
「この感じ、随分久し振りだね」
「肯定。 戻った」
「ま、色々と環境が変わったからまるっきり一緒って訳じゃないがな」
「それでも懐かしいよ。 あの頃は野宿が基本だったねぇ……」
ワシズが腕を組んでしみじみと呟く。
シミズは無表情で首を縦に動かし、俺もそうだなと軽く返す。
一昔前と言うには些か過ぎているものの、当時の俺達は野宿が基本だった。テントを張って、盗んだ缶詰やスーパーで購入した物で飢えを凌ぎ、寝袋の中で寝る。
これがキャンプであれば中々に楽しい一時を過ごせたのだろうが、逃げて逃げての連続では満足に寝られない時も多くあった。
今回もテントは張る予定だ。積極的に街に寄るとはいえ、それは宿を取る為ではない。
街の状況をこの目で見ることや、市民の様子を探る為である。俺が知っている頃と同じであれば特に何も思わないが、実際は違うだろう。
急激に時代が進み、市民はそこに巻き込まれた。であれば、相応に騒ぎも起きるものだ。
俺達が針を進めたのである。だからこそ、それについても目を向けなければならない。全てを解決出来る訳ではないし、そもそもしようとも思わないが。
走り出した車の中でデウスが置いて行った保存食の蓋を開ける。
中に入っていた乾いたクラッカーに懐かしさを覚えつつ、その内の一枚を口に入れた。




