第二百四十一話 互助取引
「かー! なんだこりゃ美味過ぎるじゃねぇか!!」
個室にR-1の驚嘆と歓喜の叫びが響き渡る。
幾ら個室とはいえ、その叫びでは隣にまで聞こえてしまうだろう。案の定店員から注意が飛んできたものの、R-1本人は無視して食事を続けている。
お蔭で此方が謝ることになってしまったが、彼のこの街に対する心象は間違いなく良くなった。
カツ丼に寿司に、焼肉にお好み焼き。全てが無造作に並んだ光景は混沌としていて、見るだけで俺の腹も早く食わせろと訴えている。
その訴えに応え、俺も早速寿司に手を伸ばす。少し前までは考えられなかったマグロの味は格別で、今の日本で寿司を食べられる事実を加味すると極上だ。
海中に居る生物も確かに怪物達の餌食になっていた筈なのに、一部の海域をある程度制圧した直後から逃げるように魚が流れ込んできた。
恐らくは海外から逃げてきた魚も存在しているだろう。
その証拠に報告用の写真の中には明らかに見た覚えの無い魚も存在し、さながら深海生物かの如き様相を見せていた。
今も海中内に存在する怪物達は殲滅中だ。海で繋がっている限り終わりは存在しないものの、怪物達にも本能は存在している。まったく同種の存在しない場所があれば、本能で感じ取るのだ。
此処は危険であると学習し、少なくともその種は別の海域へと逃げていく。それを連続で何度も繰り返せば、僅かであれども魚が獲れる海域の完成だ。
とはいえ、大型の怪物が出現するのは今も変わらない。頻度は多くないものの、今もデウスの護衛が居なければ満足に漁など行えもしなかった。
「軍に居る時ゃ、食い物なんざ皆無だったんだ。 味覚なんてもんがあるっていうのに兵士共が食ってるもんを俺達は食えなかった。 お前達には必要無いだろうって言葉で予算を削られた訳だ。 まぁ、効率で言えばその通りなんだけどよ」
「やはり食事が出来ないというのはデウスにとって不満が溜まるものでしたか?」
「いや、そもそも食事ってもんを知らない奴の方が多かった。 だから効率を追求しても構わなかったんだが……外に興味があった一部の連中の不満は凄まじかったのを覚えてるぜ」
食事を楽しみながらも、零れる不満には高密度の怨嗟が宿っている。
凝縮したような恨み辛みは言葉遣いのお蔭で粘度は無いが、しかし爆発させた際の威力は決して並ではあるまい。
彼は恐らく長い間戦ってきたデウスだ。経験も豊富で、その分良い面も悪い面も無数に見てきた者でもある。だからこそ改善されない現状に不満を抱き続けていたのだろうが、その不満の一部が今この瞬間に改善された。
仕事という建前が必要ではあるものの、此処に出向けば好きな物が食べられる。今回はカツ丼は無かったものの、次はある場所に出向けば問題は無いだろう。
「いやいや、よくぞここまで発展させてくれた。 此処は本当に天国だぜ。 比喩抜きでよ」
「正確にはウチのメンバーの一人がここまでやってくれたんですけどね。 私はずっとデウス周りを担当していただけですし」
「馬鹿言うんじゃねぇよ。 お前の行動は間違いなく周りを警戒させ続けた。 お前さん自身に自覚は無いだろうが、各所の基地に出向いていた情報は大企業側が大体掴んでいるもんだ。 デウスを味方に付けることが出来る人間が積極的に仲間集めを始めたとしたら、そりゃ解っている連中からしたら怖くてまともに手を出せねぇよ」
「……つまり、相手側が勝手に警戒してくれたからこそ発展はスムーズに続いたと?」
「じゃなきゃ、今頃は侵入者のオンパレードだ。 騒動を起こされ続けて街に傷を付け続ければ、如何にやる気があっても成し遂げられねぇもんだよ。 これは経験則な」
確かに、俺達はこれまで企業側の積極的な襲撃と呼べるものを経験していない。
