第二百四十八話 吉兆か凶兆か
世の中の全てにおいて、想像の外で物事は動く。
余人が考えること全ての思考を裏切り、時には残酷な結末を与えるのだ。幸福を握れた人間が現れようとも、その幸福は一時のままで終わることが多い。
切っ掛けはテレビに流れるニュース。複数の企業が様々な人間達のバッシングを受け、倒産の可能性を示唆する内容が専門家も交えた場で発表された。
直ぐに消える訳ではない。それに何かしら手を打てば回復可能性も十分にある。
それでも、大きな組織が消えるかもしれないという言葉に民衆は騒いだ。そうなった原因が彼等にもあるというのにと根本の原因である俺が胸の内で呟くが、実際に騒いでいるのは何も知らない本当の意味での一般人だろう。
情報が情報だ。
ニュースは情報を一部隠蔽するところがあり、俺に関する情報は全て削ぎ落されている。それは俺に対して配慮したからではなく、そうした方が盛り上がり易いからだ。
火種を用意すれば人々は勝手に意見を述べる。今の時代であれば簡単に自身の意見を口に出来てしまい、それが余計に今回の情報を盛り上げるのだ。
だが、炎上も過ぎれば問題となる。俺達に関する悪評を他者を怒らせる為にばら撒く光景もSNSを見ていれば散見され、まるでこの街在住かのようなコメントも無数に出ている。
そうなれば必然、企業に向いていた目が此方に向いてしまう。このような出来事で注目を浴びるのは甚だ不本意ではあるものの、一度明確に意識されてしまったら対策を考えねばならない。
「――各々やるべきことはあるかもしれませんが、今回の件について意見を募りたいのです。 どうかよろしくお願いします」
普段使いの会議室には実験参加中の春日やG11の姿がある。
主要メンバーが揃った現在の状況は慣れ親しんだものではあるが、全員の顔に笑みは無い。
和気藹々とした状況ではないので当たり前だ。しかし、こういった集まりでは出来る限り良い話ばかりをしたいものである。
この会議の求めるものは、極端に言えば炎上回避だ。
倒産するならしても構わないし、人々が求めれば勝手に新しい企業が生まれる。衰退というものはあるものの、そうなる程に日本はまだ絶望していない。
だが、悪い知らせの中から飛び火しては堪ったものではない。切っ掛けはただの個人意見ではあるが、それが何百人にまで膨れ上がれば無視は出来ないだろう。
「そもそも、あの動画を出さなきゃ良かったんじゃねぇか? あれを出した理由は解ってるけどよ……」
「あれを出さないと今も企業群がこの街に潜入するからな。 お前だって無限に侵入者が湧く状況は看過出来ないだろ?」
「そりゃそうだが、警告は送ったのかよ」
「あれだけ傭兵達を狩って警告も何もあるかよ。 一回目で止まればまだ良かったが、何回も繰り返すようであれば容赦するつもりは一切無い」
俺の行動は確かに過激だ。その点について一切の否定はしない。
だが、そうせねばならない程に相手は何も慮っていないのだ。その上で自分勝手な行動をしておいて、それに反撃されないなんて有り得ない。
温和な言葉ではないものの、街を守る為には他所を切り捨てる覚悟も必要だ。
それが企業であるならば、企業そのものを敵に回してでも街を守るのが俺である。一度は軍そのものを敵に回したような行動もしていたのだから、企業を相手にしない選択肢は無かった。
「春日殿。 どうやら今回の一件から警察による調査の手が入ったようで、随分と後ろ暗い情報も出たみたいですよ。 多くは賄賂ですが、脱税も起こしているようです」
「一部は軍と癒着しているのが十席同盟より送られました。 早めに潰さねば裏でデウスの売買が始まっていた可能性は否めません」
村中殿と彩の言葉に春日も閉口する。
並べれば並べる程に善良な企業とは無縁だ。元々デウスを頼らねばならない依頼など普通のものではない。国家が関与するものか軍関係のものでない限り、彼等が居なくても世の中は回る。
