第二十四話 Update
燃え上がる街の範囲が縮小を始めていく。
最初は全体にまで及んでいた街への被害が時間を経つごとに極小の範囲内にまで収まり始め、一部の箇所が激戦の状態へと変化している。一直線上に爆発が続き、噴き上がる白煙の量は森林火災でも起きているかのようだ。
しかし此処は街で、そして誰も水を掛ける者はいない。
加速度的に状態は悪化するのみで、この街を以前と同様の状態に戻すには莫大な資金が必要となるだろう。
此処を拠点とする者にとっては正に地獄のような出来事だ。それ故に避難者の中には絶望に染まった顔を浮かべる者も居て、これからの生活に何の活路も見出せないと急場凌ぎで用意にされたコンテナの中で蹲る。
国が助けてくれる事は無い。そもそも国家は戦争に注力してばかりで生活に対する保険が限りなく少ない。
良くて半年間の一時被災者金が出る程度だが、それだけで生活は不可能だ。どれだけの節約をしたとしてもまるで生きてはいけないだろう。
「……確保はどうなっている」
避難エリアとは別の場所にて、無数の大型テントが立っている。
内部にあるのは通信機器や地図といった所謂作戦指揮に必要な備品が存在し、更には内部の人数分の装備もあった。
折り畳み机に広がる地図を睨むのは一人の男――中田だ。彼が発端となった今回の件はそこに契約して参加している者にとっては突然の出来事であり、事前の説明も酷く簡単なものとなっていた。
ただ一つあった重要事項はデウスの確保のみ。それ以外に何をどうするのかまでは聞いておらず、結果的にこのように街を焼くとは誰もが想像していなかった。
此処で生活をしていた者にとってこの結果は最悪だ。反感を買うのも自然であり、にも関わらずそれを選んだのはやはりそれだけの魅力があったから。
デウスという単体最強の戦力の確保は確かに喉から手が出る程欲しいもので、美形が多いという事実に邪な感情を抱く者も居る。これだけの攻撃を仕掛けてでもpeace側からすればまだ足りない程だとも、一部の傭兵は考えていた。
その考え通り、中田の確認の言葉に返ったのは未だ確保出来ずという短い文面のみ。
戦闘可能時間が限られている中で現状何の成果も出せていないというのは、それだけで相手側の脅威を認識せざるをえなかった。
しかし、中田に苛立ちの顔は見えない。静かに、淡々と、戦力の一極集中だけを続けさせた。
デウスを確保する事がどれだけ難しい事であるかは中田自身理解している。そもそも確保の確率が低いのだから、それについては態々意見を重ねる必要は無い。
人間側が出来るのは戦力の集中による火力による突破のみ。それでさえ純粋なスペックだけで凌駕しかねないのがデウスだ。
「さて、どうなることか。せめて片側だけでも捕まえられれば良いのだが」
一方、事態の中心地たる彼等は相次ぐ攻撃の数々にルートを変更せざるをえなかった。
無数のマズルフラッシュ。鼻に叩き込まれる強烈な火薬の臭い。鼓膜を刺激する爆音の数々。常人がそこに居るだけで発狂しかねない場所において、唯一の人間である只野は未だ何とか平静を留めている。
だが体力が著しく削られているのは確かだ。呼吸は激しく、頭の巡りは少しずつ弱くなっている。
携帯端末を持つ手は最早無意識だ。これを手放せば完全にルートを決められなくなると掴み続け、もう片方の手にはハンドガンが握られている。
使い方は以前街へ向かう道の中で調べたので使えるが、命中精度はお察しだ。そもそも素人がいきなり撃てば最悪肩が外れかねない。もしも鉢合わせた場合に備えて彼は持っているだけで、それ以上の意味は無い。
無数に放たれる銃弾の雨の中を物陰に隠れながらやり過ごし、止んだ瞬間に男達の野太い悲鳴が上がった。
彼の居るビルの影とは別にして、彩及びシミズは縦横無尽に移動しながら対象を撃ち抜いていている。命中率は明らかに劣勢である筈なのに脅威の九割を維持し、未だ死体からの回収によって弾薬が尽きていない。
