第百八十九話 終わりへの道
「……あああああああ、鬱陶しいッ」
廃墟の中で俺の虚しい叫び声が木霊する。
聞いていた者は逃避行をしていた頃の面子だけで、他の二人は別件で外に出ていた。
壊れかけの机に頭を乗せてこの陰鬱な気分を吐き出したのだが、当然そんな真似に意味は無い。仕事は減ってくれないし、世界は平和になりもしない。
動かずに文句を垂れても何も解決しないのである。しかし、そうでもしなければやってられないというのが正直な話。
眠気の強い頭を持ち上げて、新しくやってきた手紙を見る。
一時は無くなっていた無数の手紙達は再度溢れ出し、その量へ以前とは比較にならない程多い。
明確なジャンル分けがされていないので応援の手紙等もあるのだが、それ以上にどうしても支援の話ばかりがやってくるのだ。
今思えば、あの時にやってきた手紙達はまだそれなりに力のある会社ばかりだったのだろう。
新しい手紙には個人経営の店の名前や、会社かどうかも怪しい組織の名前が記載されている。食料や武器を提供するという言葉には胡散臭さだけが滲み、少し調べただけで即座に切って捨てていた。
捨てた紙をシミズが回収し、纏めている。応援の手紙とかは保管するそうだが、こういった無駄な内容ばかりが書かれている手紙は焼却処分するらしい。
オカルトは信用していないが、呪い染みた手紙を燃やす事には大賛成だ。
近々見聞係のような存在を用意すべきなのかもしれない。本当に必要な手紙と不要な手紙とで別けてくれれば、一々上から見る必要も無いだろう。
「殺しますか?」
「それとも潰しとく?」
「……口封じ?」
「全員最後は殺してるから駄目。 やり返したら荒れるだけでしょうが」
三人の怒りの意見を却下し、休憩だと彩に飲み物を頼む。
デウスならば標準装備である格納エリアから彼女は静かに飲み物を出すのだが、何時も何が入っているかは解らない。
一度聞いてみたものの、本人は曖昧に笑うだけ。はっきりと口にしない様は珍しいが、彼女にも茶目っ気と呼ばれるものが出始めたのかもしれないと考えると素直に喜ばしかった。
出てきた物は市販のミルクティー。大手が販売している飲み物は普段であれば生温いものだが、渡されたペットボトルは非常に冷えている。
彼女が内部で冷やしていたのだろう。何でもありだからこそ出来る芸当だ。
流し込むように飲み、甘さに頬が緩む。甘い物は好きだが、これまでの逃避行によって余計に好きになっていた。
今ならばスイーツが目の前に置かれていたら馬鹿の一つ覚えのように食べていただろう。
そして、俺が望めば彼女達は必死になって集める筈だ。
「このまま支援を拒否し続ければどうなると思う?」
「孤立になるでしょう。 全てを拒否すれば自給自足をする以外に方法がありません」
「それは可能だと思うか?」
「根本的に技術者が居ません。 原始的な生活をこのまま続けるのであれば不可能ではありませんが、備える為にも技術者の確保は必要不可欠です。 私が強引に解決する方法もあります」
「それじゃあお前に負担が寄り掛かり過ぎる。 ただでさえ負担が多い状況なのに、これ以上は流石に認められない」
「私は別に構いませんよ。 ビルの再構築は既存の法則下に従っていますから然程負担はありません」
その言葉だけを聞くのであれば法則外の再構築は彼女に多大な負担を乗せる事になる。
これまでも涼しい顔で行っていたが、ビルの再構築の方が余程楽だったらしい。それでも、心情的に認められるものではないのは確かだ。
人間の感情が容易く割り切れるものではないと彼女も理解はしている。
だが、同時に彩も解っているのだ。このままでは遅かれ早かれ孤立すると。
今はまだ滋賀基地撃破が記憶に新しい。人々の関心も向いている故に、必然的に此方への接触が増えているのも物事の道理だ。
そして、その関心が消えれば人々は記憶から忘却していく。自分達には一切関係が無いのだと忘れ、新しい関心事に意識を向けるのだ。
その前に繋がりを作るか、俺達が独自に流れを作り上げるしかない。
結局は全て動かねば何も解決しないのだ。そのままで良いと言えるだけの環境を未だ構築出来ていない以上は、やはり頭が休まる時はやって来ないのだろう。
