第二百十六話 時の歪み
実際に居なかった時間は然程長くはなかっただろう。
ただ話をして、データの一部を覗いただけ。彩の中にも同様のデータが存在している以上はあの場所に長く留まる必要は無く、そのまま直ぐに街へと帰還した。
一夜が過ぎる程度は何時もの事だ。他の基地に向かった際にも一夜を過ごす事はよくあったし、それについて誰かに心配されることは無かった。
当たり前だ。俺は子供ではないのだから、半ば仕事として活動している全てに誰かが心配なぞする訳も無い。例えしたとしても、それは仕事についてではなく個人的なものだろう。
ヘリが街に降りた時、既に周りには幾人かの人とデウスが居た。
俺が突然始めた行動に戸惑いを覚えながらも止めずに居てくれた者達だ。
光に照らされた着陸エリアを目を凝らして見てみれば、そこには既に寝ていても不思議ではない春日や村中殿の姿も見える。
ヘリのプロペラ音が止まり、開かれた扉から身体を外に動かして彼等の前に姿を晒した。
無言で彼等と向かい合い、何を最初に話すべきかと一瞬思考を悩ませる。適当に嘘をでっち上げるのも良いと思ったが、彼等になら真実を伝えても良いのではないかとも思ってしまったのだ。
彩の存在は他のどの機密情報が霞むくらいの機密情報だ。軍ですら彼女以上の情報は持ってはいないだろう。
国家の秘密なんて比較にもならない。彼女の中にある秘密は、それこそ世界を揺らがせるに十分な威力を秘めている。
それを誰かに話せば、最初は嘘だろうと笑うだけだ。決して真実だとは思ってはくれまい。
「漸く帰ってきたか。 ったく、突然予定を変えやがって」
「軍から電話が来ておりました。 あの最重要施設に勝手に向かうとは何事かと文句を言われましたよ」
「……すみません。 どうしても確かめなければならないことがありまして」
軍から抗議の電話が来るのは最初から予想されていた。
同時に、今頃は研究所にも電話が飛んでいるだろう。牧博士に対してどのような話をしたのかと半ば尋問じみた質問が送られ、彼女はそれをのらりくらりと回避している筈だ。
彼女にとっては、これは誰にも話せぬ秘密だ。同じ様に秘密を守ってくれると信じて、俺の口は自然と彼等に対して嘘の言葉が生まれ出た。
「ワームホールの破壊方法について考えていました。 本当に破壊出来るのか、あるいは封印が可能であるのか」
「そんなのは軍に聞けば良いんじゃねぇか?」
「軍に聞けばはぐらかされるのが関の山だ。 それなら交渉材料として最適な彩を使って直接研究所から聞いた方が話が早い」
実際問題としてワームホール関連については誰もが知り得ていない。
この中で一番軍に近いだろう俺も詳細は知らず、そもそも知ろうとする意思も薄かった。そちらを気にする程の余裕が無かったのが一番大きい理由だろう。
故にそれに気付いた二名もそういえばという顔をする。ワームホールに関しては傭兵の範囲外であり、一般人であれば当然知っている筈も無い。
そもそも軍が何とかするだろうという意識は一般人であればある程に強く、デウス達も今は軍から離れたことでその部分についての指摘をしてこなかった。
この街に出来るのは戦う事のみ。何か特殊な存在を倒す事には向いてはおらず、純粋な戦闘だけに比重が傾いていた。
面倒事は他に丸投げだが、彼等を責める理由にはならない。本来ならば最も技術力の側が解決してもらわねばならず、街の人間が解決すれば研究所の面目は丸潰れだろう。
「で、解決策はあったのか?」
「あったにはあった。 かなり難しい話だったけどな」
「そりゃ最高だ。 無いよりはよっぽどマシさ」
「違いない」
二人で笑い合い、一先ず全員元の場所へと戻らせる。
春日も村中殿も時間的には寝ている頃だ。さっさと寝室に戻っていき、他のデウス達も夜間哨戒に向かっていった。
残された俺達はそのまま自分達の部屋へと向かっていく。その足取りは決して重くはなく、かといって心境は軽い訳でもない。
