第二百四十三話 壊れ物
日本が大騒ぎとなっている最中だが、この街は別の国かの如く平和だ。
決戦に向けた準備を進めてはいるものの、それ以外は基本的に街の機能を十全以上にさせるよう尽力している。
今はまだ街の復興を最重要視しているが、それが終わり次第防衛能力の向上や設置武器の設営など要塞化を進める予定だ。今後この街を拠点にする上で防衛力の更なる向上は必要不可欠であり、それが成し得るまではデウス達の警備は外にまで及ぶこととなる。
デウス部隊は他所から集まった者達を合わせ、既に五百以上。これに加えて以前R-1が言った者達を含めれば、更なる人数が集まることとなる。
軍の各基地と比較して遥かに量は上回り、質に関しては言わずもがな。優秀な教官が鬼のように彼等を鍛え上げ、最早一つの生き物のように動けるよう訓練されていた。
実験も今のところは異常が見受けられないらしい。彩曰く春日とG11の仲が深まっているとのことだが、その程度は此方の想像の範囲内だ。
そうでなければ開始した意味が無いし、完全とは言わないまでも無駄になってしまう。もしも失敗に終わりそうであれば忠告の一つ程度でもしてやろうかと考えていたが、杞憂に終わったようだ。
安心と思うべきか、存外奥手だと思うべきか。ゆっくりとした付き合いは必要ではあるものの、それも過ぎれば臆病者だと酷評されかねない。
取り敢えずは監視だけに専念するようにし、ヘリポートへと足を進める。
何時もは彩が傍に居るものの、本日傍に居るのはX195だ。家に帰れば何時でも彼女が出迎えてくれるのだが、今日は仕事として傍に居てもらっている。
戦闘とは無縁の仕事故に装備は護身程度に留め、彼女も普段着のままだ。
暖色系のフレアスカートにベージュのセーターを着込んだ姿に誰が仕事場に向かっているように見えるだろうか。彼女の表情にも微笑が浮かび、長い青髪は彼女の気持ちを表現するように揺れる。
会話は毎日していたものだが、二人きりとなる機会はあまり多くはない。家には何時も彩達が居るし、ワシズやシミズに至ってはチャンスがあれば即座に甘えてくる。
度が過ぎれば彩が引き剥がすのだが、そこは慣れている二人だ。度が過ぎる前に離脱し、その瞬間に艶めいた眼差しを送っている。
普段の動作の中に部屋へと誘う所作が紛れ、最早彼女達を子供だと断じるのは難しい。
「何時も何時も家に居てもらって悪いな。 もしも不満があれば遠慮無く言ってくれ」
「何を言いますか。 此処は絶望とは無縁の場所です。 確かに基地の仲間は誰も居ませんが、代わりに皆様という家族が居るのです。 それに、基地の仲間と連絡を取り合うことも許してくれました」
「情報を漏洩させなければ基本的にそこら辺はOKにしているからな。 寧ろそこまで遮断してしまったら外の連絡に支障が出る。 デウスにだって大切な人物が居るんだ。 その点は尊重しないと争いの元になるだろ?」
「ええ。 だから不満などありませんよ。 ――ですが、強いて言うのであれば」
他愛も無い会話の最中に、そっとX195が身体を俺に寄せる。
腕と腕を絡ませ、普段よりも密着する様は一種官能的だ。上目遣いで此方を見やる姿がまるで計算されているかのようで、実際に彼女は俺がそう思うのを演算しているのだろう。
「家に居る時はワシズさんとシミズさんに取られてしまいますから。 こういう時くらいは許してください」
「これくらいで良いなら構わないよ。 甘えてくれないよりは遥かに良い」
「……では、このまま暫く」
家での彼女は基本的に消極的だ。
やはり作為的な結婚であるからなのか、真摯に家事をしていても報酬を求めることは無い。滅私奉公と言えば聞こえは良いが、何も求めずにただ家事だけをする姿を他所の人間が見れば、奴隷か何かと勘繰るのも自然だろう。
彼女は裏表が無い、基本的に優しい性格の持ち主だ。だからこそ、甘えられる瞬間では甘えてもらっても別に構わないと俺は思っている。
