第二百三話 組織的敵対者
「これまでは貴様の欲しい情報が直ぐに手に入ったかもしれないが、此処ではそうはいかない。 迂闊な質問は自身の首を絞める事になると知れ」
此方に対して敵意を露にする痩せぎすの男が一人。
彩達の目にも怯まずそう言える姿は勇ましさを感じさせ、胸を温めた。今までは追ってばかりだった軍が指揮官数人を仲間にした程度で掌を返すかのように優しくするのは不気味極まりなく、様々な要因があると解っていながらも此方を優遇する姿は地に堕ちた組織のように感じる部分もあった。
だが、その印象を目の前の男が変えたのだ。まだまだ貴様達の好きなようにはさせぬと気炎を昇らせて話す姿に、以前の軍らしさというものを思い出させた。
組織人としてその振舞いは決して良いものではない。
表では俺はデウス解放の急先鋒。軍は差別主義を捨てたものの、まだまだ全員が居なくなった訳ではない。
主義の違う組織が二つ。激突するのは間違いなく、さりとて軍の公表では俺達側に寄ることで世間からの責めの声を封殺する事に成功していた。
その努力は決して並大抵のものではない。だが、それを目の前の彼は無視したのである。
荒れるのは必然だ。元帥殿は厳しい眼差しを痩せぎすの男に向け、他にも厳しい眼差しを向ける人間が居る。だが、俺に対して不満を抱えている人間は他にも居た。
何も言わず、されど態度だけは大きな男と痩せぎすと同じく敵意を隠さない男。
双方共にこの中では階級は低い方であるが、それでも佐官以上の時点で持ち得る権力は少なくない。
「八木少将。 些か先の発言は失礼ではないか」
「何を言うのですか元帥殿。 彼の残した功績は無視出来ませんが、だからといってあまりにも道理を無視し過ぎている。 違反行為の数々を無視するのですか」
「既にその件については結論が出ている。 内閣からも只野信次個人がデウスを保有することは認められているのだ」
「納得が出来ませんッ。 例外を生むのは後々の事を何も考えていないも同然ではないですか。 今回の許可が悪しき出来事に適用されないとも限りません。 早々に逮捕し、然るべき処罰を与えるべきです」
話の推移を聞いていると、八木少将の言いたいことも解ってくる。
内閣に正式な許可を貰っていたのは驚きだが、それでもこの例外が悪しきものとなるという意見には同意だ。
何事においても法に例外を用いてはならない。それを使って悪事を働く人間が居る以上、可能な限り余計な手間を掛けて認める訳にはいかない筈である。
今回は日本の危機だから認められたのだろうが、今後とも世界の危機は残り続けるだろう。
十年二十年で全てが解決される事も無く、その中で俺のような真似をする人間が居ないとも限らない。
その時に俺に与えられた例外的措置が問題となってくるのは想像に難しくはなかった。
だから、八木少将の言葉に間違いは無い。逆に正論となって俺の鼓膜を揺らした。
痩せぎすの男が息も荒くして俺を憎々し気に見る。その手は握られ、今にも拳が俺に向かって飛んできそうだ。
「――であれば、我々も処罰される必要がありますな。 八木少将」
空気の死滅した空間の中で、恐らく最も年を重ねているだろう高官の一人が告げる。
驚きの目を向けるのは八木少将だ。まるで予想外とばかりに老人に目を向け、逆にその仕草を相手は不思議そうに見ていた。
「何を驚いた顔をしておる。 これまで軍が起こしていたデウスに対する人権侵害は数知れず、罪の重さは彼の比ではない」
「ッ、ですがデウスに人権が与えられたのは最近です! それに彼等は生きてはいない!」
「ほう、つまりデウスは物であると? ……流石は差別主義者の言葉は違うのぉ」
デウスに人間的な活動器官は存在しない。強いて言えば人工的に生み出された脳であるが、デウス達も自分が人間のように身体を動かしているとは認識していないだろう。
だが、その発言は俺達の前ではあまりにも無礼。彼の主張は正しいものの、正直な発言は周りの怒りを買うことに繋がる。
「デウスの生命の有無について論ずるつもりはありません。 ですが、彼等は一側面から見れば道具なのです。 管理される記憶データ、新たに製造される身体、どれも人間とはまったく異なります。 そんな相手に生命を感じる事程無意味なものはありません。 備品を大事にするのは一社会人として大切ではありますが、だからといって愛情を感じる要素など何処にも無いではないですか」
彼の主張は言ってしまえば、デウスを一個の兵器として管理すべきであるというもの。
