第二百六話 きっと君は……
「どうだった、XMB」
戦いが終わり、順当にいけばそのまま帰還になる。
だが実際は、あの観戦エリアから動くこと無く元帥殿と話す事になっていた。負傷していない彩は目を閉じてシミズの横に立ち、XMB333は無数の破壊痕を残しながらも静かにソファに座っている。
割れた肌から露出しているケーブルや内部骨格は自壊の証。エネルギーラインの破損まで影響が及んでいれば何れ稼働は出来なくなっていただろう。
とはいえ、今の彼女の姿は限界の一歩手前だ。直ぐに修理を呼んだ方が良いのは言うまでもなく、されど元帥殿は修理班を呼ばずに雑談の席に付かせた。
その意味は即ち、最初に口火を切った元帥殿の言葉だ。
どうだったという言葉には試しの意味が込められている。模擬戦前にも思っていたが、やはり彩の事を調べようとしていた。
「原因は不明です。 ブラックボックスからの過剰エネルギー供給は観測しましたが、そのエネルギーを如何に使用して炎を噴出させていたのかは一切解りませんでした」
「……正に未知数。 そういう訳だな?」
「はい。 能力が暴走する気配も無く、彼女の力は非常に安定しています。 世界でも最も安全な武器と呼んでも過言ではないでしょう」
静かに自身の意見を述べ、その内容に元帥殿は唸る。
軍からすれば喉から手が出る程の逸材だ。彼女が量産品としての生を受けたのも知っているだろうし、差異が無いと解っていれば俄然気になるものである。
好奇心旺盛な目が俺に向いた。そこに込められていたのは、解り易いまでの欲求である。
「これほどの力、どうやって手に入れた」
「……」
「閉口する理由は解る。 この力は未来を照らし、しかし同時に破滅も呼び込む。 難しい取り扱いをせずとも大量殺戮が行える事実は、人々が恐怖しても不自然ではない」
元帥殿の語る言葉は全て正しいが、だが全てを見抜いた訳ではない。
現実的な言葉ばかりだ。それではもっと深くまで彼等のことを理解出来ないままで、その切っ掛けを与えられるのは現時点では恐らく俺だけ。
彩もシミズも、ましてやワシズでさえも誰かに話そうとはしないのだ。そんな状態では俺に聞く以外の方法などあるまい。
そしてXMB333の意見の中にある世界で最も安全な武器という認識は、まったくの見当外れだ。
「日本だけでなく、中国もアメリカも彩の能力を欲している。 今はまだ交渉程度で済んではいるが、此度の沖縄奪還の成否によっては秘密裏に捕縛しに来るだろう。 そうなれば待っているのは拷問か、実験動物扱いだ。 ――――そうなりたくはあるまい?」
「脅しは止めてくださいよ、元帥殿。 沖縄奪還をより円滑に進めたいのでしょう? それに万が一を考えていらっしゃる」
沖縄奪還の際に彩の力を他が持っていれば、安定性が上がるのは誰が見ても当然だ。
そんな事は最初から解り切っている。そして、それでも俺が話をしない理由を向こうは解っている。
彩の力は俺達にとって数少ない軍に勝る部分だ。彼女が居るだけで戦場は彼女一色に染まり、勝者は必然的に定まる。彼女の下に居れば勝利の栄誉に酔えるとすれば、誰だって傘下に収まりたいだろう。
だからこそ、それは絶対に認めてはならないのだ。
彼女が居れば全て成り立つだなんて、その時点で支配者層が変わっただけ。彼女が頂点に君臨する世界となれば、デウス達は勝手に人間の排斥を始める。
例え彼女の横に人間の結婚相手が居たとしてもだ。故に、彼女の力を表に出したくはない。
現状において既に十分以上頼っている自分が言えた義理ではないものの、その本音だけは絶対に忘れてはならないのだと胸に刻んでいる。
彼女には彼女が求める人生だけを歩んでほしい。誰かに強制される人生なんて軍に居た頃と一緒だ。
「事実を言っているまでだ。 このまま君達だけが先行するような事実が認められるとでも? 確かに今はまだ世間が同情してくれているお蔭で街は平和だが、余裕が生まれれば疑念が生まれるぞ。 何故技術を開示しないのかとな。 それが愚かな一部の人間から始まったとしても、勢いはつく」