彼等でなければ安心出来ない程の不安となれば、軍の事務所にでも直接直談判するべきだ。実際に話を聞いてくれるかは兎も角として、正規の方法でなるべく問題は解決するべきだろう。
俺の今居る地位は正規の方法ではない。なので説得力という面では皆無に近く、どれだけ正論を放ったとしてもそのほぼ全てがブーメランとなって返って来る。
だから俺は彼等に対して真っ当な言葉を吐くつもりは無い。それを言うべきは面と向かい合った時のみであり、動画のような媒体であれば情報のみを流す。
「さて、少し脱線してしまいました。 私としましてはイメージアップを図るよりも放置を選択したく思います」
「皆が忘れ去るのを待つ、と?」
「現状、彼等が責める対象は企業群です。 我々に目が向けられているのも一時的なものですし、敢えて無視を決め込んで皆が気にしなくなるのを待つのも手だと思います」
炎上回避を考えるのがこの会議の主題ではある。
俺も何かしら行動に移した方が良いと思うが、それはそれとして敢えて耐えるという案もあると皆には理解してもらいたい。
勿論、この案は反対されることを念頭に置いた意見だ。俺だってそんな意見を言われれば何を考えているのかと返したくなるし、周りの目も困惑気味になるのも想像の範囲内ではある。
しかし、よくあることだ。炎上した際には沈黙を続け、一ヶ月か二ヶ月後に活動を再開するような者達は世の中にごまんと居る。
情報が溢れる世の中だからこその回避方法だ。酷く限定的な世界でもない限り、人が認識出来ない速度で情報が流れて記憶からも消えていく。
その旨を説明すると、一番に理解を示したのは村中殿だ。低く唸るように何度も頷き、何処か遠い場所へと視線を向けていた。
「私も傭兵家業をしていた頃に何度も出会いましたな……。 悪評塗れでも死んだことにして業界から一時的に隠れていた者が」
「やっぱりどこの業界でもその辺は一緒ですか」
「ええ。 一番は悪評を流されぬよう立ち回ることですが、例え悪評を流されたとしても業界を離れることで自身を守るのは常套手段ではあります。 尤も、覚えている者は覚えていますので然程我々には意味がありませんでしたが」
どれだけ長い間業界に居たのかは解らない。
だが、村中殿が声を掛けるような傭兵は総じて常識的だ。一部性格に難がある者も居たが、それでも致命的な結果を招くことは無かった。
見極めの精度が高過ぎる。きっと彼のような人間が頂点を取るべきなのだろうが、それを直接言ったとしても彼は何度でも断るだろう。
「ま、理解しているなら話は単純だ。 取り敢えず、無視は止めておけ。 どうせやるなら積極攻勢。 攻めて攻めて攻めまくる」
「具体的には?」
「此方の利点は明確だ。 デウスが居ること、何かを始めるには最適な土地であること、上に話を通し易いこと。 これらは他の街にはあまり無いし、あったとしても既に誰かがやっている」
春日は一般市民代表の側面がある。
その彼が椅子から立ち上がり、己の意見を口にした。それは公の場でないとしても、市民代表の言葉として皆の記憶に刻まることになる。
故に、彼も間違った言葉など一切使わない。使うのは、己の本音ただ一つ。
「街の復興は今の所軍任せだ。 何時かはその援助も消えるだろうが、そうなれば俺達が不足している部分が元に戻る。 人的不足に、技術的問題はなるべく早めに改善したい」
「つまり、人を呼ぶと?」
「そうだ、人は未開の地にロマンを求める。 例え世の中が不安でも」
堂々と断言するその口調には、確かな自信がある。
なればこそ、期待をするのが人の性だ。それに彼の言っている内容についても一定の理解が出来る。
次々と話を展開していく彼の説明を聞きつつ、その未来に頬を緩ませた。それを見ていたのは、恐らく彩だけだっただろう。




