第二百七話 再夢
XMB333の意味深な言葉を最後に、俺達は軍を後にすることとなった。
あの言葉の意味を深く聞きたかったものの、完全に修理に出されてしまってはノイズも消えてしまうだろう。次に出会っても彼女は彼女のままに違いないだろうが、調整されていると思った方が良い。
街へと戻った俺達はそのまま春日と村中殿に今後の予定を大まかに伝えていく。やはり半年後という言葉には強く反応したものの、全ての準備が無事終わると聞かされれば誰もが黙るしかなかった。
当たり前であるが、俺達は軍の決定を覆せる訳ではない。潰せるだけの反論も無ければ素直に頷く他無く、故に街もそれに合わせて準備を進めていくだろう。
雇った傭兵達はかなりの人員にまで上っている。その全てを管理するのは難しいものの、団の管理をしていた村中殿が絶対に平穏に終わらせると宣言した。
街側の準備そのものは当日の傭兵達の管理と、抜けるデウス達の管理だ。
この内傭兵達を村中殿。俺がデウス達を管理する事になり、必然的に街の人々の管理は春日が行う。
明確に役割が分岐したことで裁量権の幅もある程度は決める事が出来るようになった。傭兵関連は一時の関係であるが、残りたいと言えば自身の傭兵団も含めて村中殿が受け入れるだろう。
全体の管理を誰かに任せず、各々の位置で纏めて三人で今後を会議する。
頂点の居ない方策であるが、そちらの方が命令されることも無いので随分と気が楽だ。問題なのは細々とした仕事を誰に任せるかである。
今はまだ浮き彫りになっていないとはいえ、働いていない人間はかなり居る。
遊び呆けている訳ではないものの、働いてばかりの人間に比べれば此処での生活は幾分か快適だろう。
最近は技術者が来てくれた事で発電施設にも修理の目途が付いている。
軍に発電施設を直す技術者が居るという事実が驚きだが、そこはデウス関係の技術者達が来ているのだと思えば納得することも出来る。
兎に角、もうじき冬にも夏にも対処出来るようになるのだ。であれば、相応に働ける場所も用意せねばならないだろう。
その点の役目は春日だ。勿論此方も助けられるだけ助けるが、俺に頼るよりも法律関係に強い人間を雇った方が仕組みを作るのも簡単となる筈。結局のところ凡人でしかない俺では、街作りなんて大層な事業は取り組めないのである。
「本日はもうお休みしては?」
「どうしようか。 ……彩の方は休むのか? 戦ったのは君だけだからさ」
「賛成。 この場は私に任せ、休息を取るべき」
「身体が大丈夫なのはお前も知っているだろ、シミズ。 私を離したいと思ってもそうはいかんぞ」
「ッチ」
「……シミズの舌打ちって珍しいな」
無表情で舌打ちする姿に彩が目を細めているが、どちらも本気で不快に思っている訳ではない。
謂わば女同士のコミュニケーションに近いものだ。今更俺が介入する必要など無く、勝手に互いに文句を言い合って終息するのが解っていた。
その間に食糧庫から食料と飲み物を貰い、自室と宛がわれた部屋に入る。
ワシズは今施設復旧の為に肉体労働に精を出しているとか。彼女もデウスであるので多少の電子戦は出来るものの、どうしても他のデウスに比べると片手落ちといった感じが否めない。
それはきっと彼女の性格が影響しているのだろう。最初に選んだ性格を突き詰め、己のモノにしてしまった時点でもう変えようが無い。
だが、彼女の性格は非常に明るい。どんなデウスや人間とも明るく接せられる能力は稀有と表現しても過言ではないのである。
ある意味一番子供らしく、人間に近い側面を持ったデウスだと言えよう。本人は自覚が無いものの、軍のデウスと比較すれば誰だって認識するものだ。
「ま、陽が昇っていると言っても俺が今日出来ることは無いよ。 他のデウス達にも予定が入っているし、G11も今は外だ」
