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人形狂想曲  作者: オーメル


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第二十三話 炎上

 窓ガラスに罅が走っている七階建てのビルに火が噴出した。

 同時に周囲には爆発音が響き渡り、その音を聞いた者達は一瞬の静寂の後に荷物を投げ捨てて逃げ出し始める。

 続いてビルを中心とした一㎞範囲内の建物から火の手が上がり、その場は一気に紅蓮に染まった。当然その直後に近くに居た人間は焼け死に、爆発の衝撃によって五体が無くなった者もまた死んだ。

 道路を埋め尽くす死体の数は嘗ての大虐殺に比べれば少ないものの、それでも虐殺の域にまで至っている。

 駆け出した警官は必死になって避難誘導に努めるも、その声はまるで市民には届かなかった。寧ろ路上で停止した警官は市民からすれば障害物でしかなく、衝突し転げた身体を散々に踏み続けられた。

 その果てに死んだ警官も数多い。最早この流れを止められる者は無く、故にその騒ぎが直ぐに軍にも届くだろう。


「畜生……行動が早いッ」


「最初から用意していた可能性がありますッ!直ぐに街から離れましょう!!」


 爆発に次ぐ爆発。遠くでは銃撃音も聞こえ、これが中田の仕業であるのは確定だ。

 他に理由らしき理由は思いつかず、そもそもこんな場所で大規模な出来事を起こす必要性も薄い。

 故に考えられるのはデウスの奪取。この騒ぎ自体は場を混沌に落とす以外に理由は存在しない。それが解ってしまうからこそ、四名は最速で街からの避難の為に足を動かす。

 人類の守護者としてこの騒ぎは鎮圧すべきなのだろう。しかし、彩にとっての最優先は赤の他人ではない。

 人の闇に触れ、人の悪意に襲われ、彼女は彼女にとっての選択肢を獲得した。その果てに単なる守護者を止め、彼女は彼女なりの優先順位を作り上げた。

 彼女は最早、造られた当初の自分には戻れない。一度でも隣で必死な彼の姿を見てしまえば、どうしようもなく昔を嫌悪してしまうのだ。


 それをまだ幼いデウスは知らない。塗り替えられる衝撃を、真の選択肢が生まれる瞬間を、二人の子共は知らない。

 だが知らないままにそれは変わっていくだろう。何せ二人の根幹にあるルールは最初期のデウスよりも綺麗なものではない。例え綺麗なままであろうとも、そのルールは製造者達によって簡単に書き換えられてしまう。

 即ち、特定の誰かを守れと。条件に合致する者を守れと。

 その条件は未だ、彼女達の中で明確には無い。それを定義する前に二人は外に出る事になってしまったのだから。

 決めるのは二人だ。だから、子供達は無表情の顔の裏で必死に定義している。

 

「裏路地に潜り込め!そこからなら彩が全力を出しても目撃者は少なくて済む!!」


「了解!!」


「ワシズ、シミズも下手に遠慮をする必要は無い!武器を持ってる連中は全員投げ飛ばせ!!」


『了解』


 ふと二人はそれぞれ彩と只野を見る。

 二名は必死の形相で携帯端末と周辺を睨みつけていた。何処かで人の洪水が発生していればルート変更を行い、飛び越えられるなら彩の力で飛び越える。己達は自力で飛び越えられると軽く力を入れるだけでトラックを超え、容易に二人に追いつく事が出来た。

 それを見て、只野は複雑な顔を不意に浮かべる。何か不手際があったのかと二人の胸に不安の二文字が去来するも、何処かから彩に向かって放たれた銃弾にその感情を吹き飛ばす。

 彩だけならば態々向かう必要は無い。しかし隣に只野が居るのであれば命中の懸念は残る。

 撃ち漏らしは全て二人が落とすと決め、通常駆動よりも速く足を動かす。その様はまるで人がいきなりチーターになったかの如く、異常な上がり方だった。


「効くものか」


 だが、一度スイッチの入った彩の方が単純な技量は上だ。

 相手の弾頭は全て見えている。進行方向も全て再現を完了させ、相手の目的が彩と只野という事も判明した。

 彩だけを狙うのならば彼女はまだ完全にスイッチは入らない。そこに僅かばかりの良心が残され、少なくとも容赦の字だけは残る戦い方を選ぶ。

 しかし相手側は一回目から只野も目標とした。それは彩の新たな生きる目的を破壊するモノであり、故にその時点で彼女は相手側に容赦をする必要性を排除したのだ。

 肌の損傷を防ぐ為に手は刀の如く揃え、銃弾の軌跡を真上や真下から両断するように払う。

 