それでも二回はアサルトライフルが壊れた。今使っている物も何時壊れるかは解らず、現状を鑑みると一度壊れた場合次の物を出すまで多少のラグが生まれる。
しかし、そんな状況にも関わらず彼女達は健在そのもの。まるで銃弾の雨を恐れず、時には壁を使いつつも敵の殲滅に余念が無い。
相手に対して常に上を取るように一般家庭の屋根の上を移動し、一度飛び跳ねるごとに三人は射殺している。通常狙いを定める時間がある筈だが、そんなものは彼女達にとって一切関係無かった。
「右側は終わった。そちらは」
「は、左は増援が来ているので未だ終わってはおりません。狙撃手も来ているようです」
「ッチ、面倒な。ワシズの方はどうなっている」
「link通信によるとやはり鉢合わせる場合が多いようです。現状は撃破出来ていますが、これ以上増えた場合現段階の彼女では撃ち漏らす確率が増えます」
数は力だ。どれだけ無双の力を持つ個人でも数の暴力によって死んだケースは無数に存在する。
東西無双の力を単体で持つデウスであれ、数百人の規模に一斉に攻められれば敗北は必至だ。特に護衛をしなければならないのであれば、単純な戦闘行為とは別の行動をせねばならない。それを今のワシズが出来るかと聞かれれば、迷わず彩は否と述べるだろう。
故に現状、一点突破を狙う彼女達は不利だ。個人個人ではそれが出来ても、唯一の存在がそれを不可能にさせている。
しかし、それを彩は重荷には感じていない。寧ろ自身こそが彼を守れているのだと、高揚も僅かながらに感じている。ワシズでもシミズでもなく、己こそが主柱なのだと解っているのだ。
「ではシミズも一緒に護衛に回れ。私が突破口を作る」
「それは……」
「不可能だとは言わせんぞ。既存概念は私には通用しない」
断じるその言葉の強さ。断じて揺るがぬその狂気。
己こそが最強なのだと言わずとも伝えるその姿は、普段の彼女からはまるで見えないものだ。これこそが彩というデウスの本音なのかとシミズは目を見開き、同時に根源からは封じていた恐怖が湧きだしていた。
恐ろしい、恐ろしい、ただただ怖い。これがデウスとは思えず、ましてや人類の守護者にも思えない。
怪物だ。理性を保ちつつも特定の誰かを守る事を信条にした、極めて異常な存在である。
ただ、そんな怪物だからこそ頼りになるのもまた確か。揺るがず恐れない存在が切り込みをする様は、今この環境において非常に羨望すら覚えてしまいそうだ。
どうすればそうなれるのか――決まっているだろう。
移動しながら巡った思考は、しかし直ぐに結論に行きつく。そもそもそれ以外に理由らしい理由が存在しないのだから、それが正解だ。
壁を蹴りながら時折撃って彩の援護を行い、地面に着いた段階で今度はワシズ側の援護に向かう。
ビルの物陰に隠れている二名とは直ぐに合流を完了した。只野はシミズの出現に一瞬だけ不思議な顔をするも、直ぐに理解してすまないなと告げる。
「彩に言われたか」
「はい。今のワシズだと頼りないって」
「ぐ……否定は出来ない」
想像よりも砕けた口調に、少しだけ只野は口を笑みに変えた。
この子達も順調に街での一般市民の会話から変化を見せている。それが成長なのだと理解して、彼は幼子を相手にするかのように二人の頭を撫でる。
それぞれ突然の彼の行動に目を見開くものの、それは直ぐに嬉しさに変わった。何故ならそこには、確かな愛が感じられていたからである。
彼女達の居た研究所では一切見れなかった、人類が持つとされる愛が今目の前にあったのだ。
それがどれだけ麻薬的なものなのかを彼は知らない。誕生の親にすら酷く扱われていた彼女達が明確に愛されたらどうなるのかを、彼はまったくもって想定していなかったのだ。
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