面倒臭い。今まで何度も出てきた溜息を今日も零して、手紙を取る。
「お、吉崎指揮官からだ」
茶色の封筒には達筆な文字で吉崎指揮官の名前が書かれている。
軍からの物であれば専用の封筒が使われるので、この封筒は個人的なものだ。中身も三つ折りの紙が一枚だけで、他に何か入っている様子は無い。
広げて読んでみると、先ず最初に始まったのは近況報告だった。
思いっきり軍の内情が書かれているが、恐らくこれは隠して送られたのだろう。名前があるものの、今は軍も検閲出来る状況ではないので意図せずスルーされた形だ。
軍内部は今も大騒ぎの途中だ。無数の指揮官から一兵卒に至るまで解雇がされ、人手そのものが不足している状況にある。
デウスの状況改善も同時進行でやらねばならず、さりとて此方は人間側の抵抗感が強過ぎる所為で想定よりも遅く進んでいるそうだ。
どれだけ周りから改善の意見が飛んできたとしても、人間が最もしなければならないのは意識の変化。
これまでデウスを道具と思っていた認識を人間に変えねばならないというのは年を重ねている者程難しく、抵抗されるのは目に見えていた。
「どうやら差別派は減っているみたいだな。 まぁ、それでも抵抗が強いみたいだが」
「改善案の施行も想定よりは少ないみたいですね。 強制命令のシステムがまだ残っている基地が多いみたいです」
俺の読んでいる横で彩も手紙を覗き見ている。
強制命令は軍人にとって最後の生命線だ。それを完全に排除すれば日夜殺人事件が行われるのは想像に難くない。
それを恐れて命令が出ても解除されないのだろう。完全な命令無視だが、複数の基地が協力して隠蔽工作に走っているのであれば出来なくはない。
だが、それを吉崎指揮官が掴んでいる以上は直ぐに白日の下に曝されるだろう。
殺される人間は出る。それは報いで、受け入れるのが罪人だろう。今後の生活の為にも日本に不利益を与える人間は排除すべきであり、例え全体の人口が少ない現状でも減らす事は止めない。
そして、紙面には新しい変化が複数起きている事を教えていた。
第一は十席同盟を正式な上位組織として認定することだ。デウスの意見も今後は反映する必要がある以上、人間と同等の権限を持ったデウス組織は必要不可欠。
その為に十席同盟は丁度良く、席に座っている者達も過半数の賛成を得たことで会議に参加する権利も保有したらしい。
それはつまり、現状も席が存在している彩も参加出来るということ。
当の本人はまったく気にしていないが、形だけでも権力を持っているのは強い。これでますます十席同盟はデウス達にとって憧れの象徴になるだろうし、目指すデウスも増えてくれるだろう。
次は俺達に関してだ。滋賀基地が壊滅する前から日夜会議がされたものの、差別派が徹底的に弾圧された影響でその天秤は穏健派に傾いていた。
俺は違反した人間であり、本来であれば捕縛せねばならない。それは彩達も一緒で、だが俺達が見せた可能性のお蔭で特別に許された。
それどころかこの街を含めてデウスと人間の共存におけるモデルケースとされたらしい。
俺達が良い結果を残せば残す程に共存は進み、諸外国も推奨するようになる。その上で怪物との戦闘で好成績を残し続けるようになれば、いよいよもって虐げる行為が愚かだったと誰もが解るだろう。
その為にもこの街の維持は必須。故に軍からの援助が始まるらしく、実働部隊として吉崎指揮官と岸波指揮官が参加することが決定されていた。
「最初の物資が来るまで……後一週間くらいか」
「内容は食料と水に、復興用の技術者ですね」
どうせ必要だったんだろ?と書いてあった文面を見て、思わず笑みを浮かべてしまう。
見事に御見通しという訳だ。やはり自分は上に立つような人間ではないのかと脳裏に過るが、既に今更な話だと意識を切り替える。
重要なのは俺達の活動が今後も世界中に見られるということだ。
失敗すれば途端に世論は差別派に傾く。責任は重大であり、失敗だけは決して許されない。
次の議題が決定される。これまで朧気だった新しき未来への道が見え始め、胸は久方振りに歓喜に満たされた。
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