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人形狂想曲  作者: オーメル


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202/308

第二百二話 犯罪の温床

 組織の総本山。

 その言葉を聞いて人はどんなイメージを最初に抱くか。

 支部の中心、偉い立場の人間が集まる場所、或いは犯罪の温床。組織が最初に生まれた場所と言うには語弊があるものの、軍が軍としての纏まりを見せているのは間違いなく本部があるからだ。

 とはいえ、昔ながらの旧態依然とした軍というものは既に消失している。今居る軍は崩れ去った瓦礫の上に新しく構築したものであり、故にこそ若い人物でも実力如何によっては高い地位を手に出来ていた。

 初のデウス運用を主眼に置いた組織。それが世界にどれだけの衝撃を与えたかは、態々説明しなくても良いだろう。

 その場所に足を運ぶだなんて、今までの人生の中で一度としてあるとは思わなかった。

 こうして過ごしていてもそうだ。彼等と俺の間にある溝は埋まらず、本部に向かう事が決定しても邪魔が入って無駄に終わると思っていたのである。


「でかいな」


 首が痛くなる程に上を見上げ、その威容に内心息を呑む。

 新しく作られた巨大なビルは時代に合わせたかの如く。階層は百を超え、現代的な建物の中に前時代的な要素は何一つとして有りはしない。

 ビルから出てくる人間は皆軍服だ。黒の学生服に近い装いは、まるで此処が学校かのようにも錯覚させる。

 東京都に建てられたこの場所は、日本が日本のままで居られる為の最重要拠点。

 その故、施されたセキュリティも厳重で付近の基地に待機している部隊は総じて精強極まりない。間違いなく戦いたくない部隊の一つであり、なるべくならば事を起こしたくない場所でもある。

 今日の面子は彩とシミズだ。ワシズはこの場では騒ぎ過ぎてしまうだろうし、今は他のデウス達に混ざって軍の兵舎を作る手伝いをしている。

 X195は同行させても良かったが、彼女は彼女でやはり相手側が付け込んでくる隙だ。秘密裏にという程隠したものではなく、されど明確に結んだ政略結婚は批判されて然るべきである。

 

 比較的隙の少ない二人を連れて移動したお蔭で注目度は最大だ。

 東京に住む者達も本部に在籍している者達も、総じて俺達の存在に目を向けている。

 話題の中心。その俺達を知らない者はあまりにも少なく、しかし態と露出した状態で此処まで来た。

 他者には俺達が何の為に此処まで来たと思うだろうか。

 自主的に繋がりを求めて?軍から繋がろうと求められて?

 憶測は人の勝手であるが、そうやって騒がせるのも決して悪くはない。何の益も無ければやる必要は皆無であるが、少なくとも軍には改善の意思があるのだと見せることが出来る。

 ビル内部に進む前に警備の方々に要件と通行許可を貰い、許可証をぶら下げながら中に入って行く。

 完全な私服姿なのは勘弁願いたい。正装する程度の余裕は無いのである。


「ようこそ、日本軍は貴方を歓迎します」


 入り口に入って直ぐ、迎えられたのは俺のよく知る指揮官だ。

 鋭い刀を想像させる顔は懐かしく、思わず笑みを浮かべてお久し振りですと彼に返した。

 そして、吉崎指揮官も被っていた帽子を外して軽い口調で答える。


「すまないな。 最初はこんな場所に来てもらうつもりは無かったんだが、上層部が五月蠅いのなんの。 元帥殿も興味津々だから木端の俺じゃどうしようも出来なかった」


「貴方で木端なら他の指揮官はどうなるんですか。 聞きましたよ、今じゃ派閥内でもかなりの発言権を獲得したと」


「まぁ、な? そこら辺は日本人特有の謙遜って奴だよ」


 部屋まで案内してもらいつつ、軽く雑談に華を咲かせる。

 彩とシミズは無言だ。元から好きでもない空間に居るからだろうが、それ以上に俺の邪魔をしたくないのだろう。

 もしくは、既にこの軍本部の地図を作り上げているのかもしれない。この二人ならば幾らでも考えられる可能性故に、頼りになると脳内で呟いた。

 廊下は特に代わり映えのしない物ばかりだ。組織の頂点が居る施設ともなればもっと仰々しいものかと想像していただけに、普通の社内とまるで変わらない風景は拍子抜けですらある。

