第百八十八話 偽善故に善
始まった初の企業の接触は失敗に終わったと言って過言ではない。
世間一般のニュース番組には載らなかったが、その情報は即座に他の企業に流れていた。
焦燥が生んだ早過ぎる行動は、やはりどうしても穴を生む。複数の違和感と証拠が揃ってしまえば過度に調査を行う必要など無く、件の企業が馬鹿な真似を起こしたという悪評だけが残った。
今後表立って批判される事は無いだろうが、殆どの企業が繋がりを断とうとするだろう。その果てに待っているのは経営悪化からの倒産だ。
あの街でデウスと契約を結ぼうとするのは現段階において早計。軍との会議を行い続け、デウスという存在に対する常識を誰もが身につけなければならない。
新しい風は二つのモノを運ぶ。その流れを読み切れないまま行動すれば、似た事例が複数生まれるだろう。
そして、件の街では既に目先の目標についてが決められていた。
大目的はデウスと人間の共存であるものの、それを達成するには未だ遠い。だが、小目的は次々と変化していく。
既に最初の成り立ちすら忘れてしまいそうな程に変化は急激で、中には本当に忘れている人間も居るかもしれない。
時間の流れの中でやがてこの街が誕生した理由も風化していくだろう。それが歴史であり、未来だ。
企業の人間が消え、数日後には無数の手紙も消えた。このままだと失敗は目に見えていると学習したのだろうと只野達は結論を出し、それは此方も同じであると皆も考えている。
企業との接触を全て断っているようでは孤立を深め、文明レベルも向上しない。
どこもかしこも信用出来ませんと交渉を決裂させ続ければ、ネットの海の中で謂われなき悪評が捏造されることもあるだろう。
何処かの企業とは繋がりを持っておくべきだ。それは皆が納得することであり、さりとて人間の闇ばかりを見てきているこの街の人間は容易く信じる事が出来ない。
であればどうするか。――彼等が選択したのは、実際に様々な現場を調査しようというものだった。
手紙に書かれた企業を調べ、最も悪事とは無縁でデウスとの相互理解を図れる場所を探す。
その為にデウスと人間の混成グループを作り上げ、早速彼等をあちらこちらの場所へと向かわせた。
移動手段は車か徒歩。放置していた車ばかりなので一度メンテする必要があったものの、今回のグループは決して多くは無かったので然程問題は起きなかった。
「報告は何かを発見した場合だけで構わない。 それと調査時間は一ヶ月だ。 十分か不十分かは問わず、そのまま帰還してくれ」
「武器は悪いのですがデウスに収納してくだされ。 それと、デウスの皆様は変装を忘れぬようにお願いします」
只野と村中の言葉に数十人の人間は声をあげ、早速外へと向かった。
今回は戦闘の意思が無い。何かを無力化させる必要も無い以上、街の外に出てみたいと考えている人間も参加させてストレスの発散も狙った。
する事が極端に少ない状況では、どうしたとしても時間が余る。ならば復興に尽力させろと人は言うだろうが、危険地帯が未だ多くある状況では下手に人間が手を出せない。
出来るのは直った場所の近辺を掃除して、比較的綺麗な状態にする程度。専用の道具も重機も無い以上はそれぐらいしか出来る事は無い。
崩壊寸前の建物や明らかに危険物質を取り扱っているだろう施設群はデウスが積極的に調査を行い、完了した場所を彩が直している。
今日も崩れた建物が一瞬にして元に戻る光景が広がっているものの、最早住人には慣れたもの。
初めて見た人間であれば驚く事もあるだろうが、彼等は彩へ感謝をするくらいだ。
「全体の三割程修復が終了しました。 ですが最初に言われた通り電気や水道、ガスは使用出来ません」
「ラインがどうしようもないからな。 直接パイプを回収して修復するのも難しいし、完全復旧まで何年掛かるかまるで解らん
「行政も手を出さないでしょうし、新しく構築するしかありません。 ……ですが」
