第二百二十六話 託せる誰か
滞在期間は短い。それだけ長居をするつもりが無かったのだから当然だが、こんな形で滞在期間を利用する予定は俺の中には皆無だった。
個性を獲得するということは何も良い事ばかりではない。それを俺に教えてくれたV1995には多少なり感謝があるものの、実際に話し合いを停止させてしまっては折角の個性が無駄となる。
俺は彼に一度襲撃されると予想した。彩には断定で告げたが、本音で言えば彼が襲い掛かる可能性は低い。
他の十席同盟に止められることは勿論、散々に此方は彼の根底を揺さぶった。僅かでも理性が残っている今の状態であれば彼も温和な結論を導き出してくれるかもしれない。
若さに任せた行動は勢いがあるが、その所為で背後を見れないのであれば十席同盟の資格無しだ。
他の面々も各地の基地に赴いて説得をしている中で、大事な部分を破壊するような真似は軍としても断固認められるものではないだろう。
あの場にはXMB333が居た。元帥殿に話が及べば、彼の身の安全も危険だ。
出来ることならば獲得した自我を前向きに活用してほしい。そう願ってはみるものの、実際にそれが叶うかどうかは本人次第だ。
SAS-1が彩に通話を繋ぎ、俺達が宿泊する部屋への道を案内する。
施設管理は彼女の仕事だそうで、俺にも聞こえるようにオープン通話で話すSAS-1に淀みは無い。
何処に何があるのかや緊急時の脱出経路等も教えてもらい、士官用の部屋で俺と彩は一先ず二つ分の椅子に座った。
「あー、疲れた。 真面目な会話は慣れんな、本当に」
「お疲れ様でした。 この後はどうなさいますか?」
「基本的に外に出るのは許されてはいないから、都度許可を貰いつつ施設探索といったところか。 隠し事をしているとは思いたくないが、何があるか解らないしな」
「でしたら私が調べておきましょうか。 幾ら警戒されようとも今の私に意味はありませんから」
二人きりとなった空間で話すにしては些か風情に欠けるが、それが俺達には似合っている。
彼女の意見に俺は頼み、早速彼女は自身の内部から溜め込まれた屑鉄を掌に呼び出す。何かを変えるには相応の対価が必要となるが、その対価と呼ばれるものは決して平等ではない。
塵を破壊兵器に変えてしまう不条理を成すのが彼女の力で、それ故に事前に溜め込んでおいた屑鉄の一部を開放して別の形にするなど造作も無い。
必要なのは他者に存在を認識されないこと。そして、迅速に情報を届ける足の速さだ。
屑鉄が異音を立てながら姿を変えていき、徐々に徐々にとその面積を縮小させていく。
時間にして僅か一分程度だろうか。掌の上には一体の鋼の蜘蛛が存在し、命令を待つように此方を見上げていた。
「典型的ではありますが、虫を採用しました。 光学迷彩に電波干渉を受けない身体を作り、情報はリアルタイムで私に届きます。 同時に途中で命令を変えることも可能ですので、何か他に調べたい内容があれば私に言ってください」
「有難い。 一先ずは精微なマップの作成をしつつ、機密情報を漁るぞ」
「では五体程度放っておきます」
屑鉄を更に取り出し、同じ蜘蛛を追加で四体作成して扉の外に放つ。
これで蜘蛛は隠れながらマップを作り上げていき、同時に記録媒体にアクセスして情報を直接彩に送りつける。
取捨選択をするのは彩であるが、あまりに膨大となれば幾ら彼女でも動作に支障が出るだろう。
なので選択する情報を絞り、それ以外については全て無視する方針で進めた。これでも少々の不安があるものの、直ぐに支障が出ることは無い。
デウス用の組織であるとはいえ、軍に組み込まれている一部である限り完全な信用は難しい。
今は一先ず信じているという形で収まっている。それも薄氷の上での話であり、今回の出来事で呆気無く薄氷が崩れて水の泡になってしまっては争いは避けられない。
その為にも軍の機密情報は武器となる。脅迫材料は多ければ多い程に俺達に有利だ。此方の隠し事が基本的に彩の根幹である以上、露見する確率は限りなく低い。
