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人形狂想曲  作者: オーメル


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第百九十六話 新しき空の下

「初めまして、X195と申します。 これから先、末永くお願い致します」


 朝。

 朝食を食堂でいただき、全員の姿は執務室にあった。

 昨日よりも若干緊張した面持ちの表情をしているのは左之指揮官。この特異極まりない状況の指揮官として活動しなければならない彼女は、これから先を予測して常に周りを警戒せねばならない。

 彼女の前には二人のデウス。片方は昨日も話したWW2で、もう片方が俺の結婚相手ということなのだろう。

 青髪の女性は喜びを露に俺に頭を下げる。デウスの特徴として美男美女である以上、彼女もまた美人であるのは確かだ。

 背格好から察するに、設定された年齢は彩に近いだろう。年若い見た目は美の極致であると誰かが考えでもしたのか、若い見た目のデウスは多い。

 プロパガンダにも使えるようにだろうか。だとしたら、姿形ですらも人間はデウスを馬鹿にしていることになる。

 

 首まで伸びた後髪に右目を隠す程の前髪。瞳の色は緑で、俺達の街に向かう為か軍服ではなく私服だ。

 細い目元からは優しさが滲み出るようで、姿勢は芯が入っているように直線的だ。髪型の所為で洋風な雰囲気を感じるかもしれないが、俺には和風美人といった印象を覚える。

 微笑み一つで男を十分に堕とせるだろう。世に放てば無数の暴漢に襲われるのは必然である。設定された年齢からは彩もX195も近いが、個人的にはX195の方が年上のように見えた。

 静かに一度頭を下げ、此方も頭を下げる。

 政略結婚という形で見れば、少なくとも姿だけは最上位だ。惚れるのも当然であるが、俺にとって美人や美形のデウスは見慣れている。


 実際に言えば春日あたりに全力で殴られるだろうが、俺にとってデウスというのは珍しい存在ではなかった。

 だから、彼女の柔和な笑みの下にある顔についてこそを考えるべきだ。

 俺も表面上は笑みを浮かべて挨拶を送るものの、警戒を怠る事はしない。この関係が形だけであると知っているからこそ、手を出す事もしないだろう。

 形式的な夫婦。何とも冷めた関係性であるが、愛する必要があるならそれをする事も辞さない。

 

「今回は此方の要望を受け入れてくださり、誠にありがとうございました。 私共も貴方様の要望を受け入れ、これから左之指揮官殿と共に沖縄奪還に向けて力を集める所存でございます。 ……この九州地方にも指揮官に対して反抗意識を持っているデウスが他にも居ります。 可能であればそちらにも話を通しておきましょう」


「ありがとうございます。 非常に力強いお言葉です」


 幼い風貌で大人の話をする。顔を無垢な笑みで固定していると、本当かどうかが激しく疑問だ。

 ただ、一応は契約した同士。約束を違える事になれば彩が黙ってはいまい。

 隣で幸福なオーラを垂れ流している彼女の手には事前に武器を持たせており、これが示すのは信頼ではなく信用だ。

 共に沖縄奪還を目指す為に協力しよう。だが、何もかも全てを受け入れている訳ではない。

 此方からのお願いであるので失礼極まりないものである。普通であれば即刻断られてしまいそうなものを、彼等は提案を受け入れてくれている。

 これもまた彼等の本能から来ているのだろうか。――だとしたら、彼等は交渉において非常に不利な立場になり続けるだろう。

 人間の補助は必要だ。その観点から見ても、人間とデウスの共存は必ず達成しなければならない。

 WW2と握手を交わし、俺達は一度街へと戻る。他の基地へと向かうにしても、X195の存在は俺達に何か不都合を齎す可能性は否めない。

 それに、街の内部を把握してもらうのはあそこで暮らす以上は必須だ。暗黙の了解も含め、デウスにはデウスの領域がある事を理解してもらわねばならない。


 とはいっても、領域という言葉は些か大袈裟だ。

 言ってしまえば仕事場と言い換える方が無難だろう。デウスがあの街で出来る事は外壁の警戒や内部の警備、更には畑や道路に散らばる瓦礫の撤去程度のものだ。

 それでさえ人間だけでやろうとすれば膨大な時間が掛かるが、彼等であれば比較するのも馬鹿らしい速度で終わってしまう。

 故に春日としては街の外にまで範囲を広げた何かをしたいと考えているみたいであり、その筆頭としては広大な畑や田んぼが挙げられている。

 未だ明確に食料問題が解決している訳ではない。市井の人間の意見を聞く事が多い春日であれば、先ずは食料に意識を向けるのは自然だ。そして、俺も春日のその思いに否は無い。

