第二百四十九話 休憩室の四方山話
日本は今や火種を多く抱えた火薬庫となっている。
その真実は広く日本人達に知られ、有識者を気取る者達の表情は常に青白い。一寸先は闇である現状において、今の彼等に逃げる場所は無いのだ。
これが大陸と地続きであれば決死の逃走を図れるであろうが、周りが海で囲まれている島国では歩いて別大陸に行くのは不可能だ。人間的な限界を超越すれば或いはと言えるものの、そのような技術を日本が開発していればデウスは必要ない。
この日本が未だ国として機能しているのはデウスという最終防壁があるからこそ。
それが無ければ法も倫理も無視した土地が生まれ、為政者は皆諸外国に逃げるだろう。政治家にとって一番大事なのは己だ。国の為に死ぬと言える人間など片手で数える程で、その程度の人員では国を回すことなど不可能である。
さて、そんな火薬庫である日本ではあるが、同時に世界を救う鍵を握る国でもある。
デウスの開発及び生産国であり、現時点で発覚している限りでは二名の覚醒者が判明。デウスの扱い方には批判が殺到しているものの、現段階で最も国土を解放していると言っても過言ではない。
この覚醒者の強さについて、一人のみは全世界に知れ渡っている。その強さを知らしめたのは北海道奪還の時で、世界中の為政者や軍人が彼女を求める切っ掛けとなった。
その強さの要因は不明。どれだけ日本軍に説明を要求したとしても、彼等は口を結んで絶対に口にはしない。
時には過剰なまでの援助を約束するとまで言い出した国があったものの、それでも彼等はその口を開くようなことをしなかった。
日本軍とて知れるものなら知りたい。
他国にそれを知らせないのは単純に侮られるのを避ける為であり、今もなお諸外国は日本軍が覚醒者の生産方法を秘匿していると憤慨している。
このまま進めば如何に重要な国であったとしても援助を打ち切りかねなかったが、それは今も起きてはいない。――理由は一重に、彼女が日本軍に在籍している訳ではないからだ。
彼女は日本の軍から抜け、一つの街に所属している。その街は全世界でも初の試みであるデウスと人間の共存を求めた街であり、彼女はそのトップに居る男に付き従っていた。
偵察に向かわせた諸外国からの報告によれば、彼女はその男に心の底から惚れている。それは下手をすれば害する者全てを灰人に変えてしまう程で、現に偵察部隊はその報告を残して全て死んでいた。
――――現状、彼の街と敵対関係となるのは避けるべきだ。
日本軍も件の街の心臓部分と深い関係ではない。協力を結んではいるものの、少し調べればその関係が薄氷の上であると誰でも解ってしまう。
デウスに対しては非常に寛容ではあるが、あの街は兎に角軍という組織に対して厳しい。
不用意な接触は総じて断られ、強行手段に出れば即座に潰される。軍を脱退したデウスを吸収し、膨れ上がった戦力は最早小国に匹敵する程だ。
彼等の士気も高く、故に勧誘しても断られるのは必然だろう。それよりも秘密裏に援助をするべきだと世界中の高官があの街に意識を向け、覚られない程度に物資を送っている。
「あちらは気付いていないでしょうが、現状は我々にも優位に動いていますね」
「世界の中心は何時もあそこってか。 大変だねぇ」
薄暗い部屋の中で、PM9とXMBが言葉を交わし合う。
二人が同じ部屋の中に居るのは偶然だ。偶々仕事が早めに終わったが故に休憩用に使っている部屋で休もうとしたところ、ばったりと出くわした。
PM9としてはXMBの相手をするのは苦手だったので部屋を出ようとしたが、その行動に件のXMBが待ったを掛けて現在の状況が出来上がっている。
XMBの話を聞けば聞く程、日本は危ういバランスの上で成り立っているのだと理解させられる。それも一つ一つが大きな火種状態であり、今もなお爆発していないのは圧倒的な武力が抑え付けている所為だ。
無言の脅しというにはあまりにも大胆。しかし明確に脅している訳ではない。
悪いのは先に攻撃を仕掛けた側であり、己はそれに対して適切な対応をするのみである。外交など一切無視した半ば強引な手法ではあるものの、現状は上手く回っていた。
