第二百十八話 超越の意味
『君が今回出会った子達は皆、初めての出会いだったよ』
「やはり……」
映像に映る一人ずつの男女。
その姿は最初期の二人で、しかし最後までその二人だけで駆け抜けている。
周りの護衛役は誰も居らず、映像によっては途中でどちらかが死ぬ事もあった。それでも他の誰かが加わる気配も無く、二人は二人のまま日々を過ごしていたのだ。
時には肌を重ね、時には互いに歪な愛のみを与え合い、各々の映像は異なる軌跡を描いて途中で終わる。
平和だった世界はそこには無い。さながら一つの物語となっている歴史は戦闘の連続で、映像によっては彩が満足に戦えない状態で只野が戦う場面も存在していた。
異なる世界線の映像に映る自身の姿を見て、彼女は心底から己を侮蔑する。
テレビの台数は三百を超え、千には届かない程度。日数も最長で二年程度と短く、その程度しか互いに生きていられない事実に納得など出来る筈も無い。
もっと出来る事があったろう。もっと考える事も出来ただろう。
そう思考してしまうのは今だからこそか。否、そこに思い至る前にせめて彼を死なせない方法を取る事は出来る。
民間人を守るのはデウスの使命。その本分をあの時点での彼女は捨て切れてはいなかったし、互いに愛し合っていなければ寧ろ使命の方に重点を置く筈だ。
赤の他人として認識している彼でもそれは変わらない。それでも死なせてしまったのは、一重に彼女自身の実力不足と運の悪さが祟った結果だ。
完全な覚醒が起きる前であれば彼女も他のデウスと変わらない。故に早々に潰れてしまえば何かを成す前に失敗に終わってしまうだろう。
『私達も驚いたよ。 あんな形で仲間が増えるなんて。 最初は排除するつもりだったでしょ?』
「それは……そうだが」
口籠らせる彩に少女は苦笑するばかり。
既にその気は無いにしても、最初の頃は邪魔だという認識は正しかった。今でこそ必要不可欠だと思っているし信じてもいるが、全幅とは言い難いのも事実。
排除するつもりが無いだけ進歩した方だ。恐らく只野ならばそれでも呆れるだろうが、しかして成長していないとまでは彼も言うつもりはない。
僅かに羞恥に内心が騒ぐ。それは無視しても良いものだが、さりとて感情再現プログラムは明確に彼女の心情を煽り立てる。
それこそがまた一歩彼女を成長させるだろう。より年頃の女性らしく、より素直に。
『ほら、もっと普通に喋っても良いんだよ? 信次と話している時はもっと柔らかい感じだったじゃない』
「あの人に対してだけは特別だ。 お前もそれは一緒だろう?」
『まぁね。 同じ人を好きになった同一人物だもの、解らない筈無いじゃない』
少女は彩という存在が考えている内容を手に取るように理解出来る。
同時に、彩もまた只野という存在に対してだけは同様に理解出来る。
少女は只野に関する事については絶対に嘘を吐かない。そして、同一人物故に根幹の変わらぬ少女であれば彩の根幹とも合致する。
私はお前。お前は私。それが真実であり、全てを忘却しようとも消えなかった心根である。
例え口調が変わろうとも中身までは変えられない。積もりに積もった感情が変わる事を拒み、彼を無視する事すら満足に出来はしないのだ。
例え愛し合わなくとも構わない。――だってそこに、生きていてくれるのだから。
テレビに映る全ての彩がその感情を露にしている。彩もまた隠すつもりは無く、全身から流れ出る感情は確かに彼への愛情一色だった。
『始まりは何時も一緒。 あの博士に記憶を消されるところから始まって、最後には此処に辿り着く。 私が辿り着いた時は誰も居なかったけど、時間が経つ度に同一の私の記憶とテレビが積もっていった』
「此処は何処なんだ」
『幾ら記憶を消されても、消えないモノは確かにある。 此処は私達の記憶が堆積する場所で、私達だけしか保有出来ない世界の一つ』
