第百九十九話 十席同盟の意見
円柱形の建物は嘗ての建築物に比べ巨大だ。
以前までの建物も未だあるものの、そこは既に別の部署の倉庫となってしまった。家具類は軒並み消え去り、今は事務用品の備蓄が置かれているばかりである。
働いているのは人間とデウスの混合。共に書類作業に従事する様子に美醜の差異はあっても、人間かどうかの違いまでは一見するとまるで解らなかった。
此処は十席同盟の本部だ。大部分をデウスが在籍し、逆に人間の数が二割程度しかいない場所である。
軍のデウス改善によって無数の悪人が捕縛、解雇された。残りの差別主義者達は彼等の報復を恐れて大人しくなり、表面上は改善が進行している。
今此処に居る人間もデウスに対して好意的だ。これまでの生活の中では出来なかった積極的な交流を行うようになったお蔭で全体的な雰囲気も明るい。
デウスもデウスで相手が此方を害さないと解っているからこそ、素直な感情を表に出している。
だが、仕事内容はその正反対を突き進むように厳しい。業務内容は軍に反抗的なデウスを常識的な要求内容で再度従わせるようにすることや、デウスに差別的な行為を働く人間の監視や捕縛。
更には極端に反抗的なデウスの破壊も彼等の仕事だ。人類の存続を第一にしつつも、デウスがデウスらしく生活出来る環境を整える事が彼等の目標に繋がると言っても過言ではない。
とはいえ、何事にも例外がある。青森基地のデウスの反抗的な態度は十分に処罰対象ではあるものの、その基地の重要性と経験を買われて軍上層部との協議の上で監視程度に留めていた。
万が一人類に対して報復行動を取るようであれば即座に捕縛、もしくは完全な破壊は決められているが、現状においては半ば放置されていると言っても良い。
「で、その基地に只野信次が来ていたと?」
「ええ。 内容は沖縄奪還についてだけど、デウスの意見を聞いて即座に参加させる事を止めたそうよ」
本部最上階の一室。
正式に設置された部屋は高級将校と並ぶ程の広さを誇り、調度品の数々も決して見劣りはしない。
席も十席置かれ、人数分の机も確りとある。円卓となっていた昔日の並びと同じく、彼等の机も同様に円卓となっていた。
座っているのは女性二人。
片方はSAS1。静かに紅茶を飲みながら対面の人物を見つめ、青森基地の話をしている。
もう片方の人物は――世間一般から見れば酷く硬い印象を覚えるだろう。
紫のメッシュが入った黒髪は長く、腰まで伸ばし続けていた。黒い制服には改造の痕も着崩している様子も無く、個性的な人物が多い十席同盟の中では堅物といった体を前面に押し出している。
細く、目も吊り上がっている顔は刃物の如し。一般的に近寄り難い女性を形にした彼女は、SAS1の報告を目を閉じて聞いていた。
「そもそもだが、誰が基地内に入る事を許した? 只野信次は今の軍部を容易く揺らせる存在であるが、だからといって許可も無く入れる筈も無い」
「岸波指揮官の根回しよ。 彼、昔は兎も角今はかなりの影響力を持っているもの。 関係を持ちたい指揮官は数多いでしょうね」
「ふむ……穏健派の有力人物か。 他も容認しているのか?」
「吉崎指揮官も伊藤指揮官も容認しているし、何なら元帥殿からも許可を頂いているようね。 でも、一般には知らされていないから知らない指揮官も多いわ」
岸波指揮官の行動の意味は少し考えれば解る。
現状、沖縄奪還をそのまま行おうとすれば戦力不足は避けられない。それを少しでも増やす為に軍でも急いでデウスを増産させているが、やはり一体一体を完成させるのに掛かる時間は短縮出来ない。
如何なる工程も決して手は抜けず、加えて十席同盟が監視をしているので無理に時間短縮も行えないのだ。
何よりも、沖縄奪還が無事に済んだとしても今度は諸外国に目を向けねばならない。
全てが終わりではない以上、この一回だけ耐えられる仕様に収めるのは愚かとしか言い様が無い訳だ。
遅々とした速度でしか進まない現状に沖縄奪還を諦めるべきだという声は多い。