「彩を利用していると一部の人間が邪推するのは予想済みですよ。 そして、そのような言葉で揺れるのも最初から解り切っています。 ……何時までもあの街に守備を敷かない訳がない」
「つまりはもう何か手を打っていると」
「ええ。 大多数の人間が欲しいのは平和です。 恐ろしい者を退け、滅してくれる誰かが必要なのは何処でも共通でしょう?」
化け物を討伐するデウス、犯罪者を取り締まる警察――世界で人々が欲するものなんて共通だ。
それを俺が用意すれば良いだけの話。デウスの一般化は不可能でも、既に政府から許可が下りている俺であれば多数のデウスを市井の人間に対して防備に回す事が出来る。
彼等の求める平穏。その為に活動するデウス。双方共にメリットがあり、故に断る者も少ない。
デウス側にはまだ壁があるものの、人間が決して悪だけではないとあの街でも学んでくれるだろう。そうなれば考え直して共に歩いてくれる可能性も掴める。
それに平穏になれば傭兵達も必然的に必要が無くなる。彼等の行き場の無い恨みを滅する為にも、沖縄奪還という口実はある意味都合が良いとも言えた。
「彩は素晴らしい人物です。 それこそ私には勿体無いような、傍に居るべきではない人物でしょう。 ですが、軍に居るよりはずっと良い」
「それはつまり、閣下の頼みを聞かぬと」
「聞く道理がそもそもありません。 我々は初対面であり、此度の沖縄の件についても決めたのはそちら側。 私達はただ巻き込まれただけのようなものですよ」
「自分から行動をしておいてよく言えますね。 こうなるのも想定の範囲内だったのでは?」
XMB333の鋭い目付きと言葉に敵意を感じながらも、然程恐ろしさは感じない。
今この場において絶対上位は彩だ。彼女に守られている俺は何も臆さず、此方の意見を通すことが出来る。
それに相手方の言葉は笑い飛ばせるようなものだ。俺がそこまで未来を見通せる訳もない。
自分に出来るのは今この瞬間を生きることのみ。未来に意識を向ければ、途端に足元は暗くなるだろう。
「流石に買い被りですよ。 私は元はしがない一般人だったので」
「しがない一般人が此処までこれた時点で異常とも言えます。 普通であれば、此処に来ることを要請された時点で緊張して然るべきでしょう。 だというのに、貴方はあまり緊張していない」
「……最初の時点から全て、精神を酷使するような出来事が続きました。 もう見知らぬ場所に居る程度ではあまり揺らぎませんよ」
揺らぐような精神的弱さは、既に大分忘れ去った。
恐ろしい場所に立ち続けて、恐ろしい者達に追われて、身分不相応な地位に立たされる。そんな日々ばかりを過ごしていれば、自分の意識が麻痺するのも当然だ。
今も目の前には軍の今後を左右することが出来るだけの人物が目の前に居るにも関わらず、頭の中で思考を巡らせる事が出来る。
それは今は有難いことであるものの、普通かどうかと尋ねられれば首を傾げてしまう。
「貴方は、自分の現在についてどの程度自覚がありますか」
「詳しくはあまり。 ただ、自分が分不相応な立ち位置に居る人間だとは思いますよ」
XMB333の言葉に素直な感想を話すと、彼女は首を左右に振った。
その反応が意外で、思わずおやと呟いてしまう。流石に元帥殿もその点は気になったのか、視線を彼女へと向けていた。
「どうしたというんだ、XMB」
「……私自身、あまりはっきりとした事は言えません。 憶測も混じっておりますし、何よりも自身の感情回路に原因不明のノイズが走っているのです」
「ノイズ? 此方は何かした覚えは無いのですが……」
「いいえ、いいえ。 貴方が何かをしたとは思いません。 そうするだけの理由も恐らくは無いでしょう。 だからこそ原因不明なのです――――こんな、ことなど」
生真面目な表情を持った女性から零れる、弱弱しい言葉。
明らかな不調を前に元帥殿が修理班を呼んだのは、それから五分後のことであった。
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