第百九十二話 胸騒ぎ
出撃しているデウスの総数は三十四人。
その全てが軍艦島に向かい、沖縄から現れる敵の撃滅に向かっている。だが、軍艦島の位置から相手のルートを予測すると、そこに来るよりも前に鹿児島や熊本に上陸することも可能だ。
一体何故、と疑問に思うのは自然だろう。何か別の要因があるのならば解るが、長崎そのものに他と目立つ要素がある訳ではない。
それは彩が真っ直ぐに軍艦島に向かっていることからも解る。他に目立つ存在があれば彼女は俺に報告を入れるし、例え彼女が黙っていようともワシズとシミズが黙っていることは有り得ない。
故に、長崎そのものに何か原因があるという予想は最初から頭の外に飛ばした。
何よりも必要なのは全員が無事でありつつも敵を撃滅すること。時間が無い状況では隠蔽工作も出来ないが、彼等の命と比較すれば隠蔽工作の有無など軽い。
端末内の液晶には一番後方を駆けているワシズの視界が映っている。
軽やかに建物を越え、前方の彩が移動をしながら近場の物体を吸収して即席の飛行装置を作り上げていた。
複雑な構造物を剥き出しなまま背中に背負い、同じ物を後方二人に投げ渡す。
それを危なげ無く回収した二人も背負い、一筒のブースターは火を吹き上げながら最速で目的地へと進んだ。
その速度は彼女達の疾走以上。俺の目には線と色しか見えず、彼女達だけが正確に目的地を理解している。
端末を事務机の上に置く。左之指揮官も映像に目を向け、その移動速度に僅かに目を見開いた。
俺の願いを叶える為に条理を無視してくれたからこその速度だ。単体でソニックブームを発生させかねない勢いで飛ぶ彼女達は、誰の目にも映らないだろう。
『反応を検知。 生存数は二十三』
「敵は?」
『三十五です。 現在は海上で戦闘中。 海面に怪物の死骸が確認されます』
予想通りの展開に歯噛みしたくなる。
一体何時から戦闘が開始されたのか不明であるものの、既にかなりの時間が経過しているのは確かだ。
怪物の数は彼等より上。しかし、送られてきた海面の画像を見る限りでは質はデウスの方が上。
沖縄から来るような存在達だが、かといって全てが全て上質な訳ではないのだろう。怪物達の中にも質があるのは解っているし、その中でも下位の者達が来ているだけだと考えれば違和感は無い。
となれば、こうして定期的に侵攻する理由も解るものだ。
それはまだまだ予測の範囲。実際に真実かどうかを調べるには沖縄を見る他に無い。――――兎に角、今は先ず敵を殲滅することに集中すべきだ。
攻撃の合図は最初から決めていない。彼女達が攻撃範囲内に入ったと思った段階で勝手に攻撃してくれるだろう。
「範囲内に入ったと同時にデウス達に広域通信を。 喋るのは俺と左之指揮官だけで良い」
『了解。 五秒後に開始します』
五秒後には戦闘領域に入る。
その速度の出鱈目さに若干の呆れを覚えつつも、直ぐに言葉を頭の中で組み立てた。
最初から話すべきことなど決まっている。口頭で秒数を告げてくれる彩の通話に内心で感謝を送りつつ、解放された広域チャンネルに向かって言葉を放つ。
「此方長崎基地より救援に参りました。 我々は味方です、急いで避難してください。 ――後の戦闘は全て此方が担当します」
指揮官めいた言葉だ。
実際に戦うのは自分ではないクセにと自虐しながらも、一瞬も怯む姿を見せずに声高々に告げる。
それと同時に彩達の動きが極端に遅くなった。映像内のワシズは装備を出現させ、一瞬で敵に狙いを付けて攻撃を開始する。
武装は全て彩によって改造が施されたものばかり。それ故に火力をわざわざ疑う余地は無く、空中を舞う巨大な鷲はその頭部を一瞬で融解させた。
銃撃による攻撃にも関わらず、彩が関わると全ての兵器が火の属性を得る。
元々が火器であるからか、攻撃の威力が相変わらず尋常ではない。単純に彩にとって相性が良いというのもあるのだろう。
「左之だ。 WW2は生存しているか」
『指揮官ですか!? 彼等は一体……』
「お前達もよく知っている相手だよ。 十席同盟の一員にして、全デウスを解放に導く存在達だ」
『……、ッ了解! これより我々は援護をしつつ撤退します!』
端末から聞こえた相手は幼い少年のものだ。
