第二百三十九話 実験の裏側で
俺達から積極的に干渉することは許されない。
同時に、俺達は常に彼等を監視することも出来ない。仕事は常に生まれ続け、全てを片付けた頃には夜になっている事が多くなっている。
とはいえ、彩達に監視を任せているので問題が起これば報告が入るようにはしているのだ。この街で現状、何か問題が起こるとは思えないが、想像だにしていない形で誰かが覚醒する可能性は十分にある。
それに対処出来るのは俺達だけ。具体的に言えば彩や、彼女の戦闘を見ていたワシズやシミズだけだ。
今日も復興の状況や皆の意見が集まっている。その全てを春日の部下達と捌き、次にこの街以外の場所から舞い込む手紙や人の対処を行う。
街の外から舞い込む情報の数々は、基本的に助力を求めるものばかりだ。
街の警備、重要人物の護衛、果ては暗殺に秘密裏の物資輸送。表から直接頼まれることもあれば、裏から別の誰かを経由して送られることもある。
基本的に悪事にデウス達を使うことを良しとしない俺としては、そのような手紙の数々は常に処分している状態だ。村中殿の元にも依頼と呼ぶべき手紙が届くこともあり、日々頭を悩ませていた。
デウスは人間にとって都合の良い道具などではない。それを如何に手紙や人々に力説しようとも、権力や力を手にした人間からすればデウスは都合の良い道具としか見えないのだろう。
故に、完全に中立としての状態を保つしかない。表からの依頼も、裏からの依頼も、全てを無視するより他に方法が無い。
そうなれば大企業の上層部は同じことを考える筈だ。
相手は所詮、何の力も無かった人間の集まり。デウスの大部隊は恐ろしいが、人混みに紛れながら接近して誘拐することは不可能ではないだろうと。
実験を行いながら、今日もG11の代理のデウスが個人的なルートで俺に手紙を届ける。
書かれている内容は短く、人数と会社名だけだ。個人情報は一切記載されてはおらず、確認した直後にシュレッダーで細切れにした。
今この瞬間にも、人々は己の欲を満たす為に行動を起こしている。この街は誰の目から見ても楽園のような状況であり、その恵みを手にしようと必死だ。
手紙に書かれているのは誘拐の為に企業が動かしたPMCの部隊。企業お抱えの部隊は一つとて無く、損害を被ったのはPMC側だけだ。
無論、少なくない金銭を企業側は支払っただろう。だが、自身の企業生命と比較すれば微々たる被害だ。
そんな連中が完全に入り込む前に殆どは捕縛したが、中には侵入を許してしまった者達も居る。
そんな連中は総じて身を隠すのが得意で、人間の目では簡単には判別を付けられない。それ故にデウスの視認能力が必要不可欠であり、彼等が全力を出した時には全ての人員が捕縛させられた。
既に街側の正式なものとして各PMCには抗議文を送っている。彼等は依頼された側である以上、依頼者側の情報は出さないかもしれないが、そんなことは想定の範囲内。
必要なのは抗議を送った事実と、此方の設備が以前とは桁違いなまでに潤沢であることだ。
世の中がどれだけ衰退を見せたとしても、情報化社会を維持し続けている。今もネットは生き続け、人々は情報の海から欲しいものを探す毎日を送っていた。
「――信次様。 先程投稿した動画が異常な伸びを見せています」
「そうですか。 コメントもかなりの数に上っているのでは?」
「はい。 多数の意見や幼稚な言葉が入り乱れて混沌としております」
ネット環境は既に構築が終わっている。ならば、此方から各種情報を流してやるのも難しい話ではない。
ただし、情報の出処は解らないように。仮に解ってしまったとしても、確証が無い時点で俺だとは誰も言い出せはしないだろう。
ネットの世界は嘘の情報が多くある。俺の存在も嘘として流され、後に残るのは一本の動画と後に投稿する予定の動画だけ。
そこには捕まった無数のPMC所属の兵士達と、彼等の行ったことを説明するデウスが一人居る。
これを見て人々はどのような行動を起こすのかは、想像に難くはあるまい。この為になるべく殺さないよう尽力させ、果てには元の会社に戻させたのだから――非難の矛先が何処に向くかは明確である。
