第二百話 その時が来るならば
彩達に懇願された事で発生した休日。
俺は一切何処かに出掛けることも無く、そのまま自室として与えられた綺麗な部屋の中で布団に包まっている。出来るならば外にも出掛けたかったものの、今の俺は有名人として周囲に認識されている状態だ。
帰還直後も街の人間に囲まれ、近況についての質問を多く寄せられた。その殆どが喋れないものばかりで、彩達が睨まねば一歩も進めないままだったろう。
俺達が居ない間に街の復興は急速に進んだ。軍の技術者達とデウスが協力して作業にあたり、今や酷い状態だった建物は殆どが直っていた。
勿論、それは見た目だけだ。中身に関してはまだまだ修理途中であり、特に電気周りは依然として使う事は出来ていない。
その代わり、水道周りはそれなりに早く回復してくれた。
俺の予想の通り水道管は弄られた形跡があり、それは追いやった側が指示して業者に行わせたことだ。
当然その事実を知った春日は怒り狂い、抗議文を送ろうとしていた。俺と村中殿がそれを知って止めねば、今頃は全ての街の領土が俺達のモノになっていただろう。
どれだけ俺達が平和的な解決をしようとも、保有しているデウス達の存在によって抗議が抗議の形として成していない。全てが脅迫に繋がり、それが拡散されれば批判されるのは俺達だ。
春日の気持ちも解るが、だからこそ街の人間を護る為に冷静にならねばならない。
彼には我慢を強いることになるものの、ヤケ酒に付き合うことで胸の内に収めてもらった。春日としても事を大きくしたくない気持ちは一緒であり、以降は活動に集中する形で行動することになっている。
「あー、その、ちょっとご飯でも買ってきていいか?」
「既に部屋の中に一週間分もありますよ。 それに、この街で買い物可能な店はありません」
「そうだな……」
布団から上半身だけを起こし、冗談でそんなことを呟いてみる。
だが、隣で寝ている彩はそんな冗談を封殺してきた。何処か冷ややかな眼差しを向けられ、俺は頬を指で掻きながらこの状態をどうしたものかと考える。
俺達が事実婚したことを知っている人間は少ない。トップである春日と村中殿には既に告げ、知り合いの指揮官達にも教えてある。
全員がなんだかんだで祝福してくれたものの、休日直後に問題が発生した。
それは言ってしまえば嫁さん達の甘えっぷりだ。
新しい部屋は広い。トップの部屋なのだからと気合を入れて修復された室内は六部屋も存在し、下手なマンションの一室よりも広い。
その中であれば俺達家族全員が一緒に住むのも可能であり、部屋割りを決めてから最初は普通に過ごしていた。
どうせ休日そのものは直ぐに終わる。
次に向かう場所を決める為に小型端末を操作しながら、送られてくる基地の情報に目を通していた。
事態は深夜。いよいよ寝るかと思っていた時に、ノックの音と共に入室してきたのは彩とX195の二人。
どちらも新品同然のパジャマを着込んだ珍しい姿をしていて、その新鮮な姿に目を奪われるのは必然だと言えよう。
デウスの美しさに慣れてはいても、好いた人物の異なる服装には慣れないものだ。
片方は愛があるとは言えない政略相手であるものの、人の様な装いは先ず普通に見ることはないだろう。
そんな二人が何の用で来たのかと言えば、所謂夫婦の営み的なものである。
どちらも結婚とは無縁の生活をしてきた。だからこそと言うべきか、本やネットの情報を鵜呑みにしやすい傾向にある。
結婚したばかりの男性が女性に求める行為として夫婦の営みがあるのは、成程納得出来てしまう部分だ。
『あ、あの……。 本日はどうぞよろしくお願い致します』
あの時の顔を真紅に染め上げたX195の表情は嘘ではないだろう。
彼等とて積極的に裸体を晒すような非常識さは持ち合わせていない。脱衣に羞恥を覚えるのは最低限備えている。
共に長い付き合いがある訳でもない。そんな男に身を捧げる行為に、怒りよりも恥ずかしさを覚える時点で俺の中に疑問が浮かんだ。
もしや、彼女は存外嘘を吐けない人物なのではないかと。
それを確かめるべく、努めて俺は新婚夫婦さながらの夜を過ごした。嘘を削ぎ落すつもりで彼女を攻め立てた夜は、大層な大盛り上がりを見せたものである。
