第二百四十六話 双子としての機能
突入した部屋の内部は、驚く程何も手が付けられていなかった。
最初に用意されている冷蔵庫やエアコンなどはあれど、個性を認識する道具が一切存在しない。引っ越した際に見る何も無い空間と同じであり、唯一違うのはベッドが置かれていることくらいか。
そのベッドも何の主張も無い無機質な白い物。病院で見るような純白は、この場合あまり良いものではない。
そして、そのベッドに座った状態で虚空を見つめている二体のデウスが居た。
双方共に突撃した此方のことなどまるで意識せず、ただただ部屋の壁に目を向けている。その無機質さは稼働すらしていないようで、しかし機械的に瞬きをしている姿から起きているのは解っていた。
敵対の意志は無い。武器を携帯していることすらも過剰と言える程に彼女達は一切何もしようとしない。
困惑がX195と護衛のデウスに浮かぶ。
そこで何も反応しないのはどうしてかと思考を続け、結論を出せずにいる。彼等は生まれた時から感情を備えていたが故に、その喪失を経験していないのだ。
感情が消える時はシステムそのものが停止した時。ブラックボックスと繋がっている状態で起きるシステムの停止とは、即ち彼等の意識すらもダウンすることになる。
ならば彼等は感情が失われる感覚を抱けず、困惑を深めるのも道理。今この場で話し掛けられるのは、きっと俺だけだ。
護衛の二人を超えて、俺は彼女達に向かって足を踏み込む。X195は俺を止める声を漏らすが、今はそれを無視して一人の前に立つ。
壁との間に立ち、片方の少女と目を合わせた。
無理矢理に瞳は交差し、これで嫌でも彼女は俺を意識する筈だ。そう思っての行動だったのだが、交差している筈の視線は何故か交差しているとはまるで思えない。
俺の背後にある壁を見ているようで、別の場所を見ているかのようだ。少なくとも此方を認識していないのは確かであり、本部が捨てたのも納得だと内心頷いた。
他者に対する反応をしない。それによって無機質となっていき、感情を喪失させていく。そうなれば待っているのは停止しかないが、彼女達はまだ完全に停止に至っていない。
即ち、感情システムそのものは生きている。その部分を刺激すれば彼女達は反応を示し、此方に対して応答してくれるだろう。
だが、そのまま刺激しては不味い。無機質な状態から一気に感情を揺さぶれば、過剰な刺激となって暴走する可能性が生まれる。
「聞こえていたら、返事をしてくれないか」
問い掛けに対する答えは、小さなモーター音。
頼んで初めて彼女の首と頭は稼働し、此方に視線を向けた。冷たさを含んだ機械の瞳は黄色で、人間には出せない宝石の如き美しさを露にしている。
『はい、ご主人様。 ご命令をどうぞ』
喉を通って口から出てくる声音もまた美しい。だが、その美しさは酷く人工的だった。
無理矢理綺麗さを取り繕った声。機械的に完成されたソレは万人を魅了するかもしれないが、少なくとも俺にとっては強く違和感を残すことになった。
足りない。まったくもって、勿体ないまでに、今の彼女は不足している。
一度声を聞いて、そして実際に姿を見て、故に直感じみた結果が頭の中を駆け巡るのだ。今の彼女が元に戻るのは不可能であり、どれだけ補ったとしても周囲から浮いてしまうと。
客用に最初から備え付けられていた丸椅子を持って来て、もう一人の方にも声を掛けて同じ向きに座らせる。
もう一人の方もやはり恐ろしいまでの美声を持っていたが、心の琴線を揺さぶるまでにはいかない。
二人が同じ向きに座る。その対面に丸椅子を置いて俺は座るも、彼女達を見た瞬間に一つの疑問が浮かんだ。
「一個質問したいんだけど、随分と姿が似ているね?」
そうだ、彼女達は双子かのように似通っている。
ベッドに広がる程の長い金髪。黄色の瞳も同じ輝きを持ち、顔の造形も背格好まで同じだ。修理をしたとはいえ、そこまで似通うことは本来有り得ない。