他者を尊重するのは美徳ではあるが、それで己の我が出なくなるようでは駄目だ。
限度はあっても不足はいけない。家族相手であるならば、甘えるくらいは常識的だろう。
それに好意を向けられるというのは基本的に悪い気はしない。それもここまでとなれば、如何なる男性も心が揺らぐのではないだろうか。
そのままヘリポートの上で俺達はくっつき合う。監視の目はここまで届かないし、今は誰も来るような用事は存在しない。
ただただ互いの体温を感じ合いながら時折笑い合い、そして軽い雑談を交わしながらヘリを待った。
軍用のヘリは非常に目立つ。そもそもヘリそのものが目立つのだが、黒くて巨大なヘリはその中でも一際目を集め易い。
故に豆粒のような大きさでも捉えるのは簡単だ。暫くの間彼女の好意を受け止め続け、空の彼方より現れた黒い巨体を確認してからゆっくりと離れる。
寂し気な吐息が俺の耳を擽るものの、あんな姿を他所に見せるつもりはない。自身の内にある僅かな独占欲に苦笑しつつ、直陸を開始したヘリに手を振った。
それに反応したのか、ヘリのドアが開かれる。誰かが腕を振るっているようだが、顔までは遠過ぎてまるで見えない。
「すまないが、あれ誰だ?」
「R-1様ですね。 随分気分の良さそうな顔をしています」
「成程。 ま、確かにあちらにとっては気分が良いだろうな」
徐々に近付き、最終的にヘリは予定通りにヘリポートに着地する。
直ぐにR-1は飛び降り、此方に小走りで近寄る。その姿が遠足を楽しみにしている子供のように見えたのは、きっと見間違えだと思いたい。
R-1が此処に来るまでに要した時間は、僅か一週間。その間に各地に散らばっていた者達を全て回収し、そのままヘリに押し込んで此処にやって来たことになる。
随分と無茶な予定を立てたものだと聞いた時には感じたものだが、操縦桿の前で疲労困憊な姿を見せる操縦士を見るに随分と急かされたのだろう。
胸の中だけで同情の意を示し、R-1と握手を交わす。隣に居るX195とも握手を行い、先ずは結果について尋ねた。
「お疲れ様です。 どうなりましたか?」
「予定通りと言えば予定通りって感じだな。 最初から予定されていた人員を全て乗せることは出来た。 上からの許可ももぎ取ってこれたんだが……これ幸いと本部に居た連中まで押し付けられたよ」
「……もしや、かなり数が増えていますか」
「ああ。 しかも俺が連れてきた奴等よりも状態は酷い。 どうなりゃこうなるのか解らんくらいだ」
おい、とR-1がヘリに向かって声を大にして呼ぶ。
それに合わせ、蟻の行列のように複数のデウスが姿を現した。その姿は正に放置されたデウスと呼ぶに相応しく、X195が彼等の姿に眉を顰める。
申し訳程度に新品の軍服を着ているものの、四肢の破損や一部欠損している箇所が目立つ。
中には一部を食われたのか、半ば肩ごと消失しているデウスが居た。目には光があるものの、その目は所詮作り物。
漂う雰囲気は生者のものではない。何処までも何処までも沈み込むような絶望を背負い、彼等は半ば死体のような姿を晒していた。
「あそこの目が無い奴と下顎が無い奴が本部から送られた連中だ。 戦果が低く、一回の戦闘で身体の半分以上を交換する損傷ばかり負っていたようでな。 使えないと判断してゴミ捨て場付近に投げ捨てられていたよ」
「これは……意志の疎通は出来ているのですか?」
「そこら辺は何とかな。 口数は少ないが、あそこに居たにしてはまともな部類だ」
R-1の言葉を受け、ゆっくりと彼等に近寄る。
途端に彼等は怯えた素振りを見せるものの、件の二名だけは微動だにしていない。無感動で、無表情で――――既に己の生すらも諦めたような顔がそこにあるだけだ。
重症も重症。これを元に戻すのは大変だぞと思いながらも、先ずはR-1に頼んで全員を街の工場へと移動させるのだった。