試しにと大企業の株価を見てみれば、見事なまでに下降の一言。いっそ笑ってしまうくらいの大暴落振りには、これまでの民衆の不安も混ざっているに違いない。
「既に各企業の関係者から謝罪を行いたいと連絡が来ておりますが、如何なさいますか?」
「全て丁重にお断りを。 己の欲に任せて行動したのだから、それ相応の対価は払ってもらいます」
かしこまりました。
その言葉を春日の部下が告げ、静かに退室していく。彼は物静かな性格で、他者と仲良くすることを酷く苦手としていた。
基本的に丁寧語ばかりで、崩して話せる人間は最初期の復興メンバーだけ。他からの移住者に対する目は思いの外厳しく、故に俺の言葉に僅かに口角を吊り上げていた。
街を荒らす人間を許すつもりはない。その意志を感じ取れるからこそ、春日も信頼して部下として雇用しているのだろう。
その彼からの報告だ。信じない理由は無いし、実際に俺も目にしている。
出演をお願いしたデウスも快く参加してくれた。その分の給金についても確り払っている。――ただし、これを出せば絶対に黙っていない勢力が存在している。
「これで彼等の生活を見る時間が少しは確保出来る――な訳無いよなぁ……」
呟いて、自身の端末を見る。
そこには複数人からのメール。その全てが軍からのもので、詳しい話を聞きたがっているのが文脈から強く伝わってくる。
街の動向については軍も注目しているのだ。基本的に利害が一致している関係で彼等は俺の味方をしてくれるものの、文句の一つくらいは言われてもおかしくはない。
何事も全て裏で終わらせるのが大人のやり方だ。告発するのは余程の被害を受けた場合か、必要に迫られた場合のみで、少なくとも街が受けた被害は決して公表するレベルではなかった。
だが、此処は大事な土地だ。彼等の悪行を裏で謝罪させるだけでは同じ事を繰り返す。
不穏な芽は潰さねばならない。相手が大企業であっても、その点だけは絶対に譲れないのだ。一度軍を揺らしたからこそ、遠慮をする訳にはいかない。
「……うわ、電話だ。 しかも相手はあそこかぁ」
遂に痺れを切らしたのか、メールではなく通話がやって来る。
相手は十席同盟。誰か個人ではなく、十席同盟という団体そのものが保有する正式な番号からだ。それがやってくる時点で私用などではないのは解っているし、だからこそ気落ちもする。
出来れば出たくないが、出なければ今度は直接此方に来るだろう。軍と俺の接触は周りに余計な波紋を発生させる。
通話ボタンを押し、少し耳から離してもしもしと告げた。
『おいッ! いきなり何やってんだ!!』
「その声はPM9か」
『冷静に話してるんじゃない! お前、自分が何をしたのか解っているのか!?』
解っている。ただでさえ不安な情勢の中に更に危険な爆薬を投げ込んだ。
ただでさえ諸外国から日本軍は信用されていない。この上日本企業の信用すら失えば、経済的な打撃は無視出来ないものとなる。
信用を築くのは大変だが、失うのは一瞬だ。今回で株価が落下した通り、彼等の信用が低下していくのは目に見えていくことだろう。
そうなれば、資源についても問題が出る。輸入に頼っている現状、彼等の機嫌を損ねるようであれば幾ら優遇する必要がある日本であっても切るかもしれない。
「お前の言いたいことは解っている。 だが、あれらは一掃する必要のあった者ばかりだ。 軍でやったことと一緒だよ」
『一緒で済むものか。 確かにこれで屑は排斥されるかもしれないが、経済的損失は莫大だ。 日本を死体だらけにするつもりか』
「……それでお前達の事を友として想える人間が増えるのなら、容赦はしない」
人類の敵となるつもりは毛頭無い。ただ、理解してほしいのだ。
「お前達が道具のように扱われるのは勘弁だ。 皆が皆、日常を過ごせる存在として隣を歩いてほしい」
そうなってくれれば、俺は何もしないし門も開ける。
断言する俺に、電話先のPM9は暫く何も発しはしなかった。