秘密裏に街へと向けられた物資の数々を受け取るのは日本軍だ。受け取った物資は全て街へと行く筈であるが、そのまま外国の箱に入れた状態では直ぐに街に露見してしまう。
偽装を施さねばならず、それは日本軍の仕事だ。
中身を日本の箱に変えて街へ送ることになり、その手間賃として物資の一部を貰うことになっている。
中身は日用品や食料が殆ど。流石に武器を流すのは出来ず、基本となる部分のみに比重を置いて運んでいる。
その過程で更に日本側が加工しているのだが、それについては諸外国は知りえていない。
大量の物資を運ぶのも一苦労なのだ。一度他国に渡ったのであれば、後の処理はその国に任せる。そのスタンスは何処も変わらず、日本も同じだ。
故に何処かの部隊が運送中の物資をギンバエしたとしても、それを知る術は無い。良識に任せる部分が大半を占めている状態は、組織運営において健全とは言えないだろう。
「あの街が日本の生命線だと気付いているのは果たして何人居るでしょうかね。 首相は解っていらっしゃるようですが」
「接収せよ!って叫んでる政治家も居るそうだが、まぁそういう奴は何も解っちゃいないだろうよ。 ……だが、それは軍も同じだぜ? 未だにあの街に居る全てのデウスを回収せよって叫ぶ輩は一定数存在するんだからな」
「嘆かわしい話です。 閣下の指示に大人しく従っていれば良いものを……」
パイプ椅子に座っているXMBは頭痛をこらえるかのように額に手を当て、そんな姿にPM9は小さな笑い声を漏らす。
諸外国とて、本当は物資を送るような真似はしたくない。そうせねばならぬからこそしているだけであって、目的の彼女を回収すれば即座に物資輸送を終了するだろう。
海外からタダで物資を手に出来る現状は非常に良い。このままあの街を利用するだけ利用すれば、軍の備蓄状況も改善する。
XMBもあの街の存続に関しては賛成していた。共存という部分については一部意見があるものの、全体を見れば決して悪くはない。
利益が勝手に運ばれ、その物資の一部をどのように利用しても許される。ならば使わぬ手は無く、それを阻害するなど言語道断だ。
使えるものは何でも使う。そうせねば例え沖縄奪還で負けたとしても、戦いを続けることは出来ない。
「今のところは排除に動いてるんだろ?」
「ええ、あのような者達が居たところで意味などありませんからね。 内々で処理をしています。 御家族の方々には不慮の事故として通達していますので、よっぽど恨みを抱えていない限りは探ろうともしないでしょう」
「おお怖。 流石は元帥直属のデウスだ、やることが徹底されてる。 こういう奴は一番相手にしたくないよ」
PM9は満面の笑みを浮かべつつ、握っていた缶コーヒーを揺らす。
怖い怖いと言いながらも、少女の顔には一切の恐れが無い。それもその筈で、件の処理について十席に座る面々は当然理解していて、その上で黙認を決め込んでいる。
寧ろ参加する者すら居る状態だ。以前までであればデウスは人間に牙を剥けなかったが、今はそれも完全に排除されている。
相手が人間であれば彼等も逃げられただろうが、デウスが相手であれば成す術も無い。早々に狩られ、遺族に顔を見せてからさっさと火葬されるだけだ。
「組織において不要な部品は外すに限ります。 どうせ後釜など溢れる程に居るのですから、問題など無いでしょう」
「人の守護者とは思えない存在だぜ。 今のお前さん、何だか彩に近いよ」
「馬鹿言わないでください。 ――あのような怪物と似ているなんて、ぞっとしませんよ」
肩を竦め、XMBは部屋を出て行く。
何時の間にか休憩の時間は終わっていた。体内時計でそれを認識したPM9も、缶コーヒーの中身を一気に飲み干してゴミ箱に投げ捨てる。
仕事そのものは無い。作ろうと思えば幾らでも作れるが、そんなことは御免だ。
――そうだ、街に行ってみようか。
先程とはまた別の表情を浮かべ、PM9は足早に自身の基地へと向かい始めた。




