第二十五話 ラビット
デウスと戦う上で人類が求められる力は何か。
単純な火力は彼女達の皮膚という装甲を貫く為に必要であり、速度による翻弄を防ぐ為に足を止める必要があり、命中精度を僅かであれ狂わせる為に妨害電波を常に発し続ける必要があった。
この内、妨害電波自体は用意が間に合わなかったので存在自体が無い。火力も純粋な対人間装備のみだけで、唯一人数に任せた弾幕状態によって足を止める事には成功している。
しかし、足を止めているとはいってもそこから突破口が出来た訳では無い。複数の部隊を送り込んでも数分で仕留められ、既に通信に答えない者の方が多いくらいだ。
この仕事は明らかに割に合ってはいない。誰もがそれを知り、それでも突撃せねばならないのは今後の事があるからだ。
PMCであるpeaceは世界でも上位に君臨する会社である。その影響力は軍部に対して反感を抱いている者達に非常に強く、やろうと思えば二ヶ月後に予定されている北海道奪還に介入する事も出来るとされていた。
実際、PMCの仕事として戦場に赴くものはある。軍から依頼される事も相応にあり、寧ろそちらを主戦場にする傭兵とて居るだろう。今では怪物が多過ぎる為に戦場での活動はほぼ零と化したが、それでも戦場に向かう者は居る。
それは死にたがりであったり、報酬が極端に高いからだ。そうでなければ誰も向かいはしないだろう。
今回のように何かしらの理由が存在しなければ人は無茶に首を突っ込まない。そして無茶に首を突っ込むのがどういうことかを彼等自身理解もしている。
それでもしなければならないのだ。そうしなければ、peaceの上層部が今後の活動を厳しくさせてしまうのだから。
「A部隊、残り一ッ。至急応援を頼む!……おいッ、通信!!」
既に両足を撃ち抜かれ、支給された銃も故障し、最早移動も防御も出来なくなった兵が居る。
その男は必死に支給された通信機で助けを求めるが、どのチャンネルに合わせても誰も答えは返ってこない。
B部隊も、C部隊も、果ては離れているM部隊にも連絡を入れても何も発さないのだ。それだけで彼等がどうなったのかが解ってしまい、しかし焦燥に身を焦がしている彼は連絡を送り続ける。
最終的に本部にまで連絡を飛ばすも、それに対する返答はノイズだ。何かが起きたのか、意図してノイズを流しているだけなのか。
どちらにせよ、彼を助けてくれるような存在は周りに居ない。
完全な孤立だ。自決用の拳銃すら足を撃ち抜かれた所為で落としてしまったのでこのまま無視されるのを祈るしかない。
「――って、そう簡単にはいかねぇよな」
崩れる寸前のビルの物陰に隠れていた男の目の前に、少女が一人現れた。
構える得物は他の傭兵達から強奪したであろうAK。銃口は男に向けられ、即座に引き金を引かれたとしてもおかしくない。相手は此方を見つめているが、瞳には感情らしい感情は無かった。
いや、これこそがデウスが戦う際の基本スタイルなのかもしれない。感情を廃してこそ効率を求める事が出来るその姿は、軍部からすれば奴隷と言われるのも納得のものだ。
男はもう何も出来ない。自決用の武器は全て無く、あるのは移動もままならない己の身体だけ。
元々危険なのは百も承知。己がそうなる事を見越していなかったとは言わないものの、いざこの立場になると死への逃避に躍起になる者の気持ちも解ろうものだ。
「……貴方の目的は、私達か」
そのまま引き金を引いてはい終了。そうなると思っていた男はしかし、予想外のデウスからの言葉に目を丸める。
外見は幼い女だった。それこそ武器なんて用いなくとも素手で首を折ってしまえるような、そんな儚ささえも感じられる雰囲気も流れている。
今まで殺した分類に全く当て嵌まらない、真に正しく戦場に似合わない姿だった。
迷い込んだとしか思えぬ場違い感に解っていたとしても優しい声を漏らしたくなる。そんな見た目に、だからこそ意識して男は低い声を放つ。
「そうだよ。お前ともう一体を捕獲すりゃ俺達の仕事は達成だ。他のもう一体と男は死のうが生きようがどうでもいい」
「そう」
男の虚勢も含めた精一杯の声に、しかし少女は興味など無い言葉を返した。
