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人形狂想曲  作者: オーメル


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第二百四十二話 春日の華

 日々の生活に余裕が生まれるようになったのは一体何時からだろうか。

 春日は自身が淹れたコーヒーを片手に、実験用に与えられた部屋のリビングで一人思う。G11は春日が頼んだ物を買いに出かけており、帰ってくるまでは今少し時間が必要となるだろう。

 洗濯は済ませた。掃除もG11が率先して行動してくれたお蔭で春日が手間取ることも無い。彼女は料理がまったく出来ないものの、それ以外については一度教えてあげれば見事に学習してくれた。

 料理だけが、彼女はどうにも上手く出来ないのだ。それがある意味致命的ではある。

 そんな彼女の心配をしつつ、彼は少しばかり暇な時間の中を過去への想起に使っていた。一番最初は攻められた直後の出来事であり、その当時の彼は一般的な人間だ。

 

 正社員にはならず、アルバイトをしながら自身の趣味であるゲームに勤しむ。

 何時死んでもおかしくない状況だからこそ、彼は将来よりも今を取った。そこには僅かながらに世界に対する絶望があって、希望を感じることなど皆無だったのだ。

 惰性。正に彼の生活はその二文字で構成出来るもので、だからこそ襲撃が起きた直後は直ぐに死ぬだろうと確信していた。

 しかし現実では彼は生きていて、彼とは違う日々を懸命に生きる者が逆に死んでいる。

 意味が解らない。道理が通らないだろう。どれほど不条理であったとしても、諦めた人間を無条件で救ってくれる程の優しさを世界は持ち合わせていない。

 だというのに、世界は彼を生かした。どんなに街が破壊されても、人が死んでも、最終的には生きたまま泣き叫ぶ人間達と共にそこに立っていたのだ。

 

 本来ならば、彼もその一員に加わって助けを待ち続けるだけとなっていただろう。

 何も行動せず、何も考えず、ただただ救いの手が差し伸べられるのを待つだけの日々を暮らしていた。――――それが変化したのは、彼の目の前で今にも死にそうな子供が居たからだ。

 子供は火傷を負っていた。重度の物ではないものの、放置すれば感染症を併発して死に至る程の負傷を負っていたのである。

 傍には子供の母親が居て、泣き喚きながら助けを誰かに求めていた。

 実際に助けてくれる誰かなど居ないのに。藁に縋るが如く、母親は救世主が現れるのをただ願っていた。

 

 もしも子供が死ねば、母親は狂うだろう。世界は無情に命を奪うのだと泣き叫び、子供と同じ場所に向かわんと近くの刃物を握って首を切っていた筈だ。

 その未来が誰の目でも理解出来てしまい、当然彼も理解していた。

 火傷の子供を救うには崩壊した建物の中から薬品や冷水などを用意するしかない。それを全て回収するのは至難の業で、回収したとしても彼が自分で使う為に取っておくべきだった。

 だが、無意識で彼は足を走らせた。瓦礫の山に飛び込み、薬や水などを求めて無我夢中で行動していた。

 傷だらけになるのを厭わず、自分が瓦礫の崩壊によって死ぬのも構わず探し続け、その無謀な行為により全てを揃えることに成功したのである。

 

 泣き叫ぶ母親の前に立ち、彼は無言で薬と水を差しだした。

 それで助かるとは言い切れなくとも、彼は他の誰よりも救助を優先したのである。その時の母親が彼を見る目は救世主のようで、深い感謝をその身に刻んだ。

 ひたすらに感謝の意を示す母親を前に、彼は胸に確かな達成感を抱いたのを覚えている。自分でも誰かを救えるのだと思い、傷の痛みを感じながらも避難施設に指定されていた学校の体育館へと子供を抱えながら走った。

