第二百五十話 隙間平和
静かな時間と呼ばれるものが如何に尊いものかを、俺は知っている。
騒ぎに次ぐ騒ぎが起こり、重大事を決める回数があまりにも多過ぎた。分不相応の決断ばかりを下す所為で周りからは奇妙な評価ばかりされ、最早俺の実像は大分ブレてしまっているだろう。
SNSを見てみれば、俺の事を好き勝手に評価する人間があまりにも多く居る。それは注目を集める為にやった行為なのだろうが、そこに出てくる俺は勇気の人と書かれることが多い。
逆に人類に悪を齎す者として書かれることもあり、それは読めば読む程に苦笑せざるをえなかった。
本当の俺を知っている人間は少ない。街を歩いていても人々に尊敬の眼差しを送られるのだ。そんな生活を長年続けてられるのは一重に厳しい環境を生き抜いたからで、あの逃走期間が無ければきっと俺はどこかで崩れていたに違いない。
俺という人格はあの旅の中で己の意見とも言うべきものが随分と尖った。
人間の悪性を知り、デウスの不幸を知り、世界の無情さを体験させられたからこそ意見の収束とも呼べる現象が起こり、結果としてデウスとの共存という意見が強まっている。
これを止めるのは最早不可能であり、今此処で止めようものなら全てが終わってしまう。
街の発展も、人とデウスの共存も、彩の未来も、全てが無駄となって時間の波に流されてしまうのだ。
それは許せるものではない。何としてでも続行させねばならず、その為ならば何を犠牲に捧げようとも厭わない。
デウスに対して理不尽な依頼を送る者共を社会的に抹殺し、俺達が不利になりそうな情報を送る偵察兵共を殺し、人類を絶滅へと追いやる怪物共を殺す。
そこに一切の優劣は無い。
全てが均等の上に置かれ、今もなお微塵も揺れる気配を見せてはいなかった。そして、この天秤が崩れるような事は二度と起きはしないだろう。
春日主導の元に行われた街のアピール動画は、既に数百万再生にまで登っている。特に外国語に翻訳などしていなかったというのに、コメント欄には各国の言葉が入り乱れていた。
動画は僅か八分。内容は俺が行っている第一次疑似超越計画の参加者達の日常風景と、デウスと人間が一緒に仕事をしている風景だ。
ある程度脚色を加えているとはいえ、彼等には普段通りの作業をさせている。そこで行われている全ての仕事は常に街で行われているものであり、そんなことさえも知らない者達からすれば非常に貴重な映像となるだろう。
「――結果としてだが、街の評価は大分プラスに寄ったぞ」
自慢気に語る春日の声は予想よりも大分上擦っていた。
本人も決して確実に成功するとまでは思っていなかっただろう。これが失敗か微妙な結果に終わったとして、次の策についても話していた。
住民とデウスの触れ合いは既にこの街では日常なので被ってしまう。その為、仲の良さをアピールするよりは街の安全性を見せ付けた方が余程効果的だ。
動画の本数は三本。平和的な風景、安全性を紹介する風景――そして最後に、人員を募集する動画を発表した。
世の中には動画サイトに自身の技術力を知らしめる動画を投稿する者が居る。彼等からすれば環境さえ良ければその技術力のみで食っていくつもりだったが、実際は趣味の範囲で終わってしまう。
職場の人間関係に、設備の不足。理由は個々人によって異なるが、趣味を趣味のままで終わらせたいと考える人間以外はそんな理由で趣味に留まらせてしまっている。
そんな人間を引き込めば、技術的問題は解決するのではないか。
態々企業に所属している人間を引き込む必要など無い。市井の中から新しい人間を発掘し、それをそのままこの街専属の技術者として相応の待遇を与えて住まわせる。
それが成功するかは兎も角、やってみる分には悪くはない。よって動画で願い出たところ、手を挙げる人数はSNSを含めて大規模なものとなってしまった。
緊急で予定されていた面接会場とは異なる場所を確保し、技術面と人格面を精査する為にデウスを数十人規模で動かす。
昔であればそれだけの人数を別の仕事に割り振れば警備の穴が出てきてしまうが、今ではまったく問題とはならない。
デウスが行うのは技術的問題の指摘と、面接官として参加者の嘘を見抜くこと。
「人員の選出はG11に任せる。 想像を超えた人数が動くので、警備についても話し合いを行ってくれるか」
「お任せください。 最高の結果を出して見せましょう」
今回主導となるのは春日だ。
街の安寧に意識を向ける今回において、俺が出る幕は少ない。デウス達に指示を与えることは出来るが、それで彼の邪魔をしては不和が生まれかねないのである。
それにと、G11の表情を見る。彼女に自覚があるのかは不明だが、その表情は非常に柔和だ。
勿論真剣ではあるのだろう。それと同じくらいに春日の案に参加出来る事実が嬉しいのだ。流石に指摘はしないものの、他の全員にも丸解りである。
解っていないのは忙しい春日くらいなものだろう。対面すれば流石に解るだろうが、調整に調整を続けている現状では家に帰るのも難しい筈だ。
肩代わりをすることは出来ない。とすれば、この大仕事の主軸となることで仲を深める。
実験も同時進行だ。彼女はそのことも忘れてはいないだろう。
忙しくも平和な時間が流れる。
時折外から保護を求められたデウスを保護しつつ、更には軍から遊びに来る十席同盟の相手をしながら準備を進めた。街の人間には紙で伝えつつ、当日に起きるであろう騒ぎを出来る限り小さく収める為に俺もG11と共にデウス達に説明を重ねていく。
この情報は間違いなく他所にも漏れるだろう。今やこの街にも携帯がある状態だ。
SNSでも情報を拡散されれば、軍が情報収集の為に何名かを潜入させるだろう。最近は他国からの潜入工作員のような人間も居る。
それらが挙って入って来ることを想定し、俺達も動かねばならない。
発見次第情報を引き出し、即座に抹殺。帰らせては余計な情報を話すだろうし、相手は殺さないのだと舐められかねない。
容赦も慈悲も必要ではないのだ。例えデウスが守護者であろうとも、人を護る為に人を殺す必要がある。
そして、それをこの街のデウス達は十分以上に理解していた。そうでなければ今も軍で酷使される生活を続けていただろう。
「当日の警備人員は多く取る。 当日は蟻一匹も逃さずに監視を続けろ」
多くのデウスが居る前でG11が凛とした態度で告げる。
ハイライトの無い目と合わさり、その様は冷酷無比な機械人形のようだ。実際はやる気に満ち溢れている一人の女性だが、それを知っている者は極めて少ない。
故に、ほぼ全員に緊張が走るのも自然である。そんな風景に内心で笑いつつも、表面上は努めて真顔で彼女の言葉に耳を傾けた。
G11だけであれば怠けるデウスが出るかもしれない。彼等は勤勉ではあるものの、人間同様に個性を持つ存在だ。
中には働くことそのものに一種の飽きを感じる個体も存在し、そういった者達の業務が適当になるケースはこれまでも確認されている。その度にG11直々の説教が入るのだが、今回ばかりはその説教をしている時間も無いだろう。
だから街の責任者の一人がこの場に居る。大きなグラウンドに集まったデウス達も俺の姿を見て気を引き締め、此度の仕事が決して手を抜いてはならぬものであると理解した筈だ。
それでも手を抜くようであれば、G11以上の役職達からの懲罰である。今までそれはしていなかったが、重要な場面で仕事をしない者には残念な対応をせざるを得ない。
「もしも一人でも蟻を逃すようであれば、最悪解体もあると思え」
彼女の言葉に、多くのデウスの身体が震えた。