そのあまりの無反応さに、一瞬男は言葉を失う。そして同時に悟るのだ、彼女は間違いなく人類という存在を明確な基準でもって区別しているのだと。
他のデウスには存在する人間は全員素晴らしいという価値観を、故障でも何でもなく理性的に処分し切っている。
それはつまり――今後軍内部にも同様のデウスが出現するということ。
そこから繋がるとして、デウスが人間を助ける可能性も極めて低くなっていく。最初は疑心から、次は憎悪で。
お前達が大切にしようとしないから、お前達は死んでいくのだ。
彼女を見て、男は妙な確信を得た。確かな証拠など一つも無いというのに、それでも間違いないと感じたのだ。
「お前さん……本当にデウスか」
だからこそ、それをデウスと呼称される存在に該当すべきか男には解らなかった。
もっと別の何かに該当されるべきだと考えて、しかしそれを更に続けるだけの時間は与えられない。
鼓膜を揺さぶる一発の銃声。同時に去来する、胸への激痛。少し前に感じた足の痛みと同列の激痛は、どうしようもない程の正確さでもって男の心臓を燃やしていた。
射貫かれた。そう思って、身体は無様に横たわる。
死ぬのが確定となった段階で身体を襲うのは猛烈な寒さだ。何かが抜けていく感覚は、小説として表すのならば魂が無くなっていくと言うべきかもしれない。
男を撃ち抜いた少女の表情に変化は無い。
何処までも平静なままで、男が一人死んだところで彼女はどこまでいっても普通のままなのだろう。
それがデウスらしくないと改めて感じて、口から血を吐き出した。今まで出した量を超える出血は一瞬で意識を遠くの彼方に持っていきそうになるも、せめて最後くらいはと男は口を動かす。
それが筋違いであるのは解っているし、その願いが叶う事が決して良い事になるとも限らない。
デウスが人間を此処まで生き延びさせたのは事実だ。そこに一片の嘘が混ざる事は無い。そんなデウスを軍は奴隷同然に扱い、男は軍部を嫌悪した。
そんな傭兵は数多い。そして、そういった種類の人間がpeaceや他のPMCに在籍しているのも確かだ。
多くは非道な扱いをするのだろうが、そんな一部の傭兵はデウスの存在を尊敬している。
だからこそ、どうか変わってほしい。お前は人から確かに生まれた存在だけれど、必ず服従せねばならない訳ではないのだから。
デウスにだって人権はある。それを忘れた人間は、最早人間に非ず。
非人に容赦をするな。デウスの力でもって、どうか己を獲得してくれ。その上で守護者になってくれると言うのなら――
「良い子だ……それでいい」
呟いた言葉を最後に、横たわった男の意識は永久に喪失した。
生命活動の停止を確認した少女――シミズは特に何を思う訳でも無く只野の傍へと戻っていく。
彼女の中に深い意味は無かった。ただ単に、今回の襲撃の目的が何なのかを今一度確認しておきたかっただけである。こうしてそれが真実である以上、余計に急がなければならないのは確定された。
速攻での突破は彩が最初に上げていた目標だ。それが上手くいかないのは、ワシズとシミズの信頼性が未だ高くはないのと戦力が多過ぎるから。
しかし目的が明確となったのであれば動きも容易だ。何より、己の身体は銃弾程度では傷付かない。
最早多少の無茶は必要不可欠。それを認識し、呼気を強める。
内部にある心臓部が、エネルギー分配を再度変更し始めた。それはある意味環境への適応と言えるかもしれない。
「只野様、敵の目的が解った」
「様は良いって。……やっぱりお前達か?」
「うん」
このまま護衛はしていられない。目的とされている限り、此処への攻撃も何れ激しくなるだろう。
彩に話を通す必要がある。シミズは頷き、ワシズに一旦護衛の全てを任せた。ワシズはワシズで突然のシミズの言葉に抗議するも、シミズはまるで意に介さずに飛んでいく。
何事もらしく行こう。それが一番の結果を持ってくることが出来るのだから。
デウスとしての戦いを展開しよう。今までの人間のような戦い方ではなく、人造生命としての戦い方で。
ビルの壁を駆け上がるシミズの顔は――これから人殺しをするとは思えない花が咲いた笑みだった。
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