考えられるのは、最初から二体で運用する存在だったのか。それとも、節約目的の為に同じボディに異なる人格データを入れたのか。
どちらせにせよ、これでは見間違う人間が出る。人間の双子ですら同じことが起きるのだから、見掛けを少しでも変えておくべきだ。
それをしないのは、最早それを考える思考すらないからか。
『我々は本来デュアルドライブの実験用として誕生しました。 容姿を同一とし、思考形態も限り無く同一とすることで連携効率の向上を狙ったのです』
「デュアルドライブ……御二人はそれについて何か知っていますか?」
「いえ、私達はそのような話を聞いた事は御座いません」
『本項は軍事機密としてロックが掛けられていました。 ですが、実験そのものは失敗に終わったことで停止と共にロックが解除されています。 更に実験機である我々はそのまま破棄とされ、先日まで廃棄所に放置されています』
「機密であるならばデータを削除すると思いますが?」
『通常ならばそうですが、研究所の博士の一人が自己判断でデータを残した模様です。 真意については一切解りません』
淡々と説明する二体。交互に質問に答え、その内容を細かく教えてくれた。
デュアルドライブ。その機能はこれまでの生活の中でも聞いた覚えが無い。機密とされている以上、やはり誰にも知られていないと思うべきか。
これについて詳しく探ろうとするならば、一度研究所と十席同盟に連絡を入れる必要がある。この機密がどれほどに重いかは不明であるものの、少なくとも簡単に片付く軽い物とは思ってはいけない。
何より、破棄を決定した人間に怒りを覚える。表向きは冷静さを保っているが、この話が終わった後に即座に行動に移すつもりだ。
先ずは彩に先日十席同盟で手にした機密の中にデュアルドライブに関するものがあるかどうかを教えてもらい、その上で現状は此方の味方に付いている研究所に連絡を入れる。
どうなるかは解らないが、また一つ軍と街との間に不和が生まれるのは間違いない。
軍はどれだけデウスを蔑ろにしてきたのだろうか。表層を触っても、深部を触っても、どちらも悲しい出来事しか残っていない。
喜びなど皆無な世界の中で暮らしていくのは、きっと地獄だった筈だ。
本能が無理矢理身体を動かし、自身に害しか与えない人間の為に化け物に向かって武器を振るう。例え勝利をしたとしてもデウスの境遇は何一つ変わらないだろうに、それでも根付いたプログラムの山が彼等を強制的に働かせるのだ。
思わず、二人を胸の中に抱き寄せる。彼女達はそれを特に何でもないように受け入れるが、それそのものが俺には悲しかった。
どうか幸せになってほしい。
厳しい日々の中で心を壊そうとも、まだこの二人は活動を停止させてはいないのだから。
「その博士は、きっと君達の事を心配したんだろう。 このままではあまりにも不憫だと、そう思って」
『理解不能。 デウスは幾らでも代えの効く存在です』
「軍の中ではそうなんだろうね。 ……でも、此処なら別だ」
彼女達にとってはデウスは代えの効く存在という認識だ。そして、それは一部を除いた世界の常識でもある。
軍も、為政者も、PMCも、彼等はデウスを道具と認識していた。
暫くの間彼女達を抱き締め、また来るとだけ残して部屋を退出する。先程とは異なる重苦しさに胸が痛くなる感覚を抱きつつ、手は何時の間にか小型端末のボタンを押していた。
小型端末に設定していたのは彩への通話だ。力が入り過ぎていたようで、知らず知らずの内に呼び出す形になってしまった。
彼女は非常に心配症だ。俺が単純に電話をする為に通信を繋げたのではないと覚れば、最短距離で此処まで来る。
――不意に、耳にエレベーターの到着音が響いた。
顔をそちらに向け、開かれた先から現れる人物に解っていても目を見張る。内心の焦りを押し隠すように現れた彼女は、俺を見つけた瞬間に走り始めた。