 結果的に、その子供は一命を取り留めたのである。火傷の痕は残りながらも容体は安定していき、その間に更に彼は救えるだけの人間を救ってきた。

 中には出来なかった人間も居たが、救えなかった人間よりも救えた人間の方が多かったのは事実である。だからこそ、新しい希望の種が現れた事実は彼の行動を加速させた。


「――ただいま帰りました。 ……春日さん?」


「……あ、ああ。 おかえり」


 過去に向けていた目が今に向けられる。買い物袋に入れられた商品を手にしているG11が春日を心配気に見つめ、その目に気にするなと笑って答えた。

 今は昔とは違う。住人の数も、街の状況も、戦力の全ても、以前より充実している。

 再度街が襲われたとして、もう二度目は有り得ない。必ず勝てると確信して、そうさせたのは間違いなくあの男なのだと胸に感謝が浮かび上がった。

 それを表に出すのは気恥ずかしいが、かといって感謝しないなど有り得ない。

 立ち上がり、商品袋を受け取って冷蔵庫に入れていく。食品関係を扱うのが彼である限り、冷蔵庫に触れて良いのも彼だけだ。

 

「今日は何の食べ物が良い?」


「商品を見る限り、お好み焼きではないのですか?」


「んー、冷蔵庫に余っている食材を使えば他にも出来るぞ」


 何の変哲もない会話だ。だがどうしてだろうか、彼女との会話は酷く自然なのである。

 デウスという存在が強大であるのはこれまでの歴史が証明している。彼もまた、初めて彩達に出会った際には味方になってくれた喜びよりも困惑の方が強かった。

 だが今は、信次が言っていることが解る。彼等は愛すべき隣人で、戦うだけではない存在だ。情緒に溢れる姿に人々が愛情を抱くのも自然であり、だからこそ恋愛関係が成り立つのも道理である。

 その道理に一早く気付いたのが信次だ。その結果として誰よりも高みに至り、周りを寄せ付けない圧倒的な強さの象徴としてこの街に君臨している。

 今の彼を殺害するのは不可能に近い。四六時中見守る者が居る状況下で暗殺を企てれば、即座に発見されて処刑されるだろう。

 春日としてもそんな人間を助けるつもりはない。彼の思想に染まるつもりはないが、デウスと人間の共存という目標は一緒なのだから。


「なら賞味期限の危ない食材から先に使ってしまいましょう。 私は何を出されても大丈夫ですから」


「別に不味い物を出すつもりは無いんだが……口に合わなかったのがあったか?」


「いえ、そういう訳ではなくて……」


 G11の口調に自然な疑問を感じて口に出し、彼女はそんな春日の言葉に慌てたように辺りを歩き出す。

 そんな様が仕事の時とは違い過ぎて春日は和んでしまうが、もしも本当に口に合わない料理があるのなら確り意見を聞かねばならない。

 しかし、G11にはそんなつもりはないのだ。彼の言葉は全て勘違いで、実際に彼女が思っているのは逆である。

 彼女にとって暖かい食事というのは初めてだった。軍に居た頃は何も食べず、街に付いてからの生活でもあまり食事を拘った覚えはない。

 だからこそ彼の出してくれた料理を食べた時に走った衝撃は忘れられず、今でもその衝撃が薄れることはなかった。

 

「――どんな料理も、私にとって最高ですから」


 春日が作ってくれた料理であるならば、どんな物でも最高だ。

 差など存在せず、故に順番など付けられない。頬を若干染めながらの発言に、春日も思わず彼女から視線を逸らしてしまった。

 直球も直球。下手な搦め手を使わずのストレートな好意の伝え方。その言葉に血が沸騰する感覚を春日は覚えつつ、同時に胸に暖かい風が流れ込む。

 今の自分は赤面しているだろう。顔を見られたくないと思いながらも、湧き上がる本音を抑えることが出来ない。

 言うべきなのだろうか。最早そんな思考すら関係無く、彼の口は勝手に言葉を紡いでいた。


「ああ、畜生。 こんなん好きにならない方がおかしいだろうが……」

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