 流石に外壁よりも外で行おうとすれば警備も考えねばならないが、何時かは増やそうとも思う。同時に、あれだけデウスが増えてくれたお蔭で電子設備についても可能性が生まれている。

 全員が全員、己の事しか理解は及んでいないだろう。だが、彼等の身体には最高級の技術が惜しみなく使用されている。

 それを解析するシステムも組み込まれている以上、発電施設そのものを一から作る事も難しくは無い筈だ。

 足りない分の情報も本という形で保管はしてある。そこから必要な情報を抜き出し、彼等が利用してくれればいよいよ皆が電気を使用出来る。


「X195、君は俺達の街についてどれだけ聞いている?」


 ヘリが飛び立ったのを合図に、俺は丁寧語の口調を崩した。

 何時もの口調で話し始めた状態にX195は何の驚きも無くそうですね、とだけ呟く。

 これから一生傍に居るかもしれないのだ。ずっと丁寧語のままで居るのも疲れるし、何よりも双方共にそんな生活は望んではいない。

 

「私が聞いている限りでは、素晴らしい街だと専らの噂です」


「素晴らしい街?」


「ええ。 街が崩壊しているのは知っています。 その再興もまだまだ足りておらず、現在も足りない物はあるのでしょう」


「確かに、足りていない部分は多いな。 電気も無ければガスも無い。 水道も繋がってはいないから、皆には不便を掛けさせてしまっているよ」


「ですが、誰も離れようとはしない。 郷土心というものは私には解りませんが、あの場から離れたくない方々も居るでしょう。 ですが、一番の理由はその街に居ても安心だと思わせる事が出来ているからです」


 食料が何時無くなるかも解らない。便利な道具が使えないから苦労する。

 法も曖昧な中で倫理だけで生活を行うのは皆にとって酷く不安だ。それでも彼等があまり文句らしい文句を言わないのは、即ちX195の言っている通りなのだろう。

 あの街が安全という意味では最大なのは言うまでもない。何処の街に数百のデウスが警備していると思うものか。

 周りを威圧する数は手を出す事を躊躇させ、抑止力としても無事に機能していた。

 

「人々を護る。 それが目に見えて形となっているのは現状、貴方様の街だけです。 軍も徐々に改善されてきていますが、未だ犯罪行為が横行している場所はあります。 だから、皆思うのですよ。 ――――貴方が生まれたことが我々にとって幸いであると」


 WW2は全員の移住を考えていた。

 それは軍という場所を嫌ったからで、しかし部品の調達を考えれば残るしかない。俺の街だって新しい物資を軍から貰っている状態なのだから、軍がデウスの扱いを間違えなければ最高に近い組織だったろう。

 彼女の向ける暖かい感情が嘘であるとは思いたくない。だが、この手の感動を誘う話は往々にして最後には裏切られるのが相場だ。

 幾らデウスを大切にしたいとしても、優先順位には変動が起き始めている。

 今現在において、俺が最も大事だと認識しているのは彩達三人だ。春日や村中殿達も大事であるが、一番最初の頃からの付き合いとは比べられない。

 

「そう思ってくれるのは嬉しいが、流石に持ち上げ過ぎだ。 俺はそんなに良い人間じゃないぞ」


「解っています。 良い面も悪い面も私達は見てきましたのだから。 そして、だからこそ人間味と呼ばれるものを私も今感じているのです」


「……そうか。 なら、それをずっと持っていてくれ。 もしかしたら俺が悪人になる可能性もあるからな」


 そうなるとは思えませんけどね。

 X195の柔らかい笑みに、俺も笑みを返す。傍目からは仲睦まじい夫婦に見えるかもしれないが、そんな俺の姿を彩は静かに見ている。

 何かが起きれば俺に手を貸す。そう言わんばかりの姿は流石の彼女だろう。相変わらずの至上主義っぷりに、しかし俺の心は満たされた。

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