全てが生体パーツや金属パーツによって構成されたデウスの身体は人間とは認められず、その心も身体も如何様に作り変えられる人工物でしかない。
故に、備品を大事に扱いながらも愛情を覚える必要など無いのだ。誰が箒やペンにキスをするという。
これもまた差別だと言われても致し方ないことである。人権を与えるべきだと語る人物達にとって、彼のような存在は等しく邪魔者だ。
早々に排除したいのだろうが、きっと彼は他の差別主義者達と違ってデウスそのものに理不尽を強いてはいない。
「成程――だから貴様の所のデウス達はあんなにも弱いのだな」
「……はっ?」
「いいや、何でも無いとも。 さて、話が脱線してしまいましたな。 こんな茶番など気にせず話の続きを再開しましょう。 我々には時間が無いのですから」
高町大将。
その存在は酷くこの場に印象付いた。意味深な笑みに、意味深な言葉。どれもこれもが人を引きつけ、されど本心を語るつもりはこの場では無い。
続きを促し、元帥殿も咳払いと共に話を再開する。八木少将は悔し気に眉を寄せるものの、それ以上は何も言うことはなかった。
差別主義者はマイノリティになっている。誰にもまともに取り合ってはくれないのは納得であり、俺自身彼の考え方には不快感を覚えずにはいられない。
納得は出来る、だが理解は出来ないというものだ。そして、あそこまで強く言える時点でそれが彼の芯になっているのは予測出来る。
「只野殿の疑問も尤もだ。 残り半年と定めたものの、その間に全てを解決するのは現実的ではない。 常識的に考えるのであれば二年か三年は欲しいところではあります」
「では、その常識的期間を縮める方法を発見されたと?」
「正確に言えば物資を大量に持っている組織から手に入れたと言った方が良いですな。 只野殿にも深く関係のある組織を徹底的に潰しまして、そこに何処から集めたのかと言わんばかりの物資が貯蔵されていました」
「私に深く関係のある組織ですか? ……考えられるのは、やはりマキナですかね」
「ええ。 ある官僚が汚職行為を行っていたようでしてね、そこから芋づる式に情報が出てきましたよ。 どうやら国民の税金を利用してマキナの開発をしていたようで、即座に潰させてもらいました」
マキナ。その言葉を聞くと、脳裏を過るのはあの街の出来事だ。
彩が道理を覆す能力を手に入れ、並のデウスという枠を突破した原因でもある。
あの組織は尻尾も見せない程に姿を隠していたと思っていたのだが、知らぬ場所でそんな呆気無く潰されていたという。
その事実に驚いたのは、俺では無く彩だろう。
彼女が逃げ出す原因となった組織だ。そんな簡単に潰されるとは想像していなかった筈で、しかし実際は軍側も相応の被害を被ったという。
投入された戦力は十席同盟全員と東京基地の部隊全て。これまでのマキナとの交戦結果から激戦が予想され、結果的には東京基地が多大な被害を被りながらも全滅にまで追い込んだ。
「あの謎の兵器群も姿を見せました。 その所為で被害は拡大してばかりでしたが、操作権を握っていた博士を仕留めた事で全ての兵器は完全停止。 マキナの兵士達も徹底抗戦を見せましたが、一週間も連続で攻められれば先に倒れるのは向こうです」
博士が死亡したことによってあの謎の技術の解明にまでは至りませんでしたが。
そう最後に締め括った元帥殿の言葉には深い疲れが見て取れる。日本最精鋭の部隊と十席同盟全員でもかなりの苦戦を強いられたとなると、それは俺達の戦いとは比較にならない程の激戦だったろう。
最後には勝てたものの、もしも負ければどうなっていたか。
考えたくも無い未来が脳裏を過るが、それは想像のままで無事収まってくれた。これで国内の不安は減り、面と向かって沖縄とも向かい合える。
代わりに戦力の低下を招いたものの、背中を突かれる事に比べればマシだ。俺達の因縁が消えた事実は喜びよりも安堵を呼び、自然と頭は下がった。
「ご苦労様でした。 これで安心して沖縄にも攻め込めます」
「我々にとってもマキナの存在は目の上の瘤でしたからな。 撃滅出来た事実は素直に喜ばしい。 ……正直に言えば物資の量については一切期待はしていなかったのですが、予想以上の量に我々の予定は大幅に短縮出来たのです。 これを利用しない手は無いでしょう」
人手は減った。デウスだって減った。
それでも半年後にまでは間に合わせる。それだけの余力を生み出してみせると豪語する元帥の姿は、俺には無い先頭に立つ人間として頼りがいに溢れていた。
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