「どうやって水の供給を安定化させるかだな」
電気は発電施設を復旧させる必要があるものの、水の安定供給に比べれば難易度は一段落ちる。
ガスは電気で代替可能であり、無くても構わないというのが一般的だ。だが、水の安定供給は至難の業であるとしか言い様が無い。
この近くには海や湖、川やダムも無いのである。その為、水路を新しく構築するとしたら長距離になってしまう。
地中深くに埋まっている水道管は街と比較すれば破損率は低い。だが、何処で破損しているかはまったくの不明だ。それを探すにしても技術が不足しているし、何よりも国が水の供給を認めるとは只野も思っていない。
もしも国が蛇口から流れる水を見れば、必ず水道費を払えと言ってくる。毟り取れる所を見つければ即座に請求するのが役人だ。早期に水の供給を安定化させねばならないとしても、迂闊に修理も製作も出来ていなかった。
「今更と言えば今更、か……。 雨水とかじゃやっぱり足りないよな?」
「はい、最近はそもそも雨が降っておりません。 まだ飲料水はありますが、近い内に不足するのは目に見えています」
「だよなぁ……」
安定供給という言葉は理想だ。
実際は確実に安定でいられる訳ではないし、平和な頃でも地震によって断水は起きている。
だから実際は限りなく安定に近付けた供給でしかない。俺達が目指すのはそれであり――――方法そのものは無いでは無かった。
超巨大なタンクを作製し、海水を飲み水にまで濾過して使用する。
それがこの事態を解決する俺の案だが、まぁ十割彩頼りであるのは言うまでもない。更に仕事をさせる事になる現状を俺は良しとしていないし、春日達も一緒だ。
これを提案すれば俺は確実に非難されるだろう。それが一番だとしても、感情的に納得してくれるかどうかは定かではない。
限り無く彩の負担を減らすとしたら、タンクを作ってもらって後はデウスの筋力に任せて運ぶくらいだ。
人間数百人クラスを一ヶ月程度保たせるとしたら、その重量は並ではない。一tや二tで済む筈が無いのは馬鹿でも解る。
「あの手作り発電施設はどうなってる?」
「更に数を増やしたみたいですよ。 明確にエリアを定め、壁も建築している真っ最中です。 発電装置は既に四層になっているとか」
「おお、随分増えたな。 それなら充電もある程度安定するか?」
「そもそも現状において電気を使う人間が少ないですからね。 二層で安定は見えていました」
「基本的に充電くらいだからな。 コンセントから直接電気を貰える訳じゃないし、面倒臭いと感じたら本当に使う物以外は電気は使わないだろうさ」
それでも、未来を考えれば必要だ。
頭を乱暴に掻きつつ、未だ平和を保っているだろう街の一角を見る。隔離した人間達は電気を発電する手段を持っていて、水の供給についても特に問題が起きている気配は無かった。
街単位で水道管の位置が区分けされているとは考え難い。だとすれば、俺達が来るまでの間に業者を呼んで物理的に切断したと思うのが妥当だ。
そして、それが事実であれば俺達の真下にある水道管はもう機能しないと考えても良い。
最悪だ。いっそ彼等の居る土地の下を掘って穴でも開けてやろうか。
頭に残る苛立ちと焦燥。決定権があるからこそ、期待に応えねばと安心を抱く暇は一瞬くらいだ。
「……あまり無理をしないでください。 此処には貴方の味方が多く居るのですから」
「ああ、うん。 有難う」
味方は居る。俺に対して希望を感じてくれている誰かが居るのだ。
途中で挫けるなんて出来ない。逃げるにはあまりにも深入りし過ぎた。
これからも俺はこうして悩むだろう。そしてその度に、彩は声を掛けてくれるのだろう。
ビルの立ち並ぶ土地の上で俺達は二人だけ。今ならばどんな行いもバレないと彼女は判断したのか、元気付けるようにキスをした。
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