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人形狂想曲  作者: オーメル


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第百九十七話 飛び回る日々

 基地を飛び回る日々は非常に疲れる。

 基地に居るデウス達と向き合い、時には兵士達や指揮官と向き合い、協力を取り付け続ける。

 協力が結べた時点で街へと報告に向かって再度ヘリで飛び立ち、最終的には岸波指揮官に頼んで一機分のヘリを此方に常に置いていってくれることになった。

 操作はシミズが行い、彩によってヘリの色は黒から緑に変わっている。深緑の色は一見すると地味だが、態々目立ちたくて飛んでいる訳ではないのでこの色でも問題は無い。

 パソコンには日々報告書が蓄積されていき、既に数は五十を超えている。毎日毎日ではないものの、頻繁にヘリに乗って何処かに飛び続ければこの報告書の数にも納得だ。

 中には協力を取り付けなかった基地も報告書の山にある。その大部分はやはり人間不信で、俺が直接話してみてもまったく変わらなかった。

 

 自分程度で何かが変わると驕るつもりはない。無いが、それでも断固とした姿勢で否を突き付ける姿からは本能を凌駕する意思を感じ取れた。

 ならば、手を出す訳にはいかない。指揮官は腹を立てていたが、その姿こそが余計に不信感を煽るのだとどうして思わないのか。

 小型端末を用いて岸波指揮官に素行に問題のある指揮官の報告を行い、監視を付けてもらっている。

 初対面の人間の前であれほど露骨に感情を剥き出しにしているようであれば、遠からず指揮官職からは離されるだろう。いや、現在の軍の体制であれば解雇も有り得るか。

 同情するつもりは無い。悪いのは彼等に対して人間的に接する事の出来なかった人間だ。


 恩を感じず仇ばかり。軍の闇と呼ばれるものの一端に俺も触れるようになったが、こうして無数の指揮官や兵士達に会っていると性悪説を唱える人間が如何に生まれるかが解る。

 人間の根源にある感情は決して善ではない。そう信じる人間の方が多くなる現状は、決して諸手を挙げて歓迎すべきではない。

 性悪説、性善説、どちらも論ずるだけ無駄なものだ。

 最初に胸に抱いた感情を知る術は無いし、結局生活環境によって容易に人間は歪む。

 俺は自分がまともだと信じている。そして街の人間も皆まともだとも信じたい。最初にするべきは信用であると思っているし、誰かと友好にならねば明日は切り開けないものだ。


「何やら難しい事を考えている御様子ですが、大丈夫ですか?」


「――――あ、ああ。 大丈夫だ、気にしないでくれ」


 ふと声が聞こえ、意識が覚める。

 横からは心配気に揺れる緑の瞳。手には二本のペットボトルがあり、一本が俺であるのは明白だ。

 彼女が差し出してくる一本を有難く受け取り、眠気を感じる瞼を擦りながら緑茶を喉に流し込む。冷たい液体は眠気を吹き飛ばし、膝に乗せっぱなしのパソコンに目を向けた。

 次の目的地は北海道に最も近い県である青森。その交渉だけに集中する為にも、溜まっている報告書を全て完成させなければならなかった。

 耳にはヘリの騒音。窓からは小さくなった建物群が見え、少し遠くを見れば海がある。

 ヘリで移動する日々に慣れたから居眠りでもしたのだろうか。……いや、これは単純に疲れが溜まり過ぎただけだろう。

 限界にまで追い込まれればどんな所でも人間は眠れるものだ。揺れる事は無くても座ったまま眠るなんて、一昔前であれば考えられなかった。


「本当に大丈夫ですか? 必要とあらば先方に告げて街へと引き返しますが」


 緑の瞳を持った女性とは真反対の位置には彩が座っている。

 此方も青い瞳を心配気に揺らし、場合によっては強制的に次の目的地を変えようとする意思の強さも見てとれる。

 俺が大丈夫だと言っても、彼女が相手であれば無駄だろう。

 互いに生活を共にするようになってから既にそれなりに流れた。知らない場所を探す方が難しく、故に俺の隠し事なんて一瞬で見抜くのは解っている。

 