「では休んでください。 どうせ明日にでも別の基地に出向くのですから、休める内に休んでおかないと何処で倒れるか解りませんよ」
「……予定が無いのならば、彩に賛成。 寝て」
食事をしつつ、雑談に移る。彩とシミズの言葉は実に正論で、反論の余地を残さない。
明日は別の基地に出向くだろう。そこでもデウス達と、或いは指揮官と何か騒ぎを起こすかもしれない。
その時に体力が無い状態では気絶してしまうかもしれないし、そうなれば基地側に迷惑が掛かる。
自分の影響力がどれだけ強いかは不明であるものの、何処も決して無視はしていない。俺が倒れれば原因追及に基地の人間を尋問するのは目に見えていた。
故に、休むべきだという言葉にも頷くべきか。
シミズと彩に懇願にも近い形で言われ、素直に言葉に従った。食事を済ませ、久方振りの風呂に入り、衣服を変えて寝床に入る。
今日は彩も襲うつもりが無いのか、大人しく二人揃って部屋から出て行った。
落ち着いた状況になって急速に眠気が訪れる。自身の想像を超えて疲労が溜まっていたのか、僅かな抵抗も許さずに深い眠りの底に引き摺りこまれていった。
普段であればそのまま次の日を迎える。
夢を見る程眠りは浅くは無いし、例え夢を見ようとも意識はそこには一切無い。
なのに、まるで嘗てと同様に夢の世界で俺は意識を取り戻した。違うとすれば立っている場所がこれまでと異なり、更に自分の手に銃が握られていることだ。
持っている武器は白いアサルトライフル。それは彩が持っていた、彩だけの専用装備。
炎の力を持っていないのか改良の跡は見えず、場所は木々の生い茂る森の中だ。他の人間の姿は見えず、辺りには無数の荷物が散乱していた。
いや、違うだろう。放置されたテントや焚火が視界に入り、これは逃げたのだと確信した。
「今度はどんな夢だよ」
服装も普段の物とは異なっている。
防弾ベストに、迷彩柄の上衣。下も動き易いズボンにサポーターが付いていた。
背中にはベージュのリュック。重く、何やら大量に荷物が入っているのが俺には解った。
こんな場所でそんな恰好をしている時点で平和な状況とはまったく言えない。――そして、森の奥から大量の絶叫が聞こえてきた。
慣れない武器を構えつつ、一歩ずつ確かめるように前に進む。
周りを何回も見渡しても、記憶に残る風景と一致しない。つまり完全な初見であり、知らない以上は日本ではない可能性も浮上する。
夢でも危機感を覚えなければならないのかと辟易をするが、これが俺に対する何かしらのメッセージである線も否めない。
何時かの夢と一緒だ。そして、一緒であるからこそまったくの油断が出来ない。
ゆっくり、ゆっくりと進むと森の中に赤が混じっていく。
近場の赤い液体に触れてみると、それが血液であると直ぐに解った。触った感覚すら完全に再現するこの夢に疑問を抱きつつも、遂に絶叫の根源に到達する。
そこは小さな広場だった。木々は無く、短い雑草ばかりが生えている歪な円形状の空間は無数の死体によって赤の面積が殆どを占めている。
生き残りは僅か。しかもその殆どが致命傷を受けた虫の息だ。このまま時間経過で自然と死んでいき、どんな方法を取っても治らないと嫌でも理解させられた。
だが、驚くべきはそこではない。広場の中央に立つ、一体の騎士のような風貌の存在だ。
装飾の細かい、刺々しい印象を覚える全身鎧。その色は黒く、血に濡れた刀身すらも黒かった。
正に物語に出てくるような黒騎士。刀身を持たない左腕は一人の男の首を掴み、既に握り潰していた。
『――ほう、他にまだ居たか』
身長は三mは超えているだろう。
明らかな人外の気配を流しつつ、その黒騎士は酷く流暢に人語を話し始めた。
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