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人形狂想曲  作者: オーメル


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第百九十五話 誓約

 すべき事は決まった。この場合は決まってしまったと言った方が良いだろう。

 婚約すらすっ飛ばしての結婚。岸波指揮官によって大奥じみた管理体制が築かれる事が決定したものの、俺は半ば強制的に旦那になる訳である。

 これからの生活に関しては不安しかない。岸波指揮官の現実な話によって結婚式は日を置くことになったものの、実際は事実婚状態としてこれからは彩と過ごす事になる。

 その事実に当の彩本人は御満悦だ。不機嫌な笑みなど一転して代わり、これまで見た中でも最高の笑顔を俺に見せてくれた。

 それは良い。彼女が幸せだと感じてくれるのならば、異論を挟むつもりは皆無だ。

 WW2に決まった話を送っても特に不満など感じていないそうで、早速誰を嫁にするかで騒いでいるらしい。

 

 少々ばかり時間が掛かるとのことで今日一日は此処で寝泊りする事になり、左之指揮官が兵の一人を呼んで宿泊用の部屋を手配してくれた。

 別の指揮官が泊まれるようにとの事でかなり広めの部屋が数ヶ所あるそうだが、その内の一部屋を俺達が使うことになる。出来れば全員で別けてほしかったものの、既に彼女達は乗り気だ。

 俺の肩身が狭くなるなんて事は無いだろうが、急に夫婦となった所為で微妙な空気感が生まれている。

 荷物も少なく、持っている物の中に食料は無い。食堂に行けば夕飯は食べられるそうで、左之指揮官の名前を出してくれれば特に問題は無いそうだ。

 岸波指揮官はこのまま帰る。出来れば一緒に泊まってほしかったが、彼にもやる事がある。

 

 ヘリに乗る前に岸波指揮官とF12からは祝福され、俺は黙って受け取った。

 彩は珍しく丁寧語で岸波指揮官に感謝の言葉を送り、手を振って見送りまでしていたのである。

 これまでの中で最高の機嫌の良さだ。そのままの状態でただ彼女が甘えるだけなら俺も素直に受け止めるが――一瞬だけ見えた彼女の瞳は鋭かった。

 肉食獣だ。肉食獣である。肉食獣としか見受けられない。

 今日この日、俺は無事では済まない夜を過ごす。彼女は己の願望そのままに動き、それをワシズやシミズが見るのだろう。

 出来れば二人きりにしてもらいたいものの、二人とて彩程ではないにしても俺を想ってくれているのは知っている。

 