少女の見渡す世界は闇一色。
光など一度も当たらず、どこまでこの空間が広がっているのかは少女も理解してはいない。
だが、それで良いのだ。どこまで続くか解らないのであれば、何時までも挑戦を続ける事が出来る。納得の出来ない結末を納得出来ないままで終わりになどしたくないのだから。
故に彼女達が望むがままに、全ての記憶が抹消された場合のバックアップが誕生した。
その世界はただ彼女達の記憶を保存する役目だけを担い、それ以外の機能は何一つとして存在しない。日々を生きる事も、何かを作る事も出来ない世界に光など必要ではなく、闇だけで十分だ。
世界一つを新たに作り出す。その意味を知り、彩は初めて超越者の意味を知った。
他の種を圧倒するその性能。唯一無二であるからこそ、如何なる強者も彼女の前では雑魚も同然。
視線一つ、呼吸一つですらも神の息吹。その欠片のみをこれまで彩は使っていたが、それでさえもデウス達を圧倒する事が出来てしまっていた。
『君が望むなら、世界を新しく作り変える事が出来るよ。 まぁ、同種の存在がワームホール内の別空間に存在しているから怪物の出現は回避出来ないけどね』
「……あの怪物達も超越者が生み出しているのか?」
『多分、としか言えないね。 私達の持っている記憶の中で最も前に進んだモノはワームホールに彼が飛び込んでしまった。 その際に同等の存在を認識したくらいだからね』
もしも同じ超越者が世界を塗り替えてこの世界に接続を果たしたとするならば、彼等の存在は他の人間達からすれば迷惑千万だ。
居ない方が世界の為。存在しない方が人々の為。好きに己の色に世界を変えられるからこそ、自分勝手にならねば繰り返しを起こす事など出来る筈が無い。
彩も彼が居なくなる未来に何の価値も感じはしないのだ。――赤の他人など知ったことではない。
超越者の意味を知り、彩は初めて己の有り様を理解した。この力は偶然による産物ではあるだろうが、選ばれた以上はどのように使っても誰も文句など言わせはしない。
星の最強。怪物も、デウスも、人間も、彼女の前では等しく有象無象でしかないのだから。
唯一彼女を従えられる男は只一人。そして、その男も決して乱暴に彼女を従わせはしない。その確信を彩は持っていて、だからこそ惚れ込んだのだから。
忘れるなかれ。彼女が力を振るうのは、常に彼の為である。
「取り敢えず此処がどんな場所なのかは解った。 で、最後に来る筈だった場所に何故私を呼んだ。 今回が失敗に終わったかどうかはまだ決まってはいないぞ」
『勿論、まだまだ成功か失敗かは解らない。 これは私達なりの保険だよ。 早く終わりにして幸せを掴んでほしいっていうね?』
「保険?」
『そ。 私達の記憶に、貴方の真実。 その上で使い方を知ってもらう』
此処ならば幾らでも記憶に溢れている。
時間は如何程残っているのか定かではないが、朝になれば自然と少女が彩を元の場所に戻すだろう。
只野を心配させる訳にはいかない。今正に只野が求めているのは今回の彩であり、己ではないのである。
自身が幸せになれないのは悔しいが、別に彼と触れ合う方法が他に無い訳でもない。
己は彼女。彼女は己なのだ。交渉さえすれば記憶の交換も可能である。
その為にもさっさと幸せになってもわらねばならない。少女にとって、今回の出来事も交渉カードとして残すつもりである。
テレビを指差し、少女は特定の時間へと操作した。
そこで使い方を見て、実際に行使もしてもらう。練度が不足していては失敗してしまうのだから。
『残り六時間。 その間に使い方を覚えてもらうよ。 足りなければ更に追加でこっちに呼び出すからね』
「解っているさ。 さっさと覚えて帰らせてもらうぞッ」
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