第百八十六話 台風の目
「はっ、手紙がわんさか来てんな」
俺達が平穏を取り戻してから暫くの時間が過ぎた。
敵を撃滅し、世の中を騒がせる情報を投下し、その結果として此方に最も敵対するであろう軍はそれどころでは無くなっている。
地下にまで落ちた信頼を回復させる為に調査と粛清が始まり、世論は此方に対して同情的。
SNSを覗いてみれば、何処かから街の情報を入手したのか募金をしようというコメントが多く散見された。
それについて明確に否を突き付けたいのだが、SNSで情報発信を始めれば無数の人間が食らい付いてくるのは間違いない。
それは後免だ。労力に見合う支援は受け取れるかもしれないがSNSの情報に信憑性が低い以上は手を出したいとは思わない。
それに、と机に置かれた十数枚の手紙を見る。
前時代的な方法ではあるが、今この街にはネットが無い。以前ならばあっただろうが、諸々が破壊された以上は手紙が最も有効だ。
内容は企業からの支援。食料を無償提供する企業や、PMCが不要となった武器を譲ってくれる旨が書かれている。
無償とは気前が良いが、その理由は明白だ。共に壊れかけの椅子に座っている春日が嘲笑したように、中々に打算的だと言えよう。
現在、うちの戦力は民間の中では最強だ。これは決して誇大表現ではなく、現実としてそうなのである。
基地一つ分のデウスの吸収によって数百のデウスが街の防衛を始めた。
欠けた円のような形をしている壁の上を改修し、詰め所のような場所を作り上げたのはG11の提案だ。
防衛線がこの壁であるのは事実。そこに兵を置かない理由は無く、交代制で毎日詰め所には誰かが居てくれている。
世界最強のデウスが守ってくれるのだ。街の人間の安心具合も高まり、以前よりも笑顔が増えたように個人的には思っている。
デウスが一つの街でここまで姿を露出させて防衛してくれるのは異例だ。
そして俺の一言で彼等は動いてくれる。それは戦闘が終了した後に行った会議によって決められ、街の手札を一気に増やした。
「どうすんだよ、これ。 受けるのか?」
「まさか。 ここまで露骨だと清々しくもあるが、だからといって受けたいとは思わないよ」
企業は恩を売りたい。そして、いざ企業がピンチに陥れば助けを求めるのだ。
支援したのだから助けろ。成る程道理だと思いつつ、利用する気満々のその姿勢には嫌悪感を抱いた。
助け合うのは必要だ。それは常識であるし、そこを疎かにしては孤立の道を進むだけとなるだろう。
だが、手を組む相手は俺達で決めることも出来る。民間においては最強だからこそ、今すべきは安易に支援の手を握り締めることではないのだ。
無数の手紙に返事を書き、春日に渡す。返事が全て否である手紙を見れば企業側の人間は苦々しい顔を浮かべるだろう。
「春日、デウス二人と傭兵団の中から一人を選んで近場のポストに手紙を入れておいてくれ」
「あいよ、村中の爺さんと決めてくる」
「頼んだ。 ……後はG11だな」
春日が去ったのを確認し、小型端末を起動させる。
相棒の端末は常と変わらず。水色の背景と一般的なアプリが入った画面を操作し、G11に連絡を取った。
余談だが、G11と連絡先を交換する際に小さな騒動が起きている。
始めたのは彩だ。彼女曰く、そこまで関わりの深くないデウスと番号を交換するのは認めたくないとのこと。
それをするならば自身を中継としてほしいと彼女は告げていたが、それでは面倒極まりない。かといってそこで彼女の意見を強引に遮断しては不満が溜まるだけだろうし、当時の俺は我ながら馬鹿な提案をしてしまった。
彼女の意見の根底にあるのは独占欲だ。それを満たせる取引を行えば、納得してくれる。
そして、俺が提示したのは彩の自由化。
最低限やってほしい事はやってもらうが、それ以外についてはやらなくても良いというものだ。
明確な特別扱いであるものの、彼女の存在は唯一無二。
圧倒的な力を持つからこそ周囲からは反対されず、彼女の自由化は認められた。