「大丈夫だって。 それに、何時正式に沖縄奪還が世界に発表されるかもまだ解らないんだ。 打てる手は全部打っておきたい」


「それは……ですが、それで倒れてしまうようであれば我々一同が戦いどころではありません。 自愛をしてください、お願いですから」


「解ってるよ、彩。 この訪問が終わったら二日くらいは街で休むさ。 X195もそれで良いか?」


「良いも何もありません。 貴方様には一瞬でも御無理を掛けさせたくは無いのです。 これは長崎に居るデウス達の総意でもあります」


「ははは、なら尚更休むさ。 今はそれで納得してくれよ、皆」


 咄嗟に出した案に全員は一先ず納得してくれたようで、不承不承でありながらも首を縦に振ってくれた。

 二日間の休息。これまでの飛び回りの日々を考えると、その休息は非常に少ないと言わざるをえない。

 きっと彼女達は今頃グループ通信を用いて長引かせる策でも考えている筈だ。何をするかは定かではないが、力を用いての強引な方法に出ることはないだろう。

 それは俺が嫌っている方法だ。暴力的な手段で止められ、もしも拒絶されればと彼女達は絶対に選ぶことは無い。

 彼女達には悪いと思うが、それでも進む必要があるのが現状だ。誰か一人の足掻きで世界が変わるなら、足掻いてみせる。

 日本が完全にワームホールから解放されれば、唯一の安全国として優遇されるのは間違いない。

 勿論、安全国になった事で輸出入の品目について調整が入るのは確定だ。日本もそれは飲み込まねばならず、沖縄奪還に成功して以降は経済にダメージが入るだろう。


 世界恐慌が起こるのは誰もが予想した未来だ。

 特に輸入に頼っている日本では、支援が途切れれば途端に生活が立ちいかなくなる者も多い。そして、そこまで気を揉むだけの必要性は俺には無い。

 考えるのは政府だ。俺が考えても意味が無いし、例え意見を提示しても信用性の低い俺では却下されてしまうだろう。

 キーボードを叩きつつ、ヘリは次第に青森へと近付いていく。

 岸波指揮官からの情報曰く、青森基地ではデウスが指揮官の言う事をあまり聞かないらしい。自身に降り掛かる火の粉を払うが為に北海道の残党達を撃破するが、それ以外の護衛や訓練は殆どしない。

 青森基地は物資輸送の中間保管場所として重要だ。

 そこから北海道に送るのが青森基地の役目であり、未だ北海道が安全ではない以上は不足している物が一つでもあってはいけない。


「これまで以上に気を揉む必要がある場所だ。 反面、此処が安定すれば北海道輸送に関しては問題が無くなる。 沖縄奪還に向け、兵が少なくなる前に怪物の完全撲滅は果たしておきたい」


「ですが、今回も協力してくださいますか? 北海道を奪還出来たのは彩様のお蔭ですが、それを恩に感じるとはとても思えません」


「極端な話、北海道奪還で一番得をしたのは人類です。 デウス達にとっては何の得にもなってはおらず、寧ろ防衛範囲が拡大したことで不満が溜まっているかもしれません」


「新しいデウスを配備するにも時間が掛かる。 当面の間は居る者達だけで守る必要があるから……まぁ、不満が溜まるのも道理だな」


 青森基地は他とは違う。

 空港に近い基地も重要拠点の一つとして数えらるが、既に安全な土地となっている場所の防備は青森程ではない。

 一度奪還したからこそ、二度目を防ぐ為に本部も過剰に警戒しているのだろう。送れるだけの物資を全て青森に送り、仮設の施設を作り始めていると聞いている。

 尤も、敵も完全に撲滅した訳ではないので何時だって警戒状態だ。こんな状態で沖縄奪還を行おうだなんて無謀と言える。或いは、この北海道は安定した頃合いを狙って沖縄奪還を行うのかもしれない。

 どちらにせよ、青森基地は北と南のどちらにおいても重要となるのは間違いないのだ。そんな場所に居るデウスが現状を認識していないとは思えず、そっと小型端末に指を伸ばした。


 

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