第百八十七話 始まりは決裂から
何かが起きる時は些細な異常からと俺は理解している。
異常を察知した段階で調べ、杞憂であればそれで良しと判断していた。いくらかの平和を過ごせているとはいえ、俺達の目的は恒久的な平和維持だ。
平穏無事に一生を終える。それが俺達の抱える最終的な勝利条件で、誰も否を唱える事は無い。
だが、この街はまだ薄氷の上であるのは言うまでもない。その証拠に、普段から使われている廃墟の建物には複数人の客人が訪れていた。
話をするべき者達は二人。それ以外の五人は護衛役の傭兵だ。
今は室内に俺と村中殿が居る状態で、春日には不安を抱えている街の住人達を宥めてもらっている。
後は俺達側の護衛であるが、その点は彩を中心に過剰なまでの警戒網を展開していた。室内の四隅には四人のデウスが存在し、その内の一人は彩の装備を持ったワシズだ。
遠くの建物の上にはライフルを持ったシミズが常時構えている状態であり、万が一異常を検知すれば殲滅する形を採用している。
加え、この廃墟の周りには傭兵を含めて五十人程のメンバーが様子を窺っているのだ。室内のデウスだけでも制圧可能だというのに、これだけの警戒網を即座に展開されてはまともに動けもしないだろう。
デウスの感知能力の高さはよく知っている。そして、それは相手側も承知であるだろう。
現に件の二名の表情は平常そのもの。不安を見せず、さりとて友好的な笑みを見せることも無い。――端的に表すならば、怪しいの一言である。
「本日は我々のお話を聞いてくださり、誠に有難うございます」
「……あんな場所でずっと立ち往生されては招かない訳が無いでしょう。 もう少し御自分の身体を大事になさってください」
「いやはや、お気遣い有難うございます。 ですが、此方も引くに引けない事情がありまして」
彼等が居たのは街の外周付近。壁の更に外側で、そこに一週間程度テントを展開していた。
一日毎に同じ内容の手紙が送られ、交渉の席に付いてくれるまではずっと滞在すると自分の命を天秤に乗せた脅迫を行ってきたのだ。
長期滞在を行うには彼等の持っている食料は少なく、一週間でも厳しい程。人死にそのものが出てくるのは俺達も許容しているとはいえ、企業側が命を利用した強硬策を行った以上は余計な騒ぎに発展するのは目に見えていた。
結局は小さく話し合いを行い、彼等を街の中に入れたのである。
彼等がこの廃墟を目にした時、その表情は間違いなく固まっていた。こんな多数のデウスが居るというのに、話し合いの場に選択したのがこんな廃墟であれば舐められているとも感じたことだろう。
それでも怒りを見せなかった姿勢を見るに、この交渉の席は今後の俺達の立ち位置を明確にしてしまう程に重要なのかもしれない。
身構える必要がある。特に交渉が上手い訳ではない以上、感情をかき乱されないように冷静に対処するのが精々だ。
「では、手短にお願いします。 我々はこの後に予定が有りますので」
「解りました。 先ずは紹介をさせてください。 ――私の名前は柴と申します。 隣に居るのは部下の笹塚です」
「柴さんと笹塚さんですね。 私の名前は只野です。 隣にいらっしゃるのはこの街の傭兵団を率いている村中殿です」
俺達の会話は酷く無難なものから始まった。
だが、それはジャブのようなもの。この直ぐ後に本命の攻撃が来るのは明白であり、手紙の時点で何処の企業から来ているのかは分かり切っていた。
株式会社セントリーワークス。一般人の間では有名所の企業ではないが、歩兵用の兵器を生産する大企業だ。
村中殿達が持っている装備も大体がこの会社製であり、PMCにも武器を供給している。軍にも一部分が採用されているものの、やはり民間系に寄っているというのがこの企業の特徴だ。
「手紙には我々の所属する企業名や主な活動方針をお伝えしています。 身分に疑問があるようでしたら存分に調べてくだされれば――」
「照会完了。 柴・海燕と笹塚・吟はどちらも正式に所属しています」
彼等を疑問に思うのは自然だ。手紙には企業名があっても、個人の名前は記載されていなかった。
企業の人間を装った詐欺師の線があったのは言うまでもない。故にワシズには事前に彩と通信を繋げたままにし、彩が俺の端末にアクセスして調べ上げた。
俺の小型端末の性能では調べるのに限界があるが、その辺の演算処理は彩が代替してくれたのだろう。
どのように接続しているのかは定かではないものの、その速度はリアルタイムで全てを処理し切る程だ。二人の男達も唖然としており、早速デウスの理不尽さを突き付ける事に成功した。
