第百九十話 絶対勝利の名の元に
上空から輸送ヘリが姿を見せる。
それ以外にも輸送車が次々と現れ、中から大量の物資が運び出されていた。
倉庫の案内をするのは春日だ。街の人間も手伝い、軍の人間と総出で物資を倉庫に入れている。
だが、量があまりにも多い。その為事前に別の倉庫を用意したが、それでも足りるかは不安だ。新しい倉庫の位置も出来る限り最初の倉庫にまで近付けたが、それでも距離は僅かに離れている。
必要な判断だったとはいえ、警備網を一部変更する事にもなってしまった。これはデウスが加わってくれたお蔭で解決したものの、もしも居なければ警備網に穴が出来ていただろう。
だが、貴重な物資だ。どれだけ倉庫を増やしたとしても、全部収めるように尽力するのは当然である。
俺も現地に来ていて場所を見ていた。手伝いの一つでもしようかとは思ったが、それについては全員に止められている。
曰く、頭を担当する人間に万が一があってはならないとのこと。
その意見について一言物申したいが、無言で全員に肯定されてしまった。それに他にやるべき事が無いという訳ではない。
近寄って来る足音に身体を向ければ、そこに居るのは見知った人間とデウスだ。
吉崎指揮官とPM9は互いに何か資料を持っているが、その目は俺に向いている。持っている資料そのものは物資の名簿なのだろう。
「久しいな。 元気そうで何よりだ」
「そちらも元気そうで。 此方がかなり荒らしてしまったと思うのですが」
「なぁに、最初から解っていたことだ。 時には劇薬を投与しなければ助からない時もある。 ――物資名簿だ。 新しく増えた物もあるから読んでおけ」
「急な増加ですか? 倉庫が足りるかな……」
名簿を見る。小型端末で事前に受け取っていた名簿のデータと途中までは同じだが、ページを捲っていくと追加の物資が記載されていた。
しかも内容は全てデウスのパーツ関連だ。有難いと言えば有難いが、現在の軍に無償提供をするだけの余裕があるのかと目を視線で問いかける。
それに対する吉崎指揮官の答えは含みを持たせた笑みだ。
つまり急遽入れねばならない事情が出来たということ。それについて俺の力を借りようという顔だ。
それがどんなものかは明確に解らない。デウス関連である時点で荒事だろうとは思うが、現段階で何と戦うかについては説明を聞く以外に無いだろう。
そして、その説明を聞いた時点で逃げ場は無い。そもそもパーツの受け取りを受諾した段階で半分は逃げ場を塞がれたと言える。
遠くから岸波指揮官とF12も来た。
俺達が会話をしている光景から理解はしているのか、吉崎指揮官と互いに頷きあっている。
此方も小型端末で彩を呼び、普段から使っている廃墟へと向かう。相変わらず俺達が一番使っている場所に案内すると唖然とされるが、これに関しては理解してもらう他に無い。
街の人々の安寧の為に俺達の施設は後回しだ。それを言うと優先順位が違うだろうと突っ込まれたが、此処は人力こそが最重要だ。それに、手っ取り早く皆の意思を一つにするには上の人間よりも下の人間に意識を割いた方が良い。
今の時代が求める人材はこれまでと変わらず、人を束ねられる者だ。
人類を救う為に選択し、必要とあれば人外の者とも手を結ぶ。時には既存の法を無視してでも最善を選択する存在こそが、皆が求める理想の為政者だ。
「第一陣はこの名簿に書かれている物で全てだ。 第二陣についても既に準備が始まっている。 次の物資がやってくるのは半年後だと思って良い」
「解りました。 で、あの追加物資は何ですか?」
「それに関しては私から説明させていただきます」
デウスは全員、各々の指揮官達の背後で控える。
これまで一言も言葉を交わしていないが、それは仕事中だからだ。現在俺達がしなければならないのは情報の共有であり、恐らく軍部は俺に対して何かを絶対に言わねばならないと考えている。
相変わらず壊れかけの椅子に座り、彩によって冷やされたペットボトルの緑茶を渡して岸波指揮官は早速説明を開始した。
「先ずは前提情報として、軍は今疲弊しています。 北海道奪還は成功したものの、まだまだ完全に戦力が回復したとは言い難い。 それに加えて先の騒ぎ、軍が受けた打撃は尋常ではないでしょう」
「今もメディアは粗探しに奔走中だ。 諸外国もこれからの日本の付き合いについて検討中とまで言われている。 真っ先に切り捨てられていないのは、まぁデウスの製造方法を此方が握っているからだろうな」
「それに成果も見せているからでしょう? ここ最近は良いニュースというものを聞きません。 北海道奪還という成果が命綱となった」
諸外国も奮闘しているとはいえ、あちらは日本よりも国土が大きく陸続きの場所が多い。
ワームホールもその土地に合わせてかサイズも巨大で、故に一回で出現する量も日本とは桁違いに多かった。だからこそ、侵攻する敵の質量も段違いだ。
それでも北海道程ではない。その敵を撃滅したからこそ、諸外国は未だ付き合いをどうするか検討している真っ最中だという訳だ。
重大な不祥事と北海道奪還。この事実を並べ、得するのはどちらか。
「世論は最悪な状況ですが、退路が無い訳ではありません。 軍の改善案もその一環です」
岸波指揮官の内容は、言ってしまえば無理難題と言わざるを得ない。
軍が示すべきは絶対勝利。如何なる苦境の中でも勝利を手にし、これまでの軍とは違うのだと世に知らしめる。
持ち得る戦力を用いての沖縄奪還。
それ即ち、未だ一つも達成されていないワームホールの陥落である。
それをもって日本の軍は侮れないと周囲に見せ付ける必要があるのだが、俺達にもその奪還に参加してくれというのが追加物資の意味だ。
「軍内部の浄化をしながら、我々の派閥は元帥殿の指示の下沖縄を奪還します。 そして確実にワームホールを封鎖する為にも周辺の敵は全て撃滅しなければなりません」
「如何なる敵が現れるか解らない。 北海道奪還で出会った巨大な怪物のような存在が姿を見せないとは限らないのですね」
「はい。 ……より確実な勝利を握る為にも、この街の力は絶対に必要なのですッ!」
静かに、しかし闘志に燃えた瞳で岸波指揮官は語る。
内容はあまりにも馬鹿馬鹿しい。相手が軍でなければ冗談の一言と共に切って捨てる案件だ。
戦力が足りない。兵士の質が足りない。デウスの士気とて低いままである筈だ。
誰が虐げた人間の為に力を振るおうとするものか。最悪は暴動を起こして基地の一つや二つ程度破壊するだろうに。
それでもやろうというのか。
何も言わないデウス達を見る。デウスの現状はデウスの方がよく解っているだろうに、彼等は何も発しない。
「PM9、軍のデウス達はどうなっているんだ。 今回の一件について賛成しているのか」
「……正直に言えば半々だ。 沖縄奪還が始まる頃には強制命令も全員消えているだろうな」
「なら此方も賛成は出来ない。 まともに全員の意思を統一出来ていないのなら、沖縄奪還は不可能でしょう」
ただでさえ沖縄の情報は少ない。その上難航不落とも言われているワームホールを落すなんて、とてもではないが無理だ。
諦めろと言いたい。だが、これは軍の人間でも少し考えれば解ること。
それでもしなければならないのなら――最後の瞬間まで出来る最善を尽くすだけだ。
「それでもやるなら……お願いがあります。 日本各地にある基地で、人間に反抗の意思を持っているデウス達に会わせてください」
「……解った」
再度街を出る時が来た。
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