結果から言えば、X195が嘘を吐けない人物であるのは確定した。
彩にも確認してもらったから信憑性は極めて高い。そもそも俺以外のメンバー全員がX195は俺に好意を向けていたのを知っていた。
ならば教えてもらいたかったものだが、自分で知らねば意味が無いと彩に指摘されてその通りだと自分で納得したものだ。
その後からは徐々に家族としての付き合いもしていったが、彼女達にとって新婚とは戦いとは無縁だ。
掃除、洗濯、料理を行い、主人が仕事から帰ってくるのを待つ。
一昔前の主婦のイメージそのまま。そこに一部も武器を持って戦う影は無く、困惑を覚える事も多かった。
そもそも全員が家事が出来ない。一から全てを覚える必要があるものの、家電製品が軒並み使えない以上は家事の方法も原始的になるだろう。
俺は最初から彼女達にその部分を期待などしていなかった。
ただ傍に居るだけで良い。共に戦い、そして俺が居なくなっても生き続けてほしいだけだ。
だから彼女達が気落ちしても笑って許して――故に地獄が始まったとも言える。
「……腰が痛いな。 こりゃ、今日も動くのは大変だぞ」
「それでは休日は延長ということで」
「お前さんなぁ……」
「何か?」
主婦としてのもう一つの側面。即ち夜で男性を満足させ続ける。
彼女達はそれをもって妻としての矜持を満たし、同時に俺を疲弊させることで休日期間を延ばす事を画策していた。
そんな真似が何時までも通用する筈も無し。最初の三日間で直ぐに止めさせるつもりだったが、何処からか聞きつけた春日によってもっと休めと逆に怒られてしまった。
これまでの期間の中で俺達が満足に休めた時は無い。今とて軍人が居ることで警戒はせねばならず、されど攻められる理由は何処にも無いのも事実。
沖縄奪還が正式に決定されるまでの間に根回しをするのは大事だ。それを春日も理解はしている。
だが、それで無理をして本番で倒れては本末転倒だろうと告げられた。
『なぁ、俺もお前ももう勝手に死ねないんだ。 少しでも死ぬ可能性がある行動をするなら、俺は殴ってでもお前を止めるぞ』
強面の形相を浮かべ、しかし瞳は僅かに揺れていたのを覚えている。
酒の席に遠慮は無い。それが春日なりの心配であるのは言うまでも無く、きっと村中殿も似たような発言をするだろうと心の何処かで思ってしまった。
そう、思ってしまったのだ。だから今も彩に半目で睨まれ、それに屈している。
本当は感謝すべきなのだ。無理をしがちな行動を止めてくれている彼女に対して。
こんな苦労を掛けさせる旦那で済まないと思いつつ、しかし身体はどうしたって彼女達にとって豊かな世界を求めてしまう。
最早遥か昔にも感じる夢の世界。彩を失いかねない夢を今は見ることはない。
されど、それは本当に見なくなっただけだ。明確に良くなった夢を見ることも無く、ただ単純に夢を見なくなっただけなど安心出来る筈も無い。
ベッドの中で、寝間着を着ていた俺は彩に静かに視線を向ける。
そこにこれまでとは違う雰囲気を感じたのか、半目だった眼差しを彼女は止めた。
「……有難うな。 そんで、すまん。 こうしなきゃ止まらない旦那で」
「構いませんよ、それが貴方だと知っていますから。 そして、X195も短い間にそれを理解したことでしょう」
「だろうな。 でなきゃあんな行動には出ないさ」
そっと彼女の黒髪を撫で、蒼い瞳に光が灯っているのに小さな喜びを覚える。
まだ彼女は生きているんだ。夢の中とは異なり、彼女と俺の関係は明確に変化した。
その変化がどれだけ彼女の生存に繋がるだろうか。ワシズやシミズ、X195の生存に繋がるだろうか。
更なる変化が必要だと言うのならば、俺は尽力を惜しむつもりはない。如何なる者を敵に回したとしても。
もしもその時が来るのならば、俺は迷わずそれを選択する。
忘れるなかれ。消え去るなかれ。――夢の恐怖を常に抱え、その道に進まぬように未知を進むんだ。
例え、その先で俺が死んだとしても。
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