そこには当然ながらデウスも含まれ、寧ろデウスの方が数が多いまである状態だ。人間のような見栄を張るよりも現実的な見方が出来る彼等だからこそ、今戦う事を良しとはしていない。
そして、十席同盟も半分は否定的だ。
上層部の現在の状況は理解している。しかし、やはり沖縄奪還を行う時期は二年後三年後の方が良いと意見をぶつけている。
SAS1も彼女の場合は、反対寄りの賛成派だ。デウスとしては反対であり、軍としては賛成という二つの意見を持っている。
諸外国から睨まれ、成果を出さねば支援を打ち切られるかもしれない現状は焦りを生むには十分だ。
勝てば安全国として支援の量は減るものの、完全に打ち切られる事は無い。デウスに対する信頼性も飛躍的に向上し、不遇の扱いだけは絶対にしないであろう。
勝たねば自分が、国の未来が終わる。この出来事は内閣でもトップクラスの議題に掲げており、軍批判が殆どだという話を二人も聞いていた。
もっと建設的な話を聞きたいものだが、議員にとってはそんな事はどうでも良いのだろう。
不平不満を吐き続け、己と己の派閥にとって有益になる事だけしか考えない。自己愛を爆発させながらの発言に国民も呆れるばかりで、未来に不安を抱く者も極めて多い状況だ。
「彼の行動が何かを変えるか?」
「答えは解らないわ。 一つ言えるとしたら、何もしない人間よりは信頼出来るというだけよ」
喚くだけ、暴れるだけ。
そんな真似は子供でも出来る。変革せずにいられる時間は当の昔に過ぎたのだ。
今は何よりも変化を求め、そしてしなければならない時期にまで来ている。寧ろ遅すぎると言っても過言ではないだろう。
人類が求める最良の変化。それは正しく勝利以外によっては齎されず、その為に只野は奔走していた。
可能性はある。決して零ではないのは皆も知っている。
勝利の鍵を握るのはデウスであるのに相違は無く、故に必要数を集める事に否も無い。十席同盟も沖縄奪還の成功確率を高める為に日夜デウス達と対話を広げているが、どうしても実績という意味で只野に追い付けてはいない。
やはり明確に世界に対して結果を残した事実は強いのだ。
求心力も爆発的に高まり、最早誰もが彼の発言を無視出来ない。軍に否を突き付け、己の意思を優先して行動した結果があの街だ。
「PM9にでも潜り込ませたかったのだけれど、本人に拒絶されてしまったわ。 あれと敵対するのは絶対に御免被ると」
「ほう、意外だな。 PM9は吉崎指揮官のみを認めていると思っていたが、彼も認めたと」
「流れは私も知らないわ。 けど、本人も悪くは感じていないみたいね。 共闘を求めれば応えるくらいには許しているみたいよ。 ――十席同盟が陥落するのも目前かしら」
現状、只野信次を認めている十席同盟の数は宣言するだけでも四名。
彩、PM9、Z44、そしてSAS1だ。他は宣言しておらず、中には嫌悪感を抱いている者も居る。
半分に到達しかねない程に認可を得ている状況は決して無視は出来ない。一年程度の期間でそれだけの認可を集められたのだから、もう二年もあれば全員が陥落する可能性もある。
よしんば全員が陥落せずとも、過半数の認可を手にすれば十席同盟を操作することも可能だ。
陥落するのも目前。その言葉は嘘ではなく、故に堅物である彼女は反応せざるを得ない。
共に十席同盟に在籍する同士。他者による優劣はどうしても付いてしまうが、組織に関与する程となると釘を刺さねばならないだろう。
「あまり深入りはするなよ。 只野信次の思想そのものはデウスに好影響を与えているが、だからといって全てを許容しては組織の崩壊が起こるぞ」
「解ってるわよ。 関わるにしても少しだけだし、そもそも彩以外は惚れていないもの。 盲信しなければ間違えるつもりは無いわよ。 貴方も元帥殿に傾倒し過ぎないでね」
「解っている。 あの人に尊敬はしているが、だからといって過剰に信じるつもりはない」
十席同盟・第二席。
XMB333はSAS1に向かって初めて目を開いた。
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