修復の進んだ街並みは最初の頃と比較すれば一変していた。崩壊してばかりの建物は片っ端から綺麗になっていき、一部では電気も通り始めている。
この分では近い内に全ての建物に電気が通るようになるだろう。そうなれば本格的に街として稼働を始め、最早絶望的な街だとは誰も思わなくなる。
今後はデウス向けの街としても発展を遂げるに違いない。既に区画整備も始まり、時間が掛かるが此処以外にも彼等が住める街はきっと増える。
それは十年や二十年といった長い話であるが、明るい話だ。柴田博士が観測していない未来の事象だけに、誰にも見えない世界がこの先に広がるだろう。
「どうだ? まだ実際に試した訳じゃないから何とも言えないが、感覚として理解は出来るか?」
「……率直に申しまして、不明な部分が多い情報群が内部に存在しています。 これまで気付かなかったロック箇所が全て展開され、私の全てが閲覧可能となっています」
「その中に未来に関する記述は存在するか?」
「いえ、全て削除されています。 残されているのは私自身のこの力くらいでしょうか」
掌を見つめる彼女の姿に、孤独な少女をイメージしたのは間違いではないだろう。
たった一人の世界の変革を文字通り起こせる。彼女を巡って争いが起き、常に何処かに定住するのは難しいだろう。
それこそ、彼女自身の力を使って強引に権利を掴み取るしかない。そして彼女ならば、その方法を何の躊躇も無く選択する。孤立するだけだとしても、彼女は己の望みに真摯なのだから。
ならば、それを支えるのが俺達だ。
俺は彼女にとって必要不可欠で、ワシズもシミズも彼女にとっては必要だ。X195に関しては日が浅いので何とも言えないが、拒否の姿勢は取らないだろう。
「取り敢えず、残された半年の間に全ての準備を進めるぞ。 沖縄奪還の時点で未来の情報が消えている以上、そこが今後の分岐点となるのは間違いない」
「私達の情報が無いのはどう思う?」
「考えられるのは以前の彩の時点では俺と彩しか存在せず、他の二人とは最初から出会っていなかったってところだろうな。 X195も同様にまったく接点が無いと判断しても不思議じゃない」
「確かに、私達が出会えたのは偶然による所が大きいもんね。 無視しようと思えば無視出来たんだから、そりゃ出会わない可能性の方が高いか」
ワシズの言葉に頷く。
そうだ。俺達はあの壊れた施設に入り、結果的に二人を救助した。それまでは当然彼女達二名を認識なんてしていなかったし、ましてや政略結婚めいたものまで予想出来る筈も無い。
彩にとってこの戦いがループしていたとしたら。今回の事態は予想外のものとなっている線は否定出来ない。
そもそも一つ前の情報しか知り得ていないのだから前回の彼女が特殊なだけだった可能性もあるが、俺の夢の中には常に彩だけしか映り込んではいなかった。
それはつまり――彩は他のデウスの事を然程意識の内には入れていなかったことになると仮定を立てても不思議ではない。
「じゃあ、今回は行ける?」
「どうかな。 出来れば断定したいところだが、こればかりは事前の準備に何処まで集中出来るかによる」
「なら、もっとデウスを集める?」
「そうだな。 それだけ勝率が上がるのは事実なんだ。 可能な限りデウスを集める事を諦めるつもりはない」
今後の活動について若干の変更はあるだろう。
だが、大まかな部分については変更は無い。デウスの協力を集め、怪物達へ対抗する。同時に軍側との間でも協力をする必要が出てきているが、その点は此方の領分だ。
一先ずは十席同盟全員。これからの戦いに向け、彼等と一度面と話す必要がある。
積み上がる予定を頭の中で組み立て、半年後に向けて意識は先行していた。
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