彼が隊長格であるとは想像も出来ないが、見知った狂暴な女を思い出してその違和感を消失させた。
彼等は全員が飛行用のユニットで飛んでいる。高速で移動しながら彩達の邪魔にならない位置で弾丸を叩き込みつつ、ゆっくりと戦場からの離脱を行っていた。
此処は海上だ。壊れて困る建物は無いし、一般人に見られる事も無い。
遠慮は無用。その言葉を彩に送り、直後彼女の銃口から細長い火の棒が姿を現した。
レーザーを無理矢理固定化させたような物体は、ワシズの映像越しでも熱いという錯覚を感じさせる。
それは左之指揮官も一緒なのか、目を細めて白い手袋で目元を拭った。
同時、背中のブースターを消して両足に小型のブースターが出現する。何も無い空間から出現するという方法はデウス独自のモノだが、彼女のやり方はデウス達の中でも異端に見えるだろう。
――瞬間、姿が消える。
消える直前にブースターが点火されたのを見えていたので、そのまま高速移動に移行したのだろう。
十割の彼女を捉えるのは不可能だ。画面に映るデウス達ですら顔を動かして彼女が何処に行ったのかを探しているくらいなのだから、最早センサー類も意味を成さない。
数秒単位での首だけが消え、敵は捕捉されない為に無作為に動く。我武者羅に動いている様子に怪物としての恐ろしさは無く、ただただ大きいだけの動物も同然だ。
殲滅に要した時間は僅かに五分程度。ワシズ達も手伝ったとはいえ、殆どを仕留めたのは彩だ。
最早撤退の必要性すら喪失していたが、彼女の領域で武器を振るって万が一の可能性もある。他を然程重要視しない彼女であれば誤射をしないとも限らない。
戦闘の終わった風景は実に静かだ。船舶の往来も途絶え、空輸を基本とする現在の日本では海という環境は決して恵みを齎すものではない。
海産物等は恩恵に当たるのかもしれないが、漁獲量だって安定している程ではない。
養殖の効率化を進めたからこそ魚も食えているだけだ。未だ天然物の魚については値段が高騰している。
周辺をスキャンさせ、安全を確保してから生き残った者達と一緒に帰りの道につく。
彼等の移動手段は輸送用のヘリだ。少しでも飛行装置の燃料を消費しない為にヘリを飛ばしており、帰りはゆっくりとしたものとなった。
輸送ヘリ内には数台のモニターがある。そこには今は何も表示されていないが、左之指揮官が指を指した方向に顔を動かすことでモニターの意味を知った。
壁に埋め込まれる形で存在しているカメラ。それを使って命令等を本人映像と共に下していたのだろう。
左之指揮官はカメラを起動させ、ヘリのパイロット達にモニターの電源を入れさせる。
互いの情報共有を行う為にも顔を見せ合うのは効果的だ。未だ彩達に警戒の眼差しを向けている者達を形だけでも納得させる為にも、これは絶対にしなければならない。
ワシズの視界からモニターが起動したのを確認して、顔をカメラに向ける。
俺の姿も彼等はこれで見たことになった。その意味がどうであるかは、俺の活動そのものを知っていれば直ぐに気付く筈だ。
「自己紹介をさせていただきたい。 私の名前は――」
『いえ、自己紹介は必要有りません。 ……貴方の存在は軍では有名ですから。 良い意味でも悪い意味でも、ですが』
「そうですか。 なら、此方が此処に来た意味も解っていますね?」
『勿論です。 デウス解放に動き、その上で我々の生活基盤を構築しようと奮闘する貴方を知らないデウスは存在しません――此度の目的は沖縄に関係していると考えています』
「――その通りです。 後は移動しながら話しましょう」
硬い声だ。少年特有の高い声は軍人のようには思えず、緊張しているのが一瞬で理解出来た。
そして若干、いやかなりの勘違いをしているのも解ってしまった。デウスが自由に生きれる世界が欲しいとは思っているものの、生活基盤を構築する為に必死になっているというイメージは俺には無い。
何故だか彼等の声を聞いていると、妙な胸騒ぎを抱かせる。このまま関わっては俺に不都合を与えかねないような気がして、けれども関わらないという選択肢は存在しなかった。
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