全て無駄だと突き付ける行為は、容易に抵抗を削り落とす。彩でなくてもデウスであれば俺の端末にアクセスすれば出来るようだが、ここまでの速度を叩き出せるのは彩が俺の端末を改造したからだろう。
「余計な時間稼ぎは無しでお願いします。 今も貴方達には武器を向けられている事を自覚してください」
「……解りました。 では単刀直入にお伝えします。 我々は貴殿の保有するデウス達と直接契約を結びたいのです」
内容そのものは数ある予想の中の一つだ。
一番可能性が高かったのは武器の販売で、二番目は護衛依頼。三番目くらいにデウスの力を借り受ける事を考えていたものの、こうして現実に話に出されると気分の良いものではない。
「貴殿の保有するデウスは軍を除き、民間において最強を誇ります。 その力を用いれば護衛任務や物資輸送が容易になり、テロリストや諸外国のスパイを捕縛する難易度も大きく落ちるでしょう」
「失礼ですが、貴殿の会社は兵器の生産が主なものでしょう? 護衛や輸送であれば解りますが、捕縛に関してはまったく関係の無いものでは? いえ、産業スパイという存在が居るのは理解しておりますが」
「仰りたいことは解ります。 ですが、この業界を生き残るにはPMCとの繋がりは絶対です。 互いにWin-Winの関係を構築する以上、常に利益を提示する必要があります。 それを武器でもって提示し続けるのであれば問題は無いのですが、昨今はデウスという人材の確保を皆が狙っておりまして」
「軍との交渉を重ねつつ、世界中に逃げたデウス達に相応の待遇を与えて確保しているという訳ですね?」
「ええ。 ですが、逃亡したデウス達ではやはり信用に問題があります。 その点、貴殿のデウス達は身元がはっきりしていらっしゃいます。 反逆が起きたのはデウス側の事情を加味せずに軍が我を通し続けたからだと聞いていますし、我が社ならば相応の待遇でもってデウスの社会的浸透の手助けを行えます」
「成程……。 確かに、デウスがこの街にだけ集中している状況はあまりよろしくはないかもしれませんね」
俺達はデウスを吸収したが、ずっと此処に居る限りは社会的にデウスが街に居る事を常識だとは認識しないだろう。
まだまだ事態は始まったばかり。各企業が交渉を重ねている真っ最中であるのはニュースでも流れていたが、裏で俺達のような勢力に接触しようとするのも自然な行動だ。
この世界には脱走したデウスも居る。逃げ続けている彼等を人間の規格に合わせた待遇で迎え、破格の戦力を確保しようという話だ。
デウスの戦力を考えれば、人間数人分の給料でも安価だろう。装備も持っていれば回収して調べ、会社の特徴を混ぜた新装備として開発する事も可能だ。
デウスを確保するだけで企業は競争で勝ちの芽を拾える。故に相応の待遇とは言いつつも、恐らく待遇そのものは破格である筈だ。
だが、それは逆を言えば枷を嵌める行為でもある。何処かに所属するのも、誰の勢力の下で力を振るうのも自由であるが、彼等の根本を理解していなければ軍と同じ末路を辿るだけ。
その根本に寄り添えるかどうか。それが最重要ではあるものの――――彼等の話を聞く限りではそれも期待出来ないだろうな。
彼等はデウスという存在を知ってから日が浅い。だから当然、常識は彼等に合わせることになってしまう。
それでは駄目だ。何も成功しない。何よりも、彼等はデウスを制御出来ると思い上がっている。
何処か上から目線にも感じる言葉の数々。大企業に所属する自身と廃墟に住む俺達を比較したからこその態度なのだろうが、それが彼等に引っ掛かる事を雰囲気で理解出来ないものか。
話そのものは良い。デウスが人間を守る為に護衛を行う事を止めはしないし、交流を深める目的で積極的に関わること事態も問題は無かった。
そこに僅かばかりの金銭を交えるかどうかは相談するものの、恐らくは現実的な観点から承諾も取れただろう。
互いに相手に敬意を払ってこそ。それを最初の段階で切るようでは、彼を信じるのは愚の骨頂だ。
「そうでしょう。 貴殿の保有する力を日本で活躍させれば、この街の名声も更に轟くことでしょう。 契約金も決して不満には感じさせません。 どうでしょうか?」
「そうですね――では、御断りしましょうか」
彼等も彼等で急いでいる。生存競争で勝ちを拾う為に必死だ。
だが、そんな人間の傍迷惑な事情にデウスを関与させる訳にはいかない。金銭問題が解決しても、彼等の気持ちを蔑ろにするようではこの街を仕切る人間の一人として失格だ。
だから悩まず、即座に否を突き付けた。その判断に四隅に居るデウス達は安堵の表情を見せつつ、ワシズだけは当たり前のように微笑みかけてくれた。
よろしければ評価お願いします。