今でこそ妨害行為を開始するようになった企業側ではあるものの、開始当初はまったくと言って良い程此方に手を出してこなかったのだ。
出してきたとしても、その全ては話のみ。デウスを道具としか見ない者達がデウスを商品として売ってほしいと願うだけで、奪って自主製作するまでは至っていなかった。
それがこれまでの活動に関与しているのであれば、やって良かったと思う他には無い。そして、これだけの規模となった以上は最早表立って彼等を手にするのは不可能に近い。
「だが、お前さんらはそれを成し遂げた。 まだまだ自分では発展途上と言うだろうが、世界的に見ればお前達の行動の結果は既に脅威的だ。 胸を張ってくれて良いんだぜ?」
「有難う御座います。 デウスに評価されたのであれば、私としても誇らしいですよ」
人間に認められても、デウスに認められねば俺の行動に意味は無い。
全てが水泡に帰すかどうかは彼等次第であり、故に是と返されたのがこの上無く嬉しい。この評価はR-1只一人だけの評価ではあるものの、影響力の強い人物からの評価だ。
彼の発言によって他のデウス達も興味を持って様子を見に来るのであれば、此方としても大変有難いものである。
有名人の発言力は何時だって大多数を動かす。
俺がそうしたのと同様に、彼もまた他者を動かす力を持っている。お互いに他者に影響を及ぼすからこそ、良好な関係を築いていかねばどこかで崩れ落ちてしまう。
今後も彼とは関係を重ねる必要がある。損得勘定を抜きにしても、彼との会話は非常に短くて済むので心地良い。
「で、だ。 良い飯をたらふく食わせてもらったところ悪いんだが、一つ頼まれちゃくれねぇか」
「――唐突ですね。 どんな内容ですか?」
互いに飯を食べ終え、満腹となった状態で茶を飲みつつR-1の頼み事に耳を傾ける。
余程の無茶でもない限り、彼の頼みは受けるつもりだ。普通はどんな依頼も受けないが、そこはやはり一種の特別措置である。
「各地の基地で戦闘続行が不可能なまま放置されているデウスが居る。 そいつらはまともな戦果を残せなかったが為に指揮官共に見捨てられ、稼働すら怪しい状況だ。 そいつらを引き取ってもらいたい」
「今は一人でも戦力が欲しい状況ではないですか。 そんな馬鹿な真似をする指揮官が居るのですか?」
「残念ながらって奴だ。 どんだけ切羽詰まっても結果を残さなきゃ見捨てられるもんだ。 戦闘の真っ最中であれば尚更役立たずは囮にでも使われて捨てられるだろうさ」
そんな連中達を引き取り、生活させること。
「それが俺の頼み事な訳だが、構わないか?」
彼等の物理的修復は容易だ。
どれだけの破損が起きているかは定かではないものの、コアに至るまで到達していなければ十分に復活が可能だ。
だが、彼等の精神部分が復活するかどうかまでは流石に解らない。その問題は彼等が解決すべきことで、俺達で出来るのは精々が場を整えるくらいだ。
引き取るのは構わない。例え戦力とならずとも、彼等が活躍する場所は他にも多くある。
故に了承すると、彼は破顔しながら何度も首を縦に振っていた。此処に来てから最も崩れた笑みであり、それだけ彼等について心配していたのだろう。
「運ぶのは任せておけ。 ヘリを数台用意して直接此処に送り込む」
「その前に破損個所と全員分のサイズを送ってくれませんか」
「OKだ。 後は軍も認めりゃ良いが、その分に関しては連中は何も言いはしないだろうさ。 寧ろ邪魔な物が消えたと大喜びだろうな」
「解りました。 此方も書類を用意しておきますね」
期せずして秘密裏な取引が起きてしまったが、この要求はどちらにとってもメリットがある。
最後に握手を交わし、俺達は何でもないように酒を飲み始めるのだった。