「あー、ワシズとシミズは別の部屋にしないか? 今日は寝られないかもしれないからさ」


「私達はスリープモードにならなくても大丈夫ですよ。 ……それよりも後学の為に傍に居させてもらうからね。 彩もそれは認めてよ、手は出さないから」


「……解りました。 少々恥ずかしいですが、認めましょう」


「そこは認めないで!?」


 彩が折角の記念日になるかもしれない状況でワシズとシミズを傍に置くとは。

 彼女は思っていた以上に二人を許容していたし、その変化だけは素直に歓迎する事が出来る。

 尤も、その変化は今だけの可能性が極めて高いが。

 何はともあれこれで長崎基地の問題は解決するだろう。あの街に戻って事の詳細を語れば春日は弄ってくるだろうが、村中殿は祝福してくれるとは思う。

 街の人間達も否定的にならないのは解っている。もしかすれば、俺の一件によって他のデウス達も婚姻を結ぶかもしれない。

 子供が生まれる事は無いものの、それ自体は祝福すべき事柄だ。

 世間の此方を見る目も変わり、世界中でデウスとの間に恋愛感情が芽生えることも増えていくと思えば、この行為は決して無駄にはならない。

 彼女との婚姻に打算的なものを挟むのは胸が痛む。此方の一挙手一投足を皆が気にしているが故に、彼女との行為全てにも政治的な部分が絡んでしまう。


 幸せではない訳ではない。

 俺だって出来ることならばと望んでいた部分はある。なのに純粋に想えないこの状況は、控え目に言っても眉を顰めざるを得ない。

 部屋の中、俺と彩は床の上で互いに向き合っている。

 頬を赤く染め上げる彼女は下を向き、まるで貞淑な女をイメージさせる姿は心臓を高鳴らせるのに十分な威力を発揮していた。

 格好も、風貌も同じだというのに雰囲気一つで彼女の実像がブレる。本当に彼女なのかと思ってしまう程には、俺の頭の中と現実は変化していた。

 だが、これは現実なのだ。女性も男性も特別な時期を迎えれば性格に変化が訪れる。

 彼女にとってこの婚姻が特別なのは明白。一切の言い訳を挟む余地も無く、彼女は俺に愛を抱いてくれている。


「……彩」


「はい」


「その、現状は結婚式を行う程の余裕は無い。 さっきも説明を受けたように、結婚式を行えるようになるのは早くても沖縄奪還が終わってからだ」


「解っています。 ですが、そもそも私達は皆結婚とは無縁でした。 愚かな人間達によって玩具の如く弄ばれ、捨てられるのが関の山。 ――そんな私達にとって、結婚は望外の幸福なんです」


 彼女は顔を下に向けて、泣いていた。

 普段は如何なる状況であっても泣かない彼女が、今この瞬間に誰の目も気にせずに泣いている。

 不幸な過去を思い出し、これから先の未来を想い、幸福を噛み締めているのだ。そんな彼女の事を幸せにしたいと思うのは、男としても人としても当たり前だろう。

 彼女との出会いは偶然だった。アパートの前で倒れていた彼女を家の中に運び、そこから交流が始まっている。

 当時の俺は彼女の事をファン目線で見ていたと思う。一枚の壁越しに彼女を見て、軽い気持ちでは無かったにせよ死力を尽くしてと考えるまででは無かった。

 きっと何とかなる。そんな程度の気持ちから始まって、随分遠い所まで来たのだと感慨深くなる。

 

「もう一年以上になるのか、あの場所から逃げ出して。 逃げて逃げて逃げ続けて、最後には攻撃に反転して、今こうなっている。 偶に全てが夢だったんじゃないかと思う時があるよ」


「もしも夢であったならば、私は目覚めたくはありません。 絶望する現実よりも幸多き夢を。 最早、私にとって救いは貴方だけなのだから」


「一般的に夢って皆で見るものじゃない気がするけど……」


「ワシズ、お邪魔」


 ワシズの指摘にシミズが脇腹を小突いて注意する。

 それだけで笑ってしまう。俺の人生は凡百のものばかりだったが、彼女達と始まった日々は退屈とは無縁の天国と地獄の日々だった。

 幸も不幸も全て体験し、人の醜さもデウスの歪さも存分に感じた。今更昔のように戻れる筈も無く、記憶を持ったまま人生をやり直せるとしてもまた彼女との出会いを望むだろう。


「幸せだ、彩」


「幸せです、信次さん」


 互いに同じ気持ちを持って、そっと彼女に口付けを送る。

 彼女はそれだけで幸福に満ち溢れた微笑を送ってくれた。今この瞬間が何よりも尊いのだと俺に教えてくれる。

 肌を重ねる必要は無かった。胸を満たす幸福は既に限界で、これ以上を求めれば爆発してしまいそうだ。だが、彼女は更にその先を求めている。

 デウスを超越し、人間のような生活を求め、一対の男女の如き日々をこそ至上と考えていた。

 ならば、その思いを汲み取ることこそが俺の務め。否、汲み取れなければ彼女の旦那ではない。

 だからこそ申し訳ない気持ちもある。彼女は俺とだけの婚姻関係を望んでいるだろうに、俺は他の女性とも婚姻関係を結ぼうとしている。

 それが俺の所為ではないにしても、彼女に対して謝罪をしない訳にはいかなかった。


「他のデウスとの関係も今後は良好にしなければならない。 だから、お前だけを優先的に愛するなんてことも出来ないだろう。 ……すまん」


「構いません。 それに遅かれ早かれこうなるのは予想していました。 貴方を慕うデウスは、想像していた以上に多い。 一人だけを望めば確実に何処かで争いが起きる程に、貴方はデウスにとっての希望の星として輝き過ぎていた」


 彩は視線を横に向ける。

 そちらを追えば、そこにはワシズとシミズの姿。どちらも座りながら、俺に目を向けていた。

 そこには熱が宿っている。焦がれる渇望が外に漏れ出て、争いが起きると言われるのも納得してしまった。

 彩は告げる。きっとワシズとシミズとも俺は婚姻を結ぶだろう。

 その時が何時かは解らないが、遠くはない筈だと。


「ですが、今だけは」


 ――私だけを愛してください。

 健気な言葉は空気と共に消えていった。後に待つのは、察して然るべきである。

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