そんな彼女が最初に行うのは何なのか。それは俺の側に居ることだ。
街に来てからは離れる時間も多かった。その反動か、彼女は次の日から甘える行動が多くなったのである。
ただ、分別をつけるべき所では確りと普段通りだ。それでも解る人物には解ってしまうもので、春日には弄られる回数が極端に増えた。
村中殿も生温い視線を向けるようになり、俺の羞恥心がかなりの頻度で騒いでいたのは言うまでもない。
甘えられるチャンスがあれば甘える。正に今の彼女はハンターも同然だ。
「G11、参りました」
「堅苦しくなくても構いませんよ、どうぞ常と同じく」
呼び出した彼女はやはり口調を崩さない。
綺麗に垂直に立つ姿は美しく、揺れる銀髪が幻想的だ。やはり彼女も他のデウスに負けず劣らずの美麗さを誇り、嫌味など一切感じない。
彼女はそれを認識しているのだろうか。男であれば誰であれ付き合いたいと思ってしまう美貌は、故にこそ心惹かれるものがある。
それを正直に口にすれば彩が飛び込んでくるのは明白だ。俺の言葉だけには地獄耳なのが彼女である。
「いえ、これは普段からなのでお気になさらず。 それよりも用件は何でしょう?」
「最近の皆の様子を聞こうと思いまして。 私も昼食や夕食の時間に街を見ることがありますが、流石に全部は見れていません」
「成る程、畏まりました」
情報の整理。常にやってくる手紙の対応に、今後の活動に関する会議。
やるべき事は多く、全体の様子を見ることは出来ない。街の人間からの意見は軒並み春日が聞いていて、傭兵団の意見は村中殿が聞くというのも既に日常だ。
だからこそ防衛を担うデウスを纏めるG11を呼んだ。彼女であれば全体の情報を持っているだろう。
「現在、人間の方々は通常生活をしております。 あまり不満は無いようですが、やはり家電製品を充実させたいようです」
「そうでしょうね。 文明の利器を早めに取り戻したいのは此方も一緒です」
「街の発展には先ず発電施設が必要ですが、確認した限り八割以上が破壊されています。 やはり計画されていた通りに太陽光発電施設を作るべきだと愚考します」
「その為にはデウスの力も必要です。 ご協力願えますか?」
「勿論です。 我々の持てる全てを使って御手伝いをさせていただきます。 では次にーー」
食料は畑の範囲を広げ、種類を増やした。
更にデウスが増えた事で遠くの豚や牛を集める事も可能となり、牧畜を学んでいる者達は大喜びで世話をしているようだ。
住居の復旧は彩に任せている。普段は使わないと宣言していたものの、周囲の意見を交えた会議によって積極的な活用が決定された。
勿論それには最大限の配慮がされている。負担が大きければしなくとも構わないし、そもそもするべきではないと彼女が決めたのであればそのまま放置することにもなっている。
だが、彩は一度も文句を発することなく住居を修復し続けていた。
そこには俺が喜ぶだろうという奉仕精神が過剰に感じられ、俺からも積極的に彼女の側に居るようにしている。
ここ最近では共に寝るのが日常だ。時々ワシズやシミズが入ってくることはあっても、彼女だけは一度も入って来なかった事はない。
「傭兵の方々は村中様の指示によって指導と情報収集を行っています。 ネットの使えない状況では貴重と言わざるを得ません。 最後に我々ですが、不満の声はまったくあがっておりません」
「我慢している訳じゃなく?」
「はい。 虐げられず、逆に我々は街の皆様方に感謝の言葉をいただくことが多いです。 それだけでも此方は感謝の言葉を述べたいのですが、更に本懐を果たせているのです。 これ以上を望むというのは強欲で御座います」
総評すれば、この街は今平和だ。
他所からの干渉が絶対に無いとは言い切れないが、それは無視する事も出来る程度。
後は資金問題が解決すれば不安材料は消えるがーー中々簡単には思い付かなかった。
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