 とはいえ、内部を歩く人間は総じて並ではない。良しにしろ悪しきにしろ、能力だけは優秀だ。

 そんな人間達が吉崎指揮官に敬礼する姿は新鮮であり、一昔前ではあまり考えられなかっただろう。

 それだけの力を手に入れた。権力という形でだが、それもまた力であるのは事実。

 行使されれば木端の兵など簡単に死んでしまう。故に、吉崎指揮官は慎重に動く必要が今出ている。


「此処だ。 中には既に全員入っている」


「あれ、もしかして遅れてしまいましたか?」


「そうじゃないさ、単に中の連中が全員気になって早めに待っていただけだ。 お前さんは気にせず席にどっしりと座ると良い。 彩達の席も一応は用意されているが、どうする?」


「私達は護衛ですので、立ったままで結構です。 御話そのものに参加するつもりはありません」


「了解。 んじゃ、行くか」


 今時珍しい高級感溢れる木製の扉が開かれ、俺を部屋へと招いた。

 一枚の長机には総勢十人の高官の姿。一人一人が高年齢であり、詰襟に付けられた階級章は全てが佐官以上。中でも元帥の階級を持った一人の人間を視界に収め、胸が跳ねたのは言うまでもない。

 解っていた。これから重要な話をするというのに、トップが出てこないと思うのは馬鹿だ。

 所作の一つに至るまで丁寧さを心掛け、席に座る。

 その背後に彩とシミズが立ち、護衛としてこの場に居ることを示した。

 部屋の中には四隅にデウスが居る。この四名は此方を一瞥した後、棒のように垂直に立ち続けていた。

 これが彼等の護衛。練度は不明であれど、本部所属の時点で油断など出来る筈も無い。

 全員が彩以上とまでは思わないまでも、シミズを超えるくらいは考えておくべきだ。いざという時の備えを彩の内部に置いておいたので、彼女とは常に傍で活動する必要があるだろう。

 

「初めまして、只野殿。 日本軍・元帥である郷島邦人(ごうじまくにひと)だ」


「只野信次です。 本日はよろしくお願いします」


 席に座った状態で互いに挨拶を送る。

 それは他の高官達も同じようで、十人全員の名前を覚えきれるかどうかで少し頭が悲鳴をあげた。

 この本部で話し合うのは、やはり沖縄奪還の日取り決めだ。既に軍でもある程度の候補が出ていると思うが、それに俺の意見も加えようという話である。

 日本の未来を決める戦いだ。それ故に重要人物達が集まり、厳正に決めていく。

 部屋内の空気はあまりの緊張感に軋みをあげている。少しでもふざけた発言をすれば、その瞬間にこの話し合いが無駄になるのは言うまでもない。

 

「さて、既に貴殿には予定を送っているが――今回は沖縄奪還について日取りを決めようと思う。 先ず此方側だが、開始日は半年後を考えている」


「半年、ですか……」


 元帥殿の発言は軍の決定に近い。

 半年後は意見の内の一つに違いないが、確実性の高い代物だろう。それについてざっと全員の表情を確かめるが、歪みの一つも見せない無表情を見せるだけ。

 流石に軍で年を重ねているだけはある。俺のように下手な人間とは違い、彼等には油断も隙も無い。

 もしも吉崎指揮官が居れば味方になってくれたかもしれないが、扉を開けて彼は離れた。今この瞬間において味方は二人だけだ。

 さて、元帥は半年後という言葉を残した。半年後には準備を済ませ、侵攻を開始する。

 それが如何に無謀であるかは、彼等とて解らない筈も無い。


「物資や兵の用意は十分なのですか? デウスを新たに増やすにしても、時間が掛かる筈です。 とても半年後に全ての準備が終わるとは考え難いですが」


「貴様にそれを言う必要は無い」


 質問は双方共に許されている。故に純粋な質問を飛ばし――――しかし元帥とは別の人間が却下した。

 俺と元帥殿の会話に挟まったのは痩せぎすの枯れ枝のような男だ。彼は此方を睨み、そして見下してもいる。

 まるでこの関係性が無駄だと言わんばかりの姿に、俺は奇妙な事に安心感を覚えた。

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