どうしても軍は不利となる。信用回復を第一とする行動を取らねばならず、それでは今後の飛躍は難しくなるだろう。
展望を予想するのは半ば癖となった。未来を見据えた行動を常に考えねばならない現在は非常にやり辛く、少し前の自由だった頃が戻りたくなる。
それでも、一度選んだ道だ。決めた以上は進むのみと再認識し、彩に頼んでPM9に通話を繋げてもらう。
『突然どうしたんだよ。 こっちはあの子供にどんな教育をするべきかって考えているんだよ』
「迷惑を掛けたと思っている。 だが、そちらも彼をそのままにするのは本意ではないだろう? ――これからの時代に彼のような直情的なだけのデウスは生きていられない」
『……解ってるよ。 お前さんが活動を大きくしてから、世情は随分変わっちまった。 元に戻るってのはもう二度と無いだろうな』
「そうだろうな。 デウスに対する世間の認識も様変わりだ。 暴動が起きていないのが奇跡的なくらいに穏やかなもんだよ」
『武器が無いだけさ。 デウスに対抗出来るだけの手段を他の企業組が開発でもすれば、日本でも珍しい大暴動の開始だよ――で、要件は世間話をするだけか?』
久々のPM9との世間話は、随分と変化を感じるものだった。
暴力的な思想は鳴りを潜め、何処か知的な雰囲気を感じる彼女の思考に容姿とのミスマッチを覚えてしまう。此方に向かってさっさと本題を求めるのも、彼女らしさとは別だった。
正しく十席同盟のデウス。その在り方を体現する彼女に、成長とは身体と共に進むものではないのだと当たり前の事実を教えてくれた。
そんな彼女だからこそ、これからの道を進むデウスとして適していると言える。
何かを俺達が変えるのは既に確定だ。それは勝利によって彩られる未来かもしれないし、敗北によって脱色される未来かもしれない。
勝利が確約されているのなら此処で話をするつもりは無かった。だが、実際は一度この世界は敗北を刻んでいる。
故に、負けた後の出来事について任せられる人物が必要だ。俺も彩も居ない世界において、対抗出来るのは最早十席同盟の誰かだけだろう。
「少し備えをしたいんだ。 今回の戦いが日本の未来を左右する以上、出来る限りの手は打っておきたい」
『……それは軍とは関係無く、か?』
「話が解るな。 この話は少人数だけの胸に留めておいてくれ。 使わずのままなら回収するし、使うのであれば人選をしておきたい」
未来の出来事を教えるつもりは毛頭無い。
だが、どのような方法で未来の彩が過去に移動したのかが不明な限り、この備えは決して無駄にはならない。
俺の提案にPM9は即座に真意に辿り着き、同時に溜息を零した。
仕事が増えると愚痴を吐きつつも通話を切る気配は無く、そのまま続きを促す無言が起きるばかり。
その姿勢が有難かった。実際に行うか行わないかは兎も角、無闇矢鱈と遮る真似をしない上司は部下からは好印象に映る。
それに十席同盟の中では最も関係が長い。俺の真意も汲み取ってくれるあたり、彼女であれば本当に全てを秘密にしておいてくれるだろう。
だから、本当に託せるのだ。もしもの可能性は常に道端に転がっているのだから。
「今回の滞在が終わってから沖縄近辺に幾つかの武器を隠しておく。 それは本当に状況が悪くなった時に使ってくれ。 俺が彩に頼んで作ってもらう兵装だ。 決して期待を裏切ることは無い」
『数はどうする。 一つや二つ程度で改善するとはお前も思っちゃいないだろう?』
「ああ。 だから残りの時間を全て使って準備を進める」
レールは二つ敷かれている。
そのどちらに転んでも、せめて日本の勝利は掴みたい。その為にも僅かに信用出来る人物全員を動員して準備を進める予定だ。
出来れば使われないまま終われば良い。その想いを胸に秘めつつ、頭の片隅で組み上げていた公開メンバーをPM9に告げていった。