「相手は私と只野様を狙いました。ワシズとシミズはどうやら狙っていないようです」


「とくれば、やっぱりこの襲撃の目的はこの子達で確定だな」


「向こう側があまり傷を付けたくないのでしょう。だからこそ、命令を下せる立ち位置の貴方様と私が狙われる」


「ッチ、嫌な話だなッ」


 只野は嫌悪感を隠しもしない。そしてその顔を見て彩も眉を寄せる。

 二人の身体はなるべく傷付けないのだろう。その方が修理に掛かる材料も資金も安くなるのだから。

 あまりにも露骨に見える裏側に人間の悪意を再認識し、罵倒を吐きたくなる思いだ。彩はそんな彼の思いが解ってしまうから、そう考えさせてしまう存在に憎悪を抱く。

 デウスが胸の抱いてはならない感情が火を噴き、憤怒がAIを狂わせる。そこにあるのは只野を頂点とした絶対的な優先順位と、過剰なまでの忠誠と愛だ。

 

「ワシズ、シミズ!お前達は只野様の守護を果たせ。お前達自身が狙われている以上、攻撃が集中されるのは只野様だ!!」


「解りました!」


「優先命令を果たします」


 現状、このまま裏路地で逃げ回ってもどうしようも無い。

 既に人の波によって大部分の道が使用出来なくなった。そしてこの裏路地にも今を生きる者達は居る。

 彼等は悲観をしつつも、それでも生きたいと願う者達だ。その数は決して少なくは無い。

 そちらも逃げに徹していたとすれば、使えるルートは更に限られてくるだろう。ならばこそ、敵が布陣する場所こそが最も短い道となる。

 只野との並走を止め、そのまま加速。基本スペックに忠実に、嘗て戦場に立っていた頃と同等の強さでもって銃弾の雨を潜り抜ける。

 三百六十度。あらゆる角度からの攻撃を全て知覚し、搭載された内部演算機能が全銃弾の行きつく先を確定させる。

 それは絶対の未来予知。跳弾も想定に入った彩の動きは勢いを落とさず、そのまま撃ち続ける一人の男の顔面に拳を叩き付けた。

 

 肉の潰れる不快な音を彩の耳は捉え、しかしそこで止まりはしない。

 隣で悲鳴を上げるもう一人の男に向かって死体から奪った銃を向ける。放たれた弾丸は正確に逃げる男の頭を貫き、そのままもう一体の死体を生産するだけとなった。

 敵陣をそのまま突破するとして、現状の敵の総数が不明なままだ。正確に判明していれば節約の範囲も定まるのだが、こうも何のサポートも無い状態では常に節約は必須。

 デウス用の装備は使わず、相手側の装備で全て解決するのが合理的だ。弾薬節約は後々になって影響するのだから、やらない手は無いだろう。

 

 拾った銃の種類は統一されている。弾薬も全て同じであり、手榴弾も四つ回収した。

 近場ではやはり銃撃音が鳴っている。先の攻防に相手が直ぐに気付くかどうかによって回される人員も変化するだろう。――であれば、こんな場所に何時までも居ては逆に危険だ。

 戦闘用の装備に身を包み、銃は基本的に奪った者を使用。それで只野達と歩調を合わせて走る。

 

「敵の居る位置が恐らくもう四方八方だ。正直このまま遠回りをし続けたとしても敵との戦闘は避けられそうにない」


「ならやはり突破しかないですね。此処を一直線に進んだとして、何処に到達しますか?」


「何処に到達よりも、先ずはこの街から離れる事を最優先にしよう。突破した場所によっては軍と鉢合わせる可能性も無いではないが、迷うよりも今は動くべきだ」


「では突破を最優先とし、その後にルート修正でいきます」


「それで頼む。……皆には世話になるけどな」


 互いに頷き、彩は死体の一つから奪ったARを一丁ワシズに投げ渡した。

 弾薬も同様に投げ、ワシズは危なげなく全て受け取る。最初から入っている分の弾数をマガジンを引き抜いて確認し、それを主装備として先程購入した服から戦闘用の最初の服に変えた。

 シミズには装備が渡っていないものの、そもそも数が数だ。どれだけ相手が多くとも、デウスが三人居る時点で怪物が居なければほぼほぼ勝利は揺るがない。

 只野としては現状に未だ拒否感はあるものの、そうも言っていられないとも認識している。このまま自身の我儘を貫くだけでは彩に余計な負担が乗るだけだ。

 

 只野自身もリュックサックに隠していたハンドガンを手に持ち、周辺警戒に努める。センサー類を持っていない分彼の役割はあまりにも薄いが、それでもやらないよりはマシだ。

 シミズも現在の状況から相手の総数が不明であるのは理解している。彩がワシズに銃を渡したのも単に節約の為であり、このまま進む過程で更に武器を入手したらシミズにも行き渡るだろう。

 それまでは自身の武器を使う事も想定するが、しかしやはり人間が敵であるという事実にAIはエラーを吐き出している。

 停止。停止。停止。

 脳内を流れるそのワードは、されどまだ絶対の強制力を持っている訳では無い。彼女がそうしたいと思わない限り、その機能が発揮される事はないだろう。

 今はまだ、シミズはそこで踏み止まれているのだ。思考停止をしない限り、デウスが止まる事は無い。


「前方距離百から五百に掛けて数三十ッ。速度は只野様を基準としろ!!」


 走り始めて早十分。長いとも短いとも感じる時間の中で、本格